スティング君の”トヨタF1さよならツアー” 第2回 (シミュレーターがあった2)
◆風洞棟の片隅にひっそり
TMGは、ケルン空港からクルマで約20分の距離にある。全敷地面積は112,478平方メートル。東京ドームが46,755mだから約2.4倍の広大な土地である。そこに並ぶ2棟の風洞ビルのうちのひとつ、第二風洞が納められた建物の1階の一番奥まった10m四方ほどの小さな部屋にシミュレーターは置かれていた。
湾曲スクリーンに囲まれたシミュレーター・マシン。コクピットには小林可夢偉が乗っている。
ドアを開けると、左奥に、モニターを備えたデータ室があり、その窓から見える正面のメインルーム中央に、トヨタTF108をベースにしたシミュレーターマ
シンが設置されている。タイヤはなく、その代わりに、アクチュエーターで伸縮する6本のステーが”マシン”を支えている。
マシンの正面180°を半径4mの湾曲スクリーンが囲んでいる。ウィリアムズやマクラーレンのスクリーンは、平面の数枚を角度をもたせてカクカクと並べて
いるが、TMGの画面は、局面構成。コクピットに座ったドライバーは、より実感のある画面を見ながら”運転”することができる。
湾曲スクリーンは、5台のプロジェクターから映像が送られる。隣合せたプロジェクターの両端の映像を薄くしながら重ね合わせて自然な風景を演出している。
シミュレーターにはタイヤがない! 油圧でドライバーの操作を関知して支柱が反応してマシンを揺する・・・!?
「初めて乗ったのは去年の秋ころでした」と、この日の朝から空力のデータ確認を行っているという小林可夢偉。「でも、モノになったのはここ数カ月です。20回か30回乗っています。おかげで、ブラジルとアブダビをうまく走れました(笑)」。
◆運転練習だけでなく、データ解析にも有効活用
トヨタにはシミュレーターはないものと思われ、小林可夢偉自身、その存在は「ない」と言っていたが、まんまとだまされた(笑)。実は、今年の春先、
FOTAの会議でコストキャップの話題になった時に、マクラーレンの代表から、「風洞2台は持ちすぎ」と指摘されたことから、シミュレーターの存在が明ら
かになると議論がややこしくなるのでひた隠ししていたのだという。木下明美TMG副社長は、「戒厳令を敷きましたから(笑)。その名残で、夏過ぎには隠しておかなくてもよくなっていたんですが、それがずっと徹底されていたんだと思います」と明かしてくれた。
シミュレーターの制御は、アクチュエーターで行われる。
シミュレーター本体は、ドライバーの操作をセンサーが関知して、アクチュエーターによって加減速やコーナリングを再現し、ボディ全体が前後左右に揺すられる。強烈なGを感じられるほどの大きな動きにはならないが、子細なセッティングにも反応する。たとえば、風洞でトライされた新たなウィングの空力データを
入れることで、クルマの挙動の変化をドライバーが感じることができる精度の高さを持っている。つまり、通常、シミュレーターは、コースの習熟のためのドライバー用ツールと思われていたが、TMGでは、新パーツを中心に、車載状態でのデータ確認用にシミュレーターを活用していたという。
シミュレーターを後ろから眺める形のガラス窓の部屋は、”コントロール・ルーム”と呼ばれる。10畳ほどのそこには、左側にオペレーター、右側にエンジニアが座って運転を解析する。モニターには、各種データの他に、ドライバーの頭の後ろのエアインテークの中に仕込まれたカメラを通じた”車載映像”が映し出
されている。
コントロール室からの眺め。エンジニアが、ピットからの通信のように小林可夢偉と会話をしながらデータ解析中。
◆18コースを再現
ドライバーは、脚立を登ってマシンに文字通りに”搭乗”する。ドライバーがコクピットにもぐり込んで、スイッチオンすると、スクリーンに映っているマシンがググッと浮き上がる。スイッチオフの状態では、タイヤが路面にめり込んでいる形になっているのだ。
脚立からマシンに乗り込む小林可夢偉。
停車中は、タイヤが路面に埋まっている。
小林可夢偉がギヤをセレクトしてクラッチをつなぎ、走行を開始する。ヘッドセットを付けたドライバーには、実際の走行の時と同じ音が届いているが、シミュレーター・ルームに大音響が響くわけではない。かろやかなサウンドとともに、マシンが右に左に揺れている。シミュレーターの後方からの眺めは、実際の車載カメラより遥かに迫真。しばらく眺めても飽きることはなかった。
しかし、小林可夢偉は、「マジ、キツイです」とコメントした。視界に入ってくるのは、リアルに再現された景色だが、それはあくまでスクリーン上の映像であり、要するにシミュレーターの運転は、パソコンのモニターをずっと眺め続けているのと同じ状況に目がさらされることになるからだ。F1ドライバーは楽ではない!?
映像のデータは、18コース、つまり、2009年にF1GPが開催されたコースのすべてを網羅している。小林可夢偉が座るコクピットは、シートやステアリング
インダクションポッドに収められたカメラの映像。タイヤは、スクリーン上の映像だ。 ↑上の写真はフットボックス。
はもらろん、ペダル部分もF108をベースに完璧に再現されている。このコースの映像にしたがって走行すると、電気モーターで駆動するアクチュエーターがドライバーの操作に正確に反応して”マシン”を動かす。極端に大きなアクションはないが、”走行中”にマシンに近づくと、光電式センターが作動
して”走行”が中断される仕組みになっている。
小林可夢偉は、12月3日、撤退発表からちょうど1カ月が経過した日にシミュレーターに乗った。しかし、この走行データが活用される道があるのかどうか、今のところ分からない。