新時代に動いたル・マン
◆3カーではなく、2カーで限界に挑む
トヨタは、厳しい条件の中でル・マンを闘った。そして23時間54分までレースを制圧していた。
84回目を終えたル・マン24時間のゴールから1週間。その間、さまざまな情報が届いた。そこで気づいたのは、ル・マンが新しい時代に移行しつつある、ということだった。
新しい時代とは、闘い方の変革、そして、チャレンジャーたちに本質的に求められる姿、ということだ。
ハイブリッドという新しいマシンによるトヨタ・レーシングのルマン24時間を支えた木下美明元TMG社長から、ル・マンの体験を通じて耐久レースの数の理論を伺っていた。
「6時間までなら1台で行ける。12時間なら2台必要。24時間は3台が必須」というものだ。厳しい戦いを進めるために、この数の理論は、鋭く真理を突いたものとして印象深かく受け止め、あちこちに披露した。
しかし、トヨタは、2012年にハイブリッドのトヨタTS030 HYBRIDをデビューさせて以来、マシンは、TS040 HYBRID、TS050 HYBRIDと進化させながら、常に2カーで闘ってきた。それを観て、本体からの予算の範囲では、アウディやポルシェのように3台体制は不可能で、そして勝利には届かないと残念な気持ちで24時間のル・マンを眺めていた。
実際に、トヨタがハイブリッドで参戦して以来、アウディ、アウディ、アウディ、ポルシェ、ポルシェが勝ったが、すべて3カーだった。
しかし、木下さんは、こうもおっしゃっていた。「トヨタは、厳しい条件の中で闘うのが社訓ですから」。それを伺ったとき、ある種の諦めか、もしくは負け惜しみと思ったが、今年のルマンを観て、そうではないのかもしれないと考えるようになった。
◆物量作戦から知能戦へ
思えば、世間の流れは、かなり前から”エコ”になっている。いまや物量作戦で勝つ時代は終わったのかもしれない。いや、そもそもル・マンは、そうしたごり押し的なことではなく、信念やロマンこそ讃えられるべきだった。
今後のル・マンは、24時間は3台が必須という戦いの基本でテクノロジーの限界に挑むのではなく、2台のマシンで、さらに高めたテクノロジーの戦いとして、方向性を変えたのではないか。そもそもル・マンが、例えばヘッドライトの寿命を伸ばし、簡単にはバーストしないタイヤを育んだように、チャレンジによって全体のレベルアップに貢献するべきものだったことを忘れるところだった。
この20年間のル・マンは、2003年のベントレーと2009年のプジョーを除くすべてをドイツメーカーが勝っている。もしすかるとその流れ自体が断ち切られるのかもしれない。それとも、彼らがもっと深い懐を見せるのか。ポルシェもアウディも、黙ってはいないだろう。
いずれにしても、結果としてトヨタが負けてポルシェが勝ったと記録された2016年ル・マン24時間は、新しい視点に気づかせてくれたターニングポイントのレースとして、極めて深く印象的に心に刻まれた。
[STINGER]山口正己
photo by PORCHE/TOYOTA/AUDI