ハミルトンの”ウソ”
オーストラリアGPでトゥルーリ+トヨタが、セーフティカー出動中にハミルトン+マクラーレンを追い越したことに対して、事情聴取で虚偽の発言をしたハミルトンがレースから除外された。
このニュースを伝える日本語には注意が必要だ。マクラーレンのチーム代表のマーティン・ウィットマーシュは、”虚偽の発言”という表現は使わず「ルイスは正しいことをすべて述べていなかった」と表現している。しかし、問題は、表現がどうだったかではなく、ハミルトンがどう思っていたか、なにを考えてそう言ったか、である。
1年半前にF1を引退したラルフ・シューマッハは、「ハミルトンを責めるべきではない」と言っている。
「事実とは違う証言をしたのはハミルトンが最初というわけではない。僕も現役時代は同じような状況に立たされることもあった。チームのために行動しなければならないこともあるんだ」と。
しかし、この表現も、まだまだ誤解を招きそうだ。ハミルトンは、チームのために行動したから事実と違うことを言ったのではないからだ。ではなぜか。その答えは、去年F1を引退したデビッド・クルサードの言葉に現れている。
クルサードの意見はこうだ。「グッド・ドライバーとグレイト・ドライバーがいるけれど、ドライバーは自己中心的な思考回路の持ち主だ。当然、グッド・ドライバーよりグレイトドライバーの方がより自己チュー傾向が強い。アイルトン・セナはその典型だった。ルイスもその領域に入っている、ということだよ」。
ちなみに、アロンソは、一昨年のチームメイトだったハミルトンに対して、「彼はいつもそうだった」と言っているが、クルサードの言葉をここに代入すると、「ハミルトンはいつもグレイトドライバーだ」ということになる!?
ちなみに、ハミルトンのこうした問題には、常に人種差別の思惑が見え隠れしながらついて回る。興味深いのは、マネージャー役の父親アンソニー・ハミルトンが、一時的に鼻持ちならない態度になりかけたものの、今年は「元のいい親父に戻っている」、というのがパドックの評判だ。”出る釘は打たれる”というのは、どうやら日本だけではない?