F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集 F1 STINGER 【スティンガー】 > スクーデリア・一方通行 加瀬竜哉 >  > 2009年9月26日  理不尽エンジン布陣

スクーデリア・一方通行/加瀬竜哉

謹んでご報告申し上げます。
『スクーデリア一方通行』の筆者である加瀬竜哉/本名加瀬龍哉さんが急逝されました。長い闘病生活を送りながら外には一切知らせず、“いつかガンを克服したことを自慢するんだ”と家族や関係者に語っていたとのことですが、2012年1月24日、音楽プロデュサーとして作業中に倒れ、帰らぬ人となりました。

[STINGER-VILLAGE]では、加瀬さんのなみなみならぬレースへの思いを継承し、より多くの方に加瀬さんの愛したF1を中心とするモーターレーシングを深く知っていただくために、“スクイチ”を永久保存とさせていただきました。

[STINGER-VILLAGE]村長 山口正己

理不尽エンジン布陣

いよいよ’09年シーズンも残り僅か。ここスクイチで取り上げて来た幾つかの話題の内、FIAvsFOTAの熾烈な闘いは結局どっちもちょっとずつ譲歩して丸く収まり、大クラッシュから奇跡の生還を遂げたフェラーリ/フェリペ・マッサの代役は残念な結果に終わったルカ・バドエルからジャンカルロ・フィジケラとなり、ルノーのクラッシュ・ゲート事件は若干拍子抜けの執行猶予付き判決+フラビオ・ブリアトーレの永久追放が決定。もちろん毎年毎年が激動のシーズンと思って30年以上観て来たけど、まあ今年ほどなのはちょっと珍しい。しかも撤退や離脱、スキャンダルなんていう残念なニュースが多いのも特徴。それがなんでかっつーとそりゃ世界が金融危機に直面してるからで、そんな時にはどうしたって明るい要素は表に出て来ようがない。我々もホンダを失い、BMWを失い、危うく選手権そのものをも失いかけ、あげくにF1チームの”顔”とも言える人物と、キャリア28年の名ディレクターをも失った。いや、これによってルノーは社会的信用をも失ったことになる。考えてみると、新たに得たものに比べれば、やけに失ったものの目立つシーズンと言える。

さて、裏の話題にばかり気を取られてちゃいけない。何しろ、肝心のチャンピオン・シップがいよいよ大詰め。残り4戦、余裕のブラウンGPか、起死回生のレッド・ブルか。それともまた新たなウィナーが誕生してグランプリを席巻するのか。しかし、今年の選手権は、ただ強いとか速いとかだけでは決しない。シーズン後半、既に守りに入ったブラウンGPと、速さを武器に追うレッド・ブルには大きな大きく異なる要素がある。その原因はエンジンの年間使用制限数である。

’92年第15戦日本GP。その年限りでF1活動を休止するホンダは有終の美を飾ろうと鈴鹿予選限定スペシャル・V12エンジンをマクラーレンに投入、既にWタイトルを決めていたライバルのウィリアムズ・ルノーはこれを受けて立ち、こちらも鈴鹿スペシャル・V10エンジンを持ち込んで応戦した。どちらも決勝レースでは使用しない、ライフは短いが爆発的なパワーを発揮するエンジンである。たった1度の予選のために両陣営が掛けたテクノロジーと労力、そして金額がいったいどれほどのものだったのかは、これが所謂”バブル景気時代”のものである以上、不明確である。
こうしたエンジン開発/使用が限りなく無制限だった’90年代を経てF1エンジンは徐々に制限され、’00年に10気筒、’06年には2.4リッター/8気筒に統一。また使用エンジン数も、’04年に1レース1エンジン、翌’05年には2レース1エンジンとなり、今年は遂に年間8基制限となった。つまり、現在各ドライバーが1シーズン中に使用出来るエンジン数は8基まで。全17戦で争われる’09年シーズンに於いて、これはエンジン1基につき2レース以上を走らなければならないことを意味する。当然、この中には金曜からの3回のフリー走行、予選、決勝レースが含まれるので、予定外の要素、例えば卸したての新品エンジンが初日のフリー走行で壊れてしまったら、それは当該グランプリだけではなく、シーズン全体の予定をパーにしてしまうのである。もちろん、使用済だが壊れていない”中古エンジン”を再投入することは可能だが、壊れてしまったエンジンを修理して使用することは許されない。そして、やむなく9基目を投入する場合、そのドライバーには予選10グリッド・ダウンというペナルティが課せられる。よって、せっかく勝てるパッケージ/セッティングのサーキットでもエンジンを労るか、後方グリッドからのスタートを選ぶか、という決断を迫られてしまうのである。
先日のスパ・フランコルシャン(ベルギー)やモンツァ(イタリア)のような高速サーキットで、レッド・ブルはもうひとつ攻めきれなかった。反対にブラウンGPは余裕を持って予定通りの作戦で結果を出した。何故なら、ドライバーズ・ランキング3番手に付けていたセバスチャン・ヴェッテルは第13戦イタリアGP時には、既に最後のエンジンである8基目を使用せざるを得なかったのである。エンジンへの負担が大きい高速サーキットでエンジン数が残り少なくなった彼らに出来ることは、フリー走行での周回数を減らしたり、予選アタックを1発で決めるなどのリスキーな戦略となる。もっと極端に言うなら、レース後半にポイントの穫れそうもないポジションにいたなら、そのレースを諦めてエンジンを温存することすら選択肢となる。

