マイ・ワンダフル・サーキット 浅間から鈴鹿、そして世界のHondaへ―― リキさんのレーシング日本史

『史上初の4バルブDOHCの市販レーサー ベンリイレーシングCR-93』
―― その機構の詳細な解説、テストと試乗記 / 大久保力

 ●2気筒でバルブは8つ

排気量124.8cc、ツインエンジンはボア43mm、ストローク43mmのスクエアタイプ。62年のGPレーサーRC145は、ボア・ストローク44×41のオーバースクエアとなっている。

吸・排気のバルブは、一つの気筒に吸気2、排気2の4つのバルブを備えた4バルブ方式。4バルブの目的は吸・排気の効率を高めて高回転高出力を得ることであるが、機構も複雑になるので(略)なかなか確実なものが海外においても見られず、さらに125ccという小排気量で完成させた技術は、Hondaのみならず、日本の科学技術(の水準の高さ)を立証したものであろう。

カムシャフトは、ヘッドにインテーク、エキゾースト側それぞれに2本装着され(略)両端2個のベアリングで支持されている。このツイン・カムシャフトは(略)チェーンではなくギヤトレーンにより連動作動し、高回転時の(略)狂いのないバルブタイミングを得ている。

エンジンは125ccとは思えないほどダイナミックなかたちをしており、シリンダーヘッド部の異常な大きさ、細かく深いフィンなど見事な出来であるが、仕上げはGPレーサーの方が綺麗である。

潤滑はウェットサンプ式でオイルパン容量は1.1リットル。

クランクシャフトは180度クランクで、2個のピストンは他のHondaの市販車、多くの4サイクルツインの360度と異なり、別々に動く(CB72―1型と同じ)。これも高回転時の円滑化を計るためである。

 ●クラッチは乾燥多板式

クラッチ(略)機構はGPレーサーと同じもので、(略)クラッチカバーには冷却上から大きな空気採り入れ口がつけられ(略)、クラッチ全体が小型軽量で、烈しいクラッチ操作にも充分堪えられるよう考慮されている。

始動はキックで行ない、CB72と同じく前方にキックする方式。

キャブレターは2個、(略)京浜精機製のアマル型RP―22P6型で、GPレーサーと同一型式の強制スロットル開閉式。

フートステップはCB72と同じく3段に変えられるもので、右はワイヤー操作によるリヤ・ブレーキペダル。左はミッションレバーで(略)レバーはリンク式である。 ミッションは、ワンダウン、フォアアップ式の前進5段(GPレーサーは6段)である。

ヘッドライト上部は(略)楕円形タコメーター、スピードメーターのコンビネーションで(略)ともに黒地に白の細かい文字と細い白い針で、両メーターとも右方向へ回る。 タコメーターは右側で、14000にレッドラインを記した、16000までのスケール。左側はスピードメーターで180km/hまでのスケールである。

写真上:125ccとは思えないダイナミックな4サイクルエンジン。日本の技術を世界に認めさせ、マニアたちの話題を独占した。
写真下:レーサーがそのまま市販車として公道に降りてきた。洗練されたスタイルは、大きな衝撃とともに迎えられた。

 ●レーシングスタイルへの改装

CR93が完全な保安(略)部品をつけていることの最も大きな理由は(略)レース場まで乗っていくことができるようになっている(こと)。ライダーがコースに着いたら、レーシングマシンとして不要な装備は簡単に取り外せるように考慮されているのである。

―― 試乗及びテスト結果 ――

 ●有効回転は6000以上

エンジンスタートにさえ微妙なコツを要する(略)キックを使用するより、押し掛けをした方が遙かに有効な場面に多く出会った。

始動のコツは、両方のキャブのティクラーを、完全にフロートチャンバーにガソリンが一杯になるまでオーバーフローさせてからの方が、たとえエンジンが暖かいときでも結果は良好であった。

エンジンのメカニカルノイズは物凄く高い。人気のあるパリラや、ゴールドスターなどもやかましい方では横綱格であるが、このCR93はこれらよりさらに高く、素人が見たら壊れていると思うかもしれない。

動きだしたエンジンは、アイドリングを常に3500以上に保たねば止まってしまう。(略)最低でもこれ以上で回したいということで、常にアイドリングを4000くらいにしておいた方が好調であった。

1速で走りだすときは、5000~6000(回転)に上げてと軽くいうものの(それは)普通車の最高回転あたりであろうが、とにかく、そのあたりでスタートすることが肝心である。

