だから中嶋一貴に期待する
中嶋一貴は、開幕戦で4位までポジションを上げ、うまくすれば「表彰台もあった」(中嶋)レースを進めていた。
今年から始まった燃料搭載量申請では、612.5Kgと登録されたが、これはチームの申請ミスで、実際には総重量680Kg。ロズベルグより30Kgほど余分にガソリンを背負ってスタートしていた作戦が的中していた。
しかし、18周目の4コーナー立ち上がりの縁石に乗ってマシンを振られてスピン、ノーズをコンクリートウォールにぶつけてレースを失った。「自分のミスですが、多分、今まででもっとも悔しいスピン」と一貴はレース後に振り返った。
確かに、もったいない。しかし、一貴が今年、どんな状況でレースに臨んでいるかを知れば、もったいないけれど、今後に期待できる要素が浮かんでくる。
◆期待その1–チームの扱いが変わった
中嶋は、2007年最終戦のブラジルGPでF1にデビューし、2008年からフルタイムF1ドライバーとしてウィリアムズで戦いを始めた。2年目の今年、エンジニアから、「はもはやルーキーとしては扱わない」と言われているという。そして「嫌われる存在になれ」とも。
ルーキーでなくなったのなら、チームメイトのニコ・ロズベルグとの関係にも”遠慮”は要らなくなる。ロズベルグは、時として傲慢な態度をとることで知られ、”いいクルマを作ってくれれば勝ってやるよ”的な思考回路を持っている。レーサーとしては必須のその姿勢も、空回りが始まるとチームの信頼を失うパターンも考えられる。
対する一貴は、じっと我慢して、例えばスイッチの位置ひとつでも、ニコの注文に合わせたシステムに文句を言わなかった。そうして我慢を続けてきた一貴を、チームのメンバーはしっかり見ていた。
今年は「自分の考えを伝えること」が許された。去年までは、1年余分に経験を積んでいるニコに遠慮する立場だったが、今年は”チームメイトではあっても『敵』として”ロズベルグを見ることができるようになったのだ。
チームメイトなら、データを共有して一緒に高まっていくが、すべてを伝えないこともある。最後の一線は自分だけのものとしてしまっておく。”ミーティングの後にセッティングを変える”こともいとわずにやる。今年の一貴は、そういう立場になった。
テストの段階から、一貴はFW31のドライバビリティについて「非常に扱い易い」と言っていた。「限界を楽しんでいる」ようにさえ見える。関係者からも、「テストの時から、エンジンが”限界の音”を出している」と、楽しんでいることを感じさせるコメントが聞かれている。回しきったエンジン音は、決まったクルマとドライバーの”自信”があって初めて実現する。
◆期待その2 ”自分のミス”としか言わない
残念ながら、開幕戦のQ2で一貴はミスを犯てスピンした。しかし、コーナーを二つの残したそこまでのタイムはロズベルグの3/1000落ち。そのままラップを終えれば、間違いなくQ3に進出したはずだった。
一方、レースのスピンしたのは、バリチェロを追っているところだったが、そのスピンは、追い上げていたバリチェロがピットに入る前の周だったのだ。つまり、無理して追わずに前に出られる展開だったのだ。
チームはそれを理解せずに、一貴に”プッシュ”を命じていた。一貴はたっぷりと燃料を積んでいたから、無理する必要がなかった。だが、一貴は、チームからの指示について、会見でもまったく触れず”自分のミス”としか言わず、チームのせいにはしなかった。チームの信頼感は、こうしてさらに高くなる。
驚愕のスピードを示したブロウンGPのバリチェロを、はるかに重い燃料を積んだマシンで追い上げていたことも特筆に値する。バリチェロは、フロントウィングを傷めていたとは言え、「FW31はとてもいいフィーリング」という一貴の言葉が裏付けられたことになる。
チームの信頼が味方につくと、もうひとついいことが起きる。ドライバーが攻めのレースができるようになることだ。F1は、無茶はご法度だが、無理しないと闘えない。”いいマシンで無理が利く一貴”に、だから注目なのである。