アルボンの正体
今年はF1ルーキーの当たり年だ。中でもアレキサンダー・アルボンは光っている。
シーズン途中でピエール・ガスリーに代わってレッドブル・ホンダのステアリングを握るようになってからまだ6戦だが、すでにとっくの昔からレッドブル・ホンダのドライバーのような錯覚を起こす活躍を見せている。
トロロッソ・ホンダ時代も、デビューから3戦目の中国GPで、予選でクラッシュしてピットスタートからごぼう抜きで10位に入賞のグッドジョブ。朴訥な顔に似合わず素晴しい才能を見せている。
しかし、クラッシュの多さを心配する向きもある。特にメキシコでは、セッティングに重要なポイントを置くべきフリー走行2でクラッシュしてマシンを壊した。だが、これは、大物の証拠とも言える。
モーターレーシング、中でもF1の場合、限界ギリギリで走らないと置いていかれる。つまり、全員がギリギリで走っているのだが、F1ドライバーは、2種類に分類できる。クラッシュするドライバーとしないドライバーだ。
クラッシュしないに越したことはない。しかし、考え方によって、クラッシュは、ギリギリで走っていない限り起こらない。ギリギリで走っているからこそリスクがある。クラッシュするドライバーは、限界を攻められている、ということだ。
フェラーリの創始者であるエンツォ・フェラーリが最も愛したといわれるジル・ヴィルヌーブも、やがてプロフェッサーと呼ばれ、4回のワールドチャンピオンを奪ったアラン・プロストも、新人時代に大きなアクシデントを経験している。アイルトン・セナが常にリスクを背負った走りをするのに対して、常にマージンを持ってレースをしているように見えたプロストは、デビュー2戦目にクラッシュして腕を骨折して次のロングビーチGPを欠場した。
ただし、クラッシュすれば大物、ということでもない。F1ドライバーには、もう一つの分類がある。クラッシュ癖が治らないドライバーと一段上に昇るドライバーだ。タイトルを取れないまま、1982年にゾルダー・サーキットのベルギーGPで絶命したヴィルユーブは前者、4度のワールドチャンピオンを奪ったプロストは後者だった。
さて、アレキサンダー・アルボンはどちらだろうか。
メキシコGPで、タイヤをパースとさせたままでかなりのスピードでピットまで戻ったマックス・フェルスタッペンのそんな状態でも諦めない闘争本能丸出しの果敢さを、“ヴィルヌーブのようだ”と讃えた海外メディアがあるが、アレキサンダー・アルボンは、ヴィルヌーブなのかプロストなのか。
間違いないことがひとつある。アルミモノコックの時代とは、マシンとコースの安全性も、そしてHAMSやHALOなどのドライバーエイドが格段に進化しているということだ。ヴィルヌーブは、前車に当たって空を飛び、その衝撃で千切れたアルミモノコックのフェラーリから放り出されて天に召されたが、いまなら怪我をしなかった可能性が高い。
もしかすると、ある意味、クラッシュできるドライバー、というのが、今の時代には必要なかもしれない。チームにとっては、何千万円にもなる修復費用は痛いところだが、見せ場になることを考えると、F1全体としてはあり?!
イギリス国籍のタイ人アレキサンダー・アルボンが、使い古した言葉だが、“新時代のドライバー”の急先鋒として存在していることは間違いなさそうだ。
[STINGER]山口正己
photo by REDBULL