GPホットライン 09-10 ハンガリー
マクラーレンが復活した。いや、復活というには気が早いかもしれないけれど、ここまで、ディフェンディング・チャンピオンとは思えない低迷を続け、6月のイギリスGPでは、「今後のレースは来年の開発のために闘う」と白旗宣言とも取れるコメントまで発していたマクラーレンの勝利は、思わず「復活!」と叫びたくなっても不思議ではない!? クルマ好きのエディター・羽端恭一さんとスティンガー編集長が、ドイツGPの裏舞台をズバリ診断する。
◆KERSは”無用の長物”ではなかった?!
羽端恭一(以下羽端) KERS っていうのは、レーシングカーにとっては、永遠に”無用の長物”であると思ってましたが、こういうこともあるんですねえ!(笑)
[STINGER] / 山口正己(以下、[STG]) ですね。ブレーキのエネルギーをバッテリーに貯めこんで加速に使えるという「Kinetic Energy Recovery System」というのは、名前を覚えるのがむずかしい(笑)以上に、開発はむずかしかった。
羽端 一瞬のパワー、60馬力とかですか、それは出るとしても、でも、クルマが重くなるというのは、レースをするクルマにとっては致命的か、と。
[STG]レギュレーションで許されるKERSの威力を最大限に発揮する設定にすると、60kgは重量増を覚悟しなければならなくて、KERSによるポテンシャルアップをバランスさせるためにはバッテリーの軽量化が必至だけれど、その軽量バッテリーの開発には最低2年かかるといわれていました。
羽端 60㎏ですか。でもF1って、クルマ全体でも車重は600㎏ちょっとぐらいでしょ。それを考えると、ますます。
[STG] そもそもF1のバッテリーは、手のひらサイズですから。
羽端 おお、そうか。でも、あれ!? そもそもF1車って”デンキ”を何に使ってるんだろ!?(笑)雨天のときのテールランプかな? エマージェンシーでのスターター?
[STG] F1は、見えないところに驚きがたくさん隠れてますね。
羽端 とすると、マクラーレンは早くも軽量のバッテリーを開発したのか?
[STG] マクラーレンは、日本の”GSユアサ”を使っていますが、総力を結集しても、まだまだそこまでは行っていないはずです。
羽端 そうでしょうね。
[STG] 現状のバッテリーでのKERS搭載による重量増は、40kgあたりといわれています。
羽端 なるほど、それが現実的な対応なんですね。
[STG] 60㎏というのは、レギュレーションで許される最大限を発揮しようとした場合。でも、これをやっちゃうと重くなりすぎる。ですから、 KERS を使うにしても、たとえば1周おきにしてガマンする(笑)とか、そういうやり方を採ってますね。
羽端 フムフム。
[STG] シーズン開始当初、採用を取りやめたトヨタのエンジニアは、KERSを使わなかった理由として重量増を挙げて、「使い方を我慢しても、40kgは増えてしまうはず」と明かしてくれています。
羽端 それと、あの細い車体のどこに、40kgでガマンしたとしても、電池やシステムを収めるのか。
[STG] 重さ自体もだけれどそれより重要なのは「バランス」ってことですよね。でも、マクラーレンだけでなくフェラーリも、ここ数戦速くなっていますが、いずれも、そのハンディを克服したのではないかと思うわけです。
羽端 じゃ、マクラーレンが速くなったのは?
[STG] KERS搭載によって崩れた「重量バランス」の新しい整合性を、ようやく見つけたんじゃないかと思います。そして、これはたぶんフェラーリも同じですね。
羽端 これで KERS も、ささやかながら(笑)歴史にその名が残るか!
[STG] もう少し様子を見るべきと思うけれど、確実に状況は変わったと思います。
◆「KERS vs ノンKERS」の図式はあるのか?
羽端 でも、もう来年からは、このレギュレーションはなくなっちゃうんでしょ?
[STG] とりあえずは、そうなってます。でも、このままKERS組が好調を続けると、「続けるべき!」という意見が増えるかも。何といっても、 KERS を使っているのは、マクラーレンとフェラーリですから。
羽端 というと?
[STG] マクラーレンが使っているメルセデス・エンジンは3チーム、フェラーリが2チームで、合計5票持ってます(笑)。まあ、これは半ば冗談としても、ここまで来てやめたら、マクラーレンとフェラーリにとっては、「この半年を返せ!」ってことにもなる。
羽端 これで、「KERS vs ノンKERS」という、新しい闘いの図式が、ひとつできたかな。
[STG] もともと、FIAがKERSを提唱した狙いは、エコ対策への先進性を示すという目的の他に、メーカー系列のチームにKERSをある意味での”足かせ”として付けさせ、競争力をバランスさせようとしたのではないかと勘繰ることもできます。着けてもいいし着けなくてもいいという”微妙な”(笑)レギュレーションにしてね。でも、その開発が、あまりに難しすぎた。
羽端 BMWとルノーは、途中で開発を投げ出しちゃったようで。
[STG] いかに重量バランスが重要かということが証明されたと思います。単にKERSのシステムの開発が難しかったのではない。
羽端 あ、そうか! KERS カーというのは、いってみれば”別種のF1″をつくることだったのかもしれないですね。これまで培ってきた”最速のマシン・バランス”のノウハウが、 KERS 装着でいったんチャラにされた?
[STG] お、うまいことをいいますね(笑)。でも、そういうことだと思いますよ。小林可夢偉がGP2で”捕まって”いるのも、そのあたりなので。
羽端 というと?
[STG] 今年のGP2は、バラストの搭載位置がフロント・ノーズの下に限定された。そのため、体重の軽い小林可夢偉のマシン・バランスは、常道から外れてしまった。
羽端 それで苦戦している?
[STG] 少しずつバランスを改善してきていますが、競争力は圧倒的に不利。でも、マクラーレンとフェラーリがそれを可能にしたのなら、いずれ光明は見える。ということで、小林可夢偉もチームも、それを信じてプッシュを続けています。
◆相変わらずレッドブルは強い!?
羽端 今回はこういう結果になったけれど、現時点での「強者」はレッドブルなんだ、ということは、あらためて、わかった気がします。
[STG] いや、どうですかね。ブロウンからレッドブルになって、次は、みたいな(笑)。
羽端 でも、予選でもちゃんと2台は前にいたし、決勝でのフェッテルのリタイヤは他車にぶつけられたせいだし。
[STG] まあ、まだまだわかりません! 何といっても、F1は”停まらない”ということで。
羽端 それはそうと、アロンソの”ドジ”は残念だった。というか、これはルノー・チームのドジですね。
[STG] ドジっていうちゃうのは酷な気はしますけど、ちゃんとした作業を怠って危険な事態を招いたとして、次戦のバレンシアの出場停止の問題がでてますからね。それより、ルノーにとっては、フンガロリンクは”鬼門”。2006年にもタイヤが外れているので。
羽端 でも、バレンシアってスペインでしょ? アロンソが参戦できないスペインGPというのは洒落にならないのでは?
[STG] まぁ、アロンソが出場停止になることは考えられないですけどね。地元のスペインで、観客が減っていることがなにかと取り沙汰されているところで、そこで地元の英雄が出ないというのは考えにくい。社会的に”F1は安全を考えている”という姿勢を示すためのものと思います。さらには、バジェットキャップの交渉との交換条件に使われるとか(笑)。
羽端 ハハハ、いろいろあるんですねえ(笑)。
[STG] なんと、負傷したマッサの代役でフェラーリに乗るというウルトラCも考えられているとか。
羽端 なんと! とはいえ、ハンガリーでの、アロンソのポールポジション奪取は見事でした。
[STG] 燃料が軽かったけれど、「強者」に、力が足りてないチームが、どうやって立ち向かうか、という点で、どんな作戦で来るのか、レースを楽しみにしていたんですけどね。
羽端 アロンソが、スリー・ストップなどの戦略を駆使して、レッドブルに一泡吹かすところを見たかったな!
[STG] アロンソならやってくれただろうし!