いかに高性能レーシングモデルといっても、125ccという排気量に与えられた法的制限は毎時40kmの“ゲンドーキツキジテンシャ”であるから、道路の端にいなければならず、とても苦しい。ちなみに、40km/hで走るといったら2速オンリーであろう。

最大トルクの発生は10700rpmという高い回転なので、7000あたりからの上昇は、まさに狂ったという言葉がピッタリする。

加速していくときの感じは、まるっきりGPレーサーと同じで、ギュエーン、ギュエーンと独特の鋭い音を発し、恐ろしさを感じるくらいだ。

 ●クローズドレシオのミッション

ギヤレシオをスピードレーサーとして見た場合、実に適切で、各段のつながりは乗る者を魅了する。(略)いいかえれば、市内を乗るには全然適してない(略)

プラグは、冷えたエンジンをかけるときは熱価の低いものを使うが、走りだす頃はコールドタイプに変えねばならない。(略)とにかくプラグは慎重に扱いたい。

プラグのほかに常に気をつけたいのはオイルで、CRのみならず4サイクルではどれも同じであるけれど、とくにCRでは(略)スタンダードの倍くらいは面倒を見たい。他車が300キロで交換するのなら150キロくらいで、これだけはうんとゼイタクをすべきだ。

 ●操縦性……さすがは……

(略)ライディングポジションは、いままでの国産車では経験したことのないものだった。細長いタンクはピタリとくるし、完全な屈身姿勢となる。

クッションは硬めで舗装路は快適、道路のつなぎ目やうねりでも充分ショックを吸収する。(略)(しかし)舗装路といっても(略)凹凸の烈しい路面では凡そ走れない。(略)言うなればまっ平らな舗装路専用といってもいいくらいで(略)……

操縦性はこれも、在来の国産車では経験したことのないもののひとつであった。(略)直線での安定はもちろん、急激なバンクでも自由自在で(略)自分の望みとする角度までバンクさせ、自然と立ち直り、立ち直った瞬間、または完全に立ち直らない間に、反対にバンクさせるということも平気で行なえる。まさにモーターサイクルとはこうあるべきものという見本を見せつけられたような気がする。

しかし、あるGPライダーは、CR93の操縦性について、市販用であるから致し方はないが、RC145、RC163の方が一段と上だと語っていた(略)……。

 ●定地テスト ss1/4マイルは18秒2

定地テストは(略)本田技研荒川テストコースで行なった。

計測は光電管を使用し(略)助走は約900mで、計測区間は5m。

1速で5000に上げてスタート、(略)レッドラインの12000には軽々と達し(略)13000まで上がったところで2速にチェンジ。(略)最終ギヤ5速にチェンジ(略)12000をちょっとでたところで計測区間を通過、速度は127.5km/h。

3回目、今度は2速まで11000に押さえ、3速からはすべて13000に上げてチェンジアップしていく。(略)速度132.7km/h。

加速テストは(略)0→400mにはレシオが大きすぎるという結論が先にくる。

400m区間は4速12800あたりで通過、速度は120km/hだが、完全に4速では伸びていない。このときのタイム、18.2秒(略)

一口に0→400m 18秒といっても、125ccクラス、それもローレシオが大きいためにモタモタしながらスタート、重いスタンダード装備のクルマであれば、驚異に値する性能である。同クラスのスポーツ車を含めた平均は20秒台である。

 ●純粋のレーシングモデル

以上、CR93の概要を述べてきたが、一口でいうなら、市内走行は無理といってもいい。一応は保安部品も備えているが(略)レースのみに使うクルマであろう。

結局は、機構の項でも述べたように、レースに参加するためにコース場に乗っていく程度の最小限の装備をしたといえよう。

やはりCR93というクルマは、ライトも何も取って、ディフューザーパイプであらゆる相手に向かっていく、という性質のクルマである。

(略)(このクルマの基本となったレース車が)今年のマン島TTレースに、いまは亡き名ライダー、トム・フィリスによって入賞したという事実を心から喜びたい。と同時に、トム・フィリスの冥福を祈り、合わせ、同レースで落車した高橋国光君の早いカムバックも期待する。

この記事は、リキさんが、モーターサイクリスト誌1962年8月号に執筆した『史上初の4バルブDOHCの市販レーサー・ベンリーレーシングCR-93』の誌面から引用&ダイジェストしたものです。

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