トヨタのアピール
敵は手練ぞろい。
パナソニック・トヨタF1チームは、セーフティカー中の追い越しでペナルティを受けたことについて、FIAに対して正式に抗議を提出した。
事の発端は、セフティカー出動中に、トゥルーリがコースをはみだしたことから始まった。必死にコースに戻ったトゥルーリは、一瞬自分のポジションが分からなくなった(レース中にはよくある)。そして、コースに戻ったそのタイミングで、前を行くハミルトンがスロー・ダウンしたように見えた。「譲ってくれたように見えた」トゥルーリは、ハミルトンの前に出た。しかし、そこが自分のポジションではないことに気付き、再びハミルトンの後ろに戻ったのだが、それが、「セフティカー出動中に追い越しをしてはならない」という規則に触れてしまった。
予選結果を抹消された翌日の似たような事態だか、実は、予選の「ウィングがフレキシブル」と裁定された件と、セーフティカー追い越しは、まったく違う性格のことである。
予選タイム抹消に対しては、「そう解釈すればできなくはない」(トヨタ関係者)ことから、「甘んじて裁定に従った」のだが、セーフティカーの件は、元に戻ったという言い分もあり、見解の相違の可能性もある。
また、後々のことを考えると、こうした場合に政治的な意味合いも含めてアピールしておく、という姿勢は重要だ。実際問題、トヨタのアピールが覆されることはないといえるが、それでも抗議を出したのは、新居章年技術コーディネーション担当ディレクターが「アピールしています」というように、抗戦するのではなく、アピールしているのだ。
意見と文句が混同される日本の習慣からすると、アピールは反対意見の徹底抗戦のように取られるかもしれない。裁判と聞くとイコールけんか、と解釈されがちだが、友人でいるために、部分的な事態を弁護氏に調停を依頼している、という考え方は欧米の一般的な考え方であり、「言うべきを言っておく」ことは、既得権が優先される階級社会で闘っていくなら、アピールする姿勢は必須事項だ。
トヨタは、予選のタイムを抹消され、ピットからスタートして勝ち取った表彰台を失ったが、今回の二つの”事件”で、これまでにないポジションを得たといえるかもしれない。