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小林可夢偉、ザウバー決定までのシナリオ

小林可夢偉がザウバーに決まった。決定までには紆余曲折があったが、結果的に可夢偉は最も素晴らしい選択をしたと言えるだろう。

小林可夢偉が契約したザウバーは、スイス人のペーター・ザウバー率いるチームである。「中堅」という言葉がよく似合うが、これまでの実績を考えると、ポテンシャルは侮れない。

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戦う男の面構え。

◆スポーツカーから歴史を刻み始めたザウバーと日本の深い縁
ザウバーの名が世界的に知られたのは、1980年代のルマン24時間だった。ザウバーは、メルセデスのバックアップを受けつつ、スポーツカーレースで地盤を作り上げ、そこをを足掛かりに、1993年にF1に進出した。

ザウバーが日本におなじみになったのは、元ホンダF1のプロジェクトリーダーを務めた後藤治氏がジョイントしたことによる。後藤氏は、ホンダ第二期F1時代の実績を引っさげてマクラーレンに移籍。その後、フェラーリを経てザウバーに在籍し、フェラーリ・エンジンと開発を担当した。ザウバーがBMWとジョイントした後は、スイスにエンジン開発を請け負う”ジオテック”という会社を興して現在に至っている。

もうひとりの”後藤さん”も、ザウバーと日本を近づけた。ジャン・アレジ夫人の後藤久美子さんだ。アレジは、2001年に引退するが、1998年と1999年の2年間、ザウバーのステアリングを握っていた。アレジのマネージャーが日本人の父とイタリア人の母を持つマリオ宮川氏であることから、一層、日本にゆかりあるチームとなった。

アレジのマネージャーだったマリオ宮川氏は、イタリアの名高いデザイナーであるジウジアローと”イタル・デザイン”を興した宮川秀之の長男。アレジのマネージャーだった関係で、ペーター・ザウバーとも懇意の中であり、小林可夢偉のマネージメントを担当する有松義紀マネージャーからの依頼で、今回の契約をバックアップした。

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アブダビで6位に入賞した直後。2戦目にして早くも入賞だが、取り立てて興奮した様子もない。”へっちゃら”な可夢偉。

◆トヨタのドライバーはF1撤退で夢物語に
可夢偉は2010年のトヨタF1のドライバーになると思われていた。本人も、11月4日にTMGに呼び出されたとき、”てっきり来年が決まったという知らせかと思ったら、実は撤退を知らされた”という。

そうした経緯から、有松氏は、ルノーやロータスに打診するとともに、宮川氏に協力を依頼したと思われる。当然のごとく、その依頼はトヨタが撤退を発表した11月4日より後になった。オファーを受けた宮川氏は、まずは、エージェントとしてつきあいのあるブロウンGPに打診したが、11月16日にメルセデスとの契約発表を控えたロス・ブロウンの頭の中は、メルセデスのことで一杯。そこで、有松マネージャーと相談の上で、ペーター・ザウバーに打診することになった。

小林可夢偉の推薦を聞いたペーター・ザウバー・チーム代表は当初、”GP2ドライバーによるオーディション”を提案していた。だが宮川氏と有松マネージャーはこれを蹴っている。「リスクはあった」と宮川氏。「ペーターが、”それじゃサヨナラ”と言うかもしれない。しかし、可夢偉はすでに2戦の経験があり、いいレースを見せたF1ドライバーなので、他のGP2ドライバーと一緒にしてほしくなかった」。

リスクはあったが、作戦は成功する。「可夢偉を売り込むデーターいろいろそろえて渡してあったんだけれど、数日後にペーターから、すぐに来られるか、という電話があった。有松さんに連絡すると、ちょうどその前の日に可夢偉が日本から帰ってきていたんです。早速3人でザウバーを訪ねました」。

◆ザウバーから契約金をもらって乗る!!
トヨタ撤退で暗礁に乗り上げたかに見えた小林可夢偉の2010年に、こうして活躍の場が与えられることになったのだが、特筆すべきは、この契約が、これまでのどの日本人にもない契約条件だったことだ。小林可夢偉は、ザウバーから契約金をもらってシートに座るのだ。

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BMWの撤退で、一時は解散の運命と思われていたが、トヨタ撤退で復活。そこに可夢偉が乗るというのも何かの縁か。

トヨタは、山科忠元チーム代表が撤退会見の日に明らかにしているように、小林可夢偉に金銭的援助はしない。日本GPのフリー走行で、突然の搭乗にも関わらず、雨の中でスピンもせず、チームを喜ばせるポテンシャルを見せ、残りの2戦では、日本GPの予選のアクシデントで脊椎を傷めたT.グロックの代役として出走し、ポテンシャルを見せた。特に最終戦では、頭脳的な作戦を完遂して6位をゲットしたのは記憶に新しいが、そうした活躍が、”F1″に認められたのだ。

ブラジルGPとアブダビGPで、ワールドチャンピオンとバトルを演じ、中嶋一貴とのクラッシュにも動じなかった肝っ玉だけでなく、緻密なレース運びがザウバーの眼鏡にかなった。2010年のF1GPの目玉として、小林可夢偉は大きな注目を集めている。

[STINGER] / 山口正己



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