F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集 F1 STINGER 【スティンガー】 > スクーデリア・一方通行 加瀬竜哉 >  > 2009年7月14日  スーティルVSフェラーリ!

スクーデリア・一方通行/加瀬竜哉

謹んでご報告申し上げます。
『スクーデリア一方通行』の筆者である加瀬竜哉/本名加瀬龍哉さんが急逝されました。長い闘病生活を送りながら外には一切知らせず、“いつかガンを克服したことを自慢するんだ”と家族や関係者に語っていたとのことですが、2012年1月24日、音楽プロデュサーとして作業中に倒れ、帰らぬ人となりました。

[STINGER-VILLAGE]では、加瀬さんのなみなみならぬレースへの思いを継承し、より多くの方に加瀬さんの愛したF1を中心とするモーターレーシングを深く知っていただくために、“スクイチ”を永久保存とさせていただきました。

[STINGER-VILLAGE]村長 山口正己

スーティルVSフェラーリ!

…..何にでも、何処にでも、”天敵”ってヤツはいるモンである。’09年第9戦ドイツGP。天候の変化を上手く読み、自身/チーム初のQ3進出、自己最高グリッドとなる予選7位を獲得したエイドリアン・スーティル(フォース・インディア・メルセデス)。決勝でも重い燃料を積みながらこれまた絶妙なレースを繰り広げ、各車がピット・インで順位を下げる中、遂には2位へ浮上!。28周目にピット・インし、コースへ戻ると6位フェリペ・マッサ/7位キミ・ライコネンのフェラーリ・コンビが1コーナーへ進入中。…..この時点で、いやスーティルが殊勲の上位走行を行っている時点で、恐らく多くの方々が同じことを考えていただろう。
「フェラーリに気をつけろよ…..」
…..まずマッサが1コーナーへ。続くのはピット・レーンから出て来たスーティル。恐らく彼の耳にはピットからフェラーリ2台に注意するよう、無線も飛んでいただろう。そして、予想通り…..いや(爆)、予想出来る最悪の結末がそのまま起きてしまった。スーティル、ライコネンとクラッシュ。
…..これでスーティルはフロント・ウィングを破損し、予定外の緊急ピット・インを強いられて17位へ転落し、結局完走17台中15位でフィニッシュ。ライコネンは35周目にピットへ戻ってリタイア。その直前、このクラッシュに関して審議対象となる旨がFIAから発表されていた。結局これが何らかのペナルティになることはなかったが、この1年間でスーティルがフェラーリから迷惑を被るのは、これが少なくとも4度目なのである。

・1回目
’08年第6戦モナコGP。シーズンはマクラーレンVSフェラーリの両タイトル争いとなり、ここモナコでもマッサ/ライコネンのフェラーリ・コンビがマクラーレン・メルセデスのルイス・ハミルトンを包囲する構図となった。レースは微妙な天候に左右される難しいものとなり、スタートでハミルトンが2位ライコネンをパス、マッサ-ハミルトン-ライコネンの順でレースは進んで行く。予選18位スタートのスーティルは混乱を上手く避けながら順位を上げ、6位まで浮上。モナコの抜きにくいストリート・コース特性とセイフティ・カーの混乱を巧みに利用し、28周目にライコネンがノーズを破損してピット・インすると5位へ躍進。37周目にはそれまでの最速ラップを更新し、前方を走るマーク・ウェバー(レッド・ブル・ルノー)の脱落で4位へ。その後方5位を走るライコネンとは20秒の差、もっとも、このサーキットでは追い抜きは容易ではなく、如何に弱小フォース・インディアとフェラーリと言えども、スーティルが上位入賞する可能性は極めて高かった。
終盤68周目。トンネルを抜けたヌーベル・シケイン。直前のセイフティ・カー導入でタイム差のなくなっていた状態で、4位スーティルの直後でライコネンが止まりきれずハーフ・スピン、そのままブレーキング中のスーティルのリアに突っ込んでしまう。スーティルはこれでリタイア、ライコネンはポイント圏外の9位でレースを終えた。

・2回目
’08年第15戦シンガポールGP。F1初のナイト・レースとなったこのイベントは、シーズン終盤マクラーレンのハミルトンと初タイトルを争うマッサ/フェラーリとの一騎打ちであり、否が応でも両陣営が”ドタバタする”局面である。レースは序盤、ポール・スタートのマッサをハミルトンが追う展開。15周目、ネルソン・ピケJr(ルノー)がウォールにクラッシュし、セイフティ・カー導入。そろそろ最初のピット・ストップ、というタイミングで起きたこの事故でピット・レーンは閉鎖され、各車は隊列を維持したままセイフティ・カーの後を走る。17周目にピット・レーンがオープンとなり、各車が一斉にピットへ。
ここで、フェラーリが’08年シーズンに導入した新アイテム”ピット・シグナル”に人為的ミスが起き、未だ給油中のマッサ車が給油ホースを繋いだまま再スタート。この際、同じくピット・レーン走行中のスーティルの進路を妨害してしまう。結局マッサはピット・レーン出口でメカニックにホースを外して貰うまでの時間を無駄にし、更にはスーティルに対する妨害でペナルティを取られ、完全にポイント圏外へ。

・3回目
同レース終盤51周目。レース序盤のドタバタでポイント圏外の15位に落ちていたマッサは、前方のトヨタのヤルノ・トゥルーリを避けようとしてターン18でスピン。コースへ復帰する際、ウォールに囲まれたストリート・コースで完全に進路を塞いだ姿勢を取ってしまい、追い上げて来ていた16位のスーティルがブラインド・コーナーを