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ルクレールにアイルトン・セナを見た

    どんなときでも追い越すのが信条のセナ。1992年モナコGPで、マンセルをリードするセナのマクラーレン・ホンダ。

1994年のイモラで生涯を閉じた希代の天才アイルトン・セナは、『追越しの名手』と言われ、テクニック的に巧いと思われていたが、実はセナの追越しは、“信念の違い”とでもいうものからだった。相手が引くことを前提にしていた、いや、相手に、避けさせるための行為だったと言った方がいいかもしれない。シャルル・ルクレールのレースは、どこか似ている。

マックス・フェルスタッペンも、強引なレースで知られる。17歳のデビュー以来、特に近くのポジションでレースをすることが多かったキミ・ライコネンと何度となく当たって、ライコネンに“いつか大きな事故になる”とまで言われた。

しかし、これはルクレールの場合と若干違って、強引なレース運びによるように見える。最近はこなれて、大分おとなしくなった。同じ強気の運転だが、ルクレールの場合、少し違うタイプに見える。

フェルスタッペンの場合、強気の性格によって乱暴なドライビングになっていたように見えるのに対して、ルクレールのそれは、当り前の行動に見えるからだ。

アイルトン・セナは、どんな状況でも、相手のミラーに自分が写ったら、相手が避けることを前提にして追越しを強行していたフシがある。常に、無理してでも目の前のクルマを抜く姿勢を繰り返した結果として、追越しが“巧い”と言われることになった。知らない向きは、単に巧いからそうなったと思い込んでいるようだが、実はセナは、周到な計画の中での追越しを展開していたのだ。

例えば、フリー走行中であるコーナーに近づいたとする。タイムアタックをしないるわけではないので、そこで無理に抜く必要はまったくないのだが、セナは抜いた。そうしたのは、相手の脳裏に、“奴はどんなときでも抜きに来る”というイメージを植えつけるためだった。

横綱千代の富士は、才能がありそうな若手が入門してくると、徹底的に『稽古』を着けた。『稽古』とは、痛さを身体に覚え込ませることとでも言えばいいだろうか。やがて若手と土俵で相まみえることになるのだが、その時に、『稽古』を思い出した若手が一瞬怯んで相撲が腰砕けになる。怯ませるための長期計画。それが千代の富士の作戦だったといわれる。セナもこれと同じ人生哲学を持っていたと思われる。

ここが、フェルスタッペンとルクレールの違いに見えるところだ。マックス・フェルスタッペンには、周到な計画をするタイプではない。ルクレールはもっとしたたかに、“ルクレール像”を作り上げているように見える。

今後のレースで、それを頭に入れてルクレールの動きを観ていくと、興味深い見え方になるかもしれないが、ひとつ問題がある。相手がルイス・ハミルトンやマックス・フェルスタッペンだった場合、怯むことがないからだ。

モンツァのレース後に、ハミルトンが、「やり方は分かった。次が楽しみ」と言ったのは、単に、ルクレールの腕前を褒めたたえて高度なレースができると言ったのではなく、“ボクはその作戦には引っかからないよ”ということを、ルクレールに伝えるということかも。

ここ数戦のF1が面白いのは、パワーユニットの差が縮まったことと、キャラが立ったドライバーが出現したためだ。来週9月20日からのシンガポールGPとロシアGPの連戦はもちろん、それに続く10月13日決勝の日本GPが、心から待ち遠しい。

[STINGER]山口正己
photo by [STINGER]

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