この際、全部見せよう —トヨタF1の秘密のベール[1]
1)スロットルバルブ
F1のエンジンが徹底的に効率を高めることで、窮極まで性能を追求していることは知られたところだ。与えられた燃料をいかに効率よく燃やし、効率を上げるかがレーシングエンジンの絶対命題である。
効率が上がればパワーは出るが、メリットはそれだけではない。燃焼効率を追求していけば当然、燃費もよくなる。結果として搭載燃料を減らすことができ、身軽なマシンは速くなり、さらに作戦にも幅が出る。エンジンに限ったことではないが、F1マシンの高効率は、あらゆる意味で、他の機械と違って”動くもの”、つまりモビリティとしての成り立ちの上で、重要な課題になる。まして、速さを競うモーターレーシングなら、そのポジションはより明確になってくる。
無駄遣いを徹底的に省くとどうなるか、その証拠のひとつが、スロットルバルブにあった。
◆混合気の通路に何も置かない
吸入-圧縮-爆発-排気を1行程とする4ストロークエンジンでは、ピストンの上下動で、燃料と空気の混合気をシリンダーに引き込んでいる。通常、空気が流れ込む入り口の”スロットル”部分に、スロットル口の断面にフィットする板が設置されている。スロットルは丸形をしているので、スロットルバルブも丸い板である。アクセルペダルを踏むことで、その板が傾いてスロットルの通路の開閉を制御する。アクセルペダルを踏めばスロットルが開いて(板が直角になって)通路をスムーズに空気が流れるようになり、アルセルペダルから足を放せば、スロットルバルブが吸入口を綴じて、エンジン回転が下がる仕組みだ。
この方法は、古くからスロットルバルブの常識的な形だったが、トヨタF1用RVX-09のスロットルは、全開にしたときに、吸入経路に”何もない”のだ! 通常、円形の板をアクセルペダルをふむことで回転させて調整するために、全開にした時も円形の板の断面の細長い線は吸入経路に見えるはずだが、トヨタRVX-09の吸入口には、影も形もない。
その秘密は、スロットルバルブの制御を、1枚の板で行なうのではなく、複雑な形をした2本のカムによって開閉をコントロールしているからだった。
写真1:中央の2本、アルミ削りだしの複雑な形をした棒状のパーツがスロットルバルブ。左のカバーで右のエンジンに装着される。
写真2:アクセルオフの状態。複雑な形をしたリンク棒が回転して、空気の通路を完全に塞いでいる。
写真3:アクセル全開状態。エアインテークの通路には、なんの障害物もない。通常のスロットルバルブは、吸入口の通路に設置されたバタフライと呼ばれる丸い”板”を回転させることで開閉を行なう。円形の吸気口を覗いて、丸がこちらを向いていれば”全閉”、そこから90°回転したところが”全閉”となる。ところが、トヨタF1のスロットルバルブは、全開になったときに、吸気口に何もない。
写真4:カットモデルの赤い○がついた部分が、スロットルを全開にしたところ。このエンジンの主任エンジニアである竹内一雄エンジニアは、この写真を撮った瞬間に、「心が痛い」と半ば冗談で仰った。トップシークレットを初公開した瞬間だったからだ。