ホンダとマクラーレン、いったいどうなる?–3/3
ホンダがマクラーレンと別れるとか別れないとか。いろいろ世間が騒がしいが、結果は、“なるようになる”。無責任に聞こえるかもしれないけれど、あたかも現場で契約書や契約の話を直接見聞きしているような意見を伝えることよりも、これがはるかにマトモと思う。
(2/3からつづく)
◆ホンダが進む道
壊れまくるパワーユニットに愛想を尽かせたマクラーレンが、ホンダと別れてルノーとの話を進めているのも、現状を見れば無理からぬことだ。ホンダに残された2018年の道は、トロロッソとの契約になるのか。
状況からして、リスペクトの意識がないマクラーレンとはさっさと別れて、トロロッソと組むのが得策、と思うが、ホンダだけで決めるワケにもいかず、いろいろ事情はありそうだ。
トロロッソは、ヨーロッパの階級社会のなかにあって、多少なりとも日本が属するアジアに近い感覚のチームと言えなくもない。弱肉強食の最先端からは少し外れるかもしれないが、トロロッソは、小馬鹿にした対応のマクラーレンや、単に金が欲しかったザウバーよりは遥かにマシなフィロソフィーを持ったチームと言っていい。
しかし、そのバックには、弱肉強食の最先端にいるレッドブルが構えている。改めて、トロロッソはイタリア語で赤い牛、つまりレッドブルであることを思い出しておこう。
そのレッドブル、ホンダとマクラーレンとの関係や、ホンダがおかれた苦しい現状を知っていれば、契約条件をいろいろ吊り上げてくることは当然ながら想定内だ。下手をすると、トロロッソ・ホンダとして動き始めたとしても、成績が芳しくなければ、放り投げられる可能性も充分考えられる。そうなったら、ホンダは自前のチームでやらざるを得ず、それも手詰まりになって第三期と同じように、誰かにチームを1ポンドで買い取られてオシマイになりかねない。レッドブルはそこまで考えて、何かと揺さぶりを掛けている? 狩猟民族の、それは常套手段というか、普通の感覚だ。中でもF1村の住民は、弱肉強食が当たり前の“権利”である。
そう考えると、一端仕切り直すことしかなくなるかもしれない。日本のF1ファンとしては、“和製”がF1からいなくなるのは寂しい限りだが、仕切り直して、現状の弱点を修正して出直すことをしないと、泥沼は深くなる一方とも。出直す、という意味は、復活する、ということだけでなく、金輪際F1には手を出さない、という選択肢も含まれる。
そうはいっても、日本のファンとしては、ベターな選択として、トロロッソ・ホンダという結論に一縷の望みを託しておきたい。等身大で理解しあえるチームとのコンビネーションで、できることなら来年、マクラーレンのハナを明かしてほしいものだ。
もちろん、そうなるためには、青山一丁目のビル10階に席を持つ上層部が、F1を見直し、F1で戦うことがどういうことかを改めて理解することが必須だ。“理解する”とは、早い話、レースを好きになって情熱を注ぎ込む、ということだが、これはこれで、ボタンの掛け違いの根本原因であり、そうそう簡単にできることではないけれど。
さて、ホンダとマクラーレン、この先どんな道を歩むのだろうか。
[STINGER]山口正己
完
photo by HONDA