改めて、消えたF1チームの多さに驚いてみる!!
フと気がつけば、F1チームの状況も随分変わった。コロナ禍でウィリアムズが存亡の危機にあるけれど、周囲が支える動きが出て、なんとか立ち直りそうだ。
日本に初めてF1GPがやってきたのは1976年だが、来日したF1チームの中でいまでも存続しているのは、フェラーリとマクラーレンとウイリアムズだけになった。そこで、消滅したチームを振り返ってみると、出るわ出るわ。
1976年にF1GP最終戦の日本GPに参戦した15チームから、和製F1チームのコジマとマキが消えてしまったのはある意味流れのなかでのことだったけれど、ロータスも、ティレルも、ブラバムも、リジェも、ウルフも、サーティースも、エンサインも、シャドーも、マーチも、みんな消えてしまった。
その後、出てきたり転身したり名前を変えたアロウズも、レイトンハウスも、ベネトンも、スクーデリア・イタリアも、ラルースも、AGSも、コローニも、ユーロブルンも、オニックスも、オゼッラも、リアルも、ザクスピードも、ハース(いまのHASSとは別チーム)も、トールマンも、アルファロメオ(いまのザウバーとは別チーム)も、RAMも、スピリットも、ATSも、セオドールも、フィッティパルディも、プロストも、スチュワートも、フォルティも、シムテックも、パシフィックも、フットワークも、フォンドメタルも、HRTも、アンドレア・モーダも、モデナも、ライフも、ジャガーも。は~、息が切れた。
そして、スーパーアグリとホンダ、そしてトヨタまで。
ちょっと違う方向だったのは、ホンダを引き継いだブラウンを引き取ったメルセデスGPか。そこに、M.シューマッハが2010年に乗ることになったとき、なんだか複雑な気分になったけれど、要するに、清濁併せ呑んでのF1GPということで。
Photo by McLaren