ロン・デニスがザウバーを買う?
ホンダの周辺がいろいろ騒がしい。来年、ザウバーへのパワーユニット供給が決まった後に、代表のモニシャ・カルテンボーンがチームに別れを告げ、フレデリック・バッサーに交替したことが正式に発表されたが、ホンダ・サイドが“話が違うと怒っている”という情報も飛び交っている。
“モニシャだから契約したのに”、と言うのがその理由らしいが、ならばこの情報はガセに違いない。もしくは、誰か懐が暖かくなるムキが流した“風評”だ。なぜなら、モニシャの日本人嫌いは知られたところ。むしろ交替はホンダにとって好都合だからだ。
と思えば、マクラーレンの代表を辞したロン・デニスが、そこで手にした400億円でザウバーを買い取って、本家とマクラーレンの対決が勃発する、という噂もネットを騒がせた。
デニスが乗り出す、というニュースは、最近のマクラーレンの体たらくからしてなかなか興味深い。ロン・デニスがザウバーをテコ入れして、本家をやっつけるという図式は、ここまでのマクラーレン・ホンダの流れを忸怩たる思いで見つめてきた関係者やファンにとって、溜飲が下がるストーリーだ。
そもそもザウバーは、元はといえばメルセデスのWECマシンの開発を担い、その後BMWのワークスとしてF1GPでも2008年には表彰台の常連に君臨した“実績”もある。スイスのヒンウィルのその拠点は、サーキットを走らずに車体の動態データの計測ができる7ポストをF1チームの中で真っ先に取り入れた研究施設を持つことでも知られる。デニスがテコ入れすれば、と夢想すれば、夢も広がる。
しかし、デニスが実際にスイスにポツリと存在するザウバーに興味を持つかと言えば、残念ながら疑わしい。現状を見れば、それは理解できるだろう。
BMW、VW、アウディ、ポルシェなどとともに、自動車テクノロジーの先進地であるはずのドイツに本拠地を置くメルセデスが、どうしてシャシーもエンジンもイギリスをベースを置いてF1の開発をしているかといえば、それはF1を戦うためのリソースがミルトンキーンズを中心にイギリスに集中しているからだ。ジョン・バーナードがフェラーリの仕事を請け負った時も、GTOという施設をイギリスに作ったのは、イタリアの生活がいやだったからといわれているが、実際には開発に必要な場所がどこであるかを理解していたからに違いない。
デニスが、ザウバーを手に入れて、自分を追い出した、かつてマクラーレンに資金を提供して救世主となったマンスール・オジェーや、アメリカの思考回路で新制マクラーレンを創ろうとしているザック・ブラウンをギャフンと言わせたいと考えているとして、その基盤として、スイス拠点のザウバーは、決め手に欠けると言わざるを得ない。徹底して合理的な戦い方を信条とするデニスであることを考えると、ザウバー買収は残念ながらなさそうだ。
これがザウバーではなく、いまは解体してしまったマノーだったら可能性はあった。マノーには、ロン・デニスの信念をさらに進化させた思考回路を持つと言われるデイブ・ライアンが首脳として存在した。ロン・デニスの去就が、去年決まっていたら、ロン・デニス+デイブ・ライアン・マノーの線はあったかも。もしそうなったら、似たようなオレンジ色の本家マクラーレンと新制マノーがグリッドに並んだわけで、これはこれで見物だったかもしれない。
だが、それより現実的なのは、現在、マクラーレンを裏で支配しているマンスール・オジェーが、何らかの理由でF1から手を引いたときに、再びデニスが身を乗り出すと考える方が実現の可能性は高そうだ。例えばオジェーがF1にモチベーションを感じなくなるのに、そう時間はかからないかもしれないという声もある。
ところで、最近、ザック・ブラウンが、“アジアにあと何戦かGPを増やしたらいい”と提案したらしいが、これはうがってみれば“アジア人は騙しやすい”と思っている裏返しという見方ができなくもない。さらに、バンコクで市街地レースを、と言っているというが、これはいかにも出まかせすぎる。ジャカルタの劣悪な道路事情を知れば、F1が走れる状況ではないことが誰にでも分かる。
さて、そのザックさん率いるマクラーレン、今後、きちんとクルマを作ってくれるかどうか、ザウバー・ホンダであることないこと想像するより、まずはそちらがきっちり機能することを祈りたい。
[STINGER]山口正己
写真素材:McLaren Honda / Sauber Motorsport AG