いったい何故こんなレギュレーションが存在するのか、の理由は簡単明瞭、コスト削減である。巨大メーカーが各レース毎に予選用/決勝用にニュー・エンジンをガンガン投入すると、当然膨大なコストがかかる。これを無くし、全てのチームに共通する使用制限を設けることで不公平さをなくすこと、これがFIAの狙いである。そして、その不公平さの解消を目的に導入された制度により、レッド・ブルは”速いのに攻められない”という不公平さと闘わなくてはならなくなった。特にシーズン後半に設けられたスパ〜モンツァの高速2連戦、更に全開区間の長い鈴鹿(日本)/インテルラゴス(ブラジル)も控えている。そこで既に8基のエンジンを使用済みのドライバーは、もはや通常の作戦でレースに勝つことは不可能なのである。

’09年シーズンのF1のグリッドに並ぶエンジンはフェラーリ/メルセデス・ベンツ/BMW/ルノー/トヨタの5種である。最多搭載数はメルセデス(マクラーレン/ブラウンGP/フォース・インディア)の3チーム、続いてルノー(ルノー/レッド・ブル)、フェラーリ(フェラーリ/トロ・ロッソ)、トヨタ(トヨタ/ウィリアムズ)が2チーム、ワークスのみのBMWが1チーム、という構図となっている。この中で選手権をリードし、速さと信頼性で群を抜いているのがメルセデスであることは疑いようがない。何しろ序盤のブラウンGPの独走と、高速2連戦でのフォース・インディアの速さが証拠である。更に、6人の全ドライバーがまだ8基目のエンジンを投入しておらず、恐らく全員がスケジュール通りの作戦で進行していると思われる。バリチェロ車がスパで炎を上げたが、このエンジンは無事だったことが解り、結果的に今季メルセデスはエンジン・トラブルによってレースを失っていないことになる。
ルノーはワークスと供給先であるレッド・ブルで明暗が分かれた。ルノー自体はまだ2基のフレッシュ・エンジンが残っているにも関わらず、レッド・ブルのヴェッテルは既に8基目、マーク・ウェバーも残りあとひとつ。よりによってランキング首位のブラウンGPを追うレッド・ブルにだけエンジン・トラブルが多発しており、このままだとペナルティ覚悟の9基目投入は避けられない。信頼性で優秀なのはフェラーリで、ワークス/トロ・ロッソ共にまだ2基ずつを残しており、グリッド上で最も非力なエンジンと言われているトヨタもスケジュール通りに1基残している。もちろんこれには、各ドライバーのレース完走率やエンジン・トラブル回数、そのタイミングなどが大きく関係して来る。現在最もエンジン不足に悩むチームは今季限りでの撤退の決まっているBMWザウバーである。何しろ、第13戦イタリアGPの予選でロベルト・クビサ/ニック・ハイドフェルド共に投入したばかりのニュー・エンジンが壊れ、残り5戦の段階で遂に8基目/最後のエンジン投入となってしまった。

ひとことで年間8基と言っても、当然ながら全17戦の中にエンジンに厳しいサーキットとそうでないサーキットは存在する。簡単に言って全開区間の長いシルバーストン、スパ、モンツァあたりはエンジンにとっては地獄、反対にモナコやハンガロリンクのようなコーナーが連続するサーキットではエンジンにあまり負担がかからない。またシーズン序盤のマレーシアや中国のように雨のレースとなった際も、エンジンには想定以下の不可しかかからないので、ある意味エンジンの温存が可能と言える。しかしこれは全車同条件であり、よほどのタイミングでなければ誰かのアドバンテージとはならない。反対に、連続完走記録更新中のハイドフェルド(BMWザウバー)や、今季リタイアなしのニコ・ロズベルグ(ウィリアムズ・トヨタ)、ティモ・グロック(トヨタ)らのエンジンはいずれも相当な走行距離となり、エンジン・ライフにも大きく影響してくる。ただし、見て解る通り現在彼らがタイトル争いをしているわけではなく、選手権上、必勝を課せられたトップ・チームのプレッシャーとは別のものと言わざるを得ない。ちなみに、逆にここまで最多リタイア回数5回のヘイキ・コバライネン(マクラーレン・メルセデス)、トロ・ロッソのハイメ・アルグエルスアリも前任者セバスチャン・ブルデーと合わせて5回のリタイアで総周回数合計は少ない。
もちろん、オープニング・ラップでクラッシュしてマシンが破損し、リタイアしたマシンのエンジンは極めてフレッシュな状態なままである。バトンは今季初の予選Q2落ちと不振のベルギーで、まだ2kmほどしか走っていないニュー・エンジンでシーズン初めてのリタイアをオープニング・ラップの多重クラッシュで喫した。しかしこれは、ポイントは穫れなかったものの失うものも最小限だった典型的な例である。しかも同レースでポイント上のライバルのヴェッテルはさんざん走って8位/1ポイント。闘わずしてバトンが得たものは大きく、反対にエンジンに厳しいレースを頑張って乗り切ったヴェッテルが得たものは小さかった。つまり、残りエンジン数と現在のエンジンの状況を考えながら、必死で走ってノー・ポイントだったら、チームの落胆振りは果てしなく深いということだ。

中でもそのヴェッテルは相当に不幸だと言える。ヴァレンシアの第11戦ヨーロッパGPでは2基のエンジンにトラブルが発生。ヴェッテルはシーズン序盤にも何度かのエンジン・トラブルに見舞われていた。特にブラウンGP/バトンに先行逃げ切りを許した序盤戦を経て、シーズン中盤からようやくエイドリアン・ニューウィー作のレッド・ブルRB5が戦闘力を発揮し始め、さあこれからスランプに喘ぐブラウン勢を追いかけるぞという時に、既に未使用エンジンが残り1基となってしまっていたのである。この時点で残り6戦、信頼性のブラウンGP/バトンに速さのレッド・ブル/ヴェッテルが対抗するシーズン後半戦を期待しても、ヴェッテルはいくつかのレースでは初めから勝利を諦めなくてはいけない状況だった。ルイス・ハミルトンやキミ・ライコネンの久々の勝利、そしてフォース・インディアの快走劇などの裏には、タイトル争いをする者のこんな裏事情も含まれていたのである。第14戦シンガポールGP、残り4戦でドライバーズ・ランキング首位のバトンと26ポイント差となったヴェッテルには、もはやペナルティ付きの9基目のエンジン投入への覚悟が必要となってしまった。

’10年に向けて、FIAは現行のエンジン・レギュレーション内で各エンジン間のパフォーマンス格差を取り除く処置を決めた。が、これはパワーに劣るエンジンに更なるモディファイが許されるという意味ではなく、逆に優位性の認められるエンジンに対してそのパフォーマンスを落とす、という処置となる。言うまでもなく、これはメルセデスのエンジンを対象としたものである。しかも、’08年から向う10年間はエンジン開発そのものが凍結されており、FIAはなるべく均等なパワーのエンジンを各チームに振り分けたいと考えている。そうすることで、トップ・チームと新規参入チームや巨大な資金を持たないプライヴェート・チームとの格差をなくすのが狙いなのである。メルセデス・ベンツ・モータースポーツ副社長のノルベルト・ハウグはこの案に乗り気ではないが、彼らのエンジンが突出しているという事実がこの案を招いたのであればやむを得ないと考えるしかない。
そしてここに、来季からコスワースが加わる。コスワースにとって正確にはF1への復帰だが、年間8基までしか仕えない2.4リッターV8エンジンの開発は初となる。マノー/USGP/カンポスの新規参入3チームがコスワースを使用し、BMWザウバーを買収したスイスのクァドバクがフェラーリ・エンジンを搭載することが決まっている。ウィリアムズはKERS搭載を前提とした開発のためにトヨタとのエンジン供給契約の早期取り消しを求め、今シーズンをエンジンに泣かされたレッド・ブルはルノーからメルセデスへの変更を模索した。何しろ、ブラウンGPは開幕僅か1ヶ月前に搭載の決まったメルセデス・エンジンで今季13戦中8勝/1-2フィニッシュ4回を達成しているのである。

さあ、後半戦。残りレースと残りエンジン数と残りライフを計算しながら、この理不尽な耐久レースに勝利するのはいったい誰か。

「最後まで諦めないさ!」’09年9月/セバスチャン・ヴェッテル

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