ホットライン特別篇–「可夢偉とホンダ」1/2
過去の栄光だけでは勝負はできない。
FIAが公表した2015年のエントリー・リストに、初めて”マクラーレン・ホンダ”の名前が登場した。いよいよである。パワープラントの開発も佳境に入っていることだろう。
しかし、1年遅れの参戦がいかに大変なのかを考えると、ホンダの本気度がどうなのか、心配になってくる。
クルマ好きのエディター・羽端恭一さんとSTINGER編集長が、可夢偉の必要性をズバリ診断する。
◆ホンダは可夢偉のコメントを「名誉なこと」と受けたが?
羽端恭一(以下、羽端):そういえば、ホンダは可夢偉を「救う」べしという記事、けっこう反響がありましたね。
[STINGER]編集長山口正己(以下、STG):「いいね!」もたくさんいただきましたし(笑)。アメリカGPで可夢偉が”ホンダの役に立てる”という発言をして、それを受けてホンダF1の最高責任者である新井康久さんが、”名誉がある”みたいな、なんだかそっけないコメントをしたり。
羽端:おお、アメリカで。そうだったんだ。
STG:ただし、みなさん、若干、勘違いしているかも。
羽端:というと?
STG:ひたすら、”日本人の可夢偉にF1で走ってほしい”という意見に取った方もいらっしゃったようで。でも、一番のキモは、母国語=日本語によるコミュニケーションです。
羽端:ははあ……。そう、そのへん聞きたいと思ってたんですよ。というのはあの世界、現実として公用語が英語でしょ。マクラーレンとホンダも英語で情報交換しているはずで、そこでの「日本語」の重要性というのは?
STG:でも、ホンダは日本の会社で、ネイティブは日本語ですから。研究所のほとんどのメンバーは日本語で生活しているので、最も意思の疎通がしやすいのが日本語ですよね。で、ホンダにとって必要なのは、まずは優れたパワーユニットを作ること。
羽端:あー、そうですね。それで、そのために「日本語」は有効である?
STG:緻密なコミュニケーションは母国語が一番なのは間違いないでしょう。ホンダの復帰は元々時間もないし、参戦が他のパワープラント・メーカーより1年遅れているワケですから、それを取り戻して、さらに優位に立たなければならない。可夢偉の今年の経験が大いに役立つはずです。しかも、マクラーレンは、最強のメルセデスからホンダにチェンジするわけですからね。
羽端:そう、その問題はあります。
STG:マクラーレンにとっても、引き続き優秀なパワートレーンが必須なはずで、だからホンダから可夢偉を推挙する明確な理由がある、といえると思うわけです。
可夢偉は、F1村に”顔”があり、2014年のパワープラントを経験している唯一の日本人。
羽端:そうか。より良いパワートレーンを作るために、母国語による繊細なコミュニケーションが要る。そのために、ホンダとして可夢偉を使うことをチームに提言すべし?
STG:しかし、ホンダが、そう思わない限り、話にならないですけど。責任者の新井康久さんは、アメリカGPで可夢偉が、”ホンダの役に立てる”と言ったことを受けて、”名誉なことです”とおっしゃっているけれど、名誉に思うんじゃなくて、即刻契約でしょう、と(笑)。
羽端:「名誉」とは、なかなか微妙な表現で。ありがたいのか、単なる社交辞令か。
STG:実際には、我々が伺いしれないいろいろな理由があると思います、清濁合わせて(笑)。そして、もしかすると、自信があるのか、F1のレベルを知らないのかわかりませんけど、可夢偉を使わない手はない、と思います。
羽端:あ、自信はあると思います、ホンダは。ひとつは、自社の栄光の過去。また、ハイブリッドや電動に関する近年のキャリア。もちろんこれは市販車での話ですけどね。でも一方で、レベルを知らないというのは、これはありそうなことかな(笑)。
STG:今回がどうかわかりませんが、隆盛を究めた第二期のジャンプのきっかけを作った桜井淑敏さん。
羽端:はい、歴代でも有名な名物エンジニアですね。
STG:F1活動を統括するLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)が正式な肩書でしたが、本人は、総監督と言ってましたけど(笑)。その桜井さんが初めて乗り込んだのが、イタリアGPでした。1985年と思います。
羽端:……ってことは、高速のモンツァ。
STG:桜井さんは、やるべきをやったエンジンにかなり自信を持って、フリー走行が始まった金曜日に現場に乗り込んだ。まさに、肩で風を切って。若干の創作はありますけど(笑)。
羽端:その感じは想像できます。いま個人的にも、ある”ホンダ・マン”を思い出してました。
STG:で、桜井さんは驚いたんです。
羽端:モンツァのピットで?
STG:“エンジンがすでに全部壊れていたんですよ”と、頭をかきながら教えてくれました。
羽端:えっ!?
STG:自信満々のエンジンの状況を確認して呆然と立ち尽くしたそうです。F1グランプリのレベルを叩きつけられて。
羽端:ははあ……。
STG:もちろん、その後、気を取り直して想いを新たに、最強エンジンを作るわけですが。
羽端:なるほどねえ。
STG
b>:勝てるようになったからいいじゃないか、とも思いますが、問題は、当時といまでは事情が違う、ということろです。ターボ時代は、結果として、過給圧や燃料が規制されていくけれど、当初は天井知らずで、開発競争が行なわれていた。
羽端:あ、何でもできた? また、何でもやれた? 予算も含めて。
STG:要するに、開発に幅があったわけです。チャレンジできるその幅が、いまのレギュレーションは大きく狭められています。
羽端:そうか、レギュレーション自体がムカシとは違うということ。
STG:だから、すでにある領域に到達して実績を残しているメルセデス以上のパワートレーンを作るのは、簡単じゃない。ターボ時代のような大差を付けるのは不可能です。
◆可夢偉ほどに勝負強いドライバーが、ほかにいるのか?
羽端:ホンダが招請を考えてるドライバーは……って、これはマクラーレンも同じだと思いますが、ベッテルがフェラーリなら、それはフェルナンド・アロンソなんでしょ?
STG:あと、ジェンソン・バトンとケヴィン・マグヌッセンを加えて、この三人のうちの二人だと言われています。もちろん、可夢偉が正ドライバーなら言うことないですけど、テスト・ドライバーという手だってあるんじゃないかな、と。
羽端:おお、そこまで可夢偉は重要だ、と。
STG:そう思います。それで、サテライト・チームにエンジンを供給するようになるか、3カーのレギュレーション変更を待つとか。まぁ、外野がいうのは簡単ですけど(笑)。
羽端:私見ですけど、現在(2014年秋)という時点でね。トップチームに属していない、いま”恵まれてない”ドライバーのうちでは可夢偉が最速というか、最も”勝負に強い”ドライバーなのでは?
STG:同感です。ただし、普段の態度がよろしくない、という意見もありますからね。走りとは関係ないけれど、ファースト・クラスにビーチサンダルで乗っちゃうような感性は、F1ドライバーとして改めてほしいですけど(笑)。
羽端:ハハハ(笑)、可夢偉はそんなことしてるんだ! それはまあ、ちょっとマズいかも。
STG:常識ですからね。それを止められないマネージメントにも問題ありと思います。
羽端:F1ドライバーは企業やスポンサーにとっての「広告塔」でもありますからね。ただそれは、ザウバーにしてもケータハムにしても、ろくに「広告」が付いてないからでは? 可夢偉自身は広告塔でありたいと思っても、「ウチのクルマのどこに、広告があるんだよ」と?
STG:それ以前に、F1グランプリはモーター・レーシングの頂点であり、その頂点を闘っているドライバーは、やっぱりカッコよくあってほしいですから。誰が見てもかっこよくあってほしい。当然、スポンサーもその顧客も。無関係の人からも、”なにアレ”と思われるのは嬉しいことじゃないですよね。
羽端:可夢偉がトヨタのワークス・ドライバーであった時期がありますよね。その時には、飛行機で靴は履いてたのでは?(笑)
STG:その頃は、ファーストクラスには乗っていないんじゃないかな(笑)。
羽端:いま、「可夢偉とホンダ」で私が思ってるのは、可夢偉に「機会を!」ということなんです。たとえばの話、テストしたら、こんなに有望なヨーロッパ人ドライバーがいました、ホンダ&マクラーレンとしても、その男を育てたい。そういうことなら仕方がないわけだし。
STG:いや、繰り返しますけど、大事なのは日本語をしゃべることです。細かいニュアンスを伝える大切さを、是非とも気づいてほしいです。代表者がアメリカに行って、名誉なことです、なんて言ってる場合じゃない(笑)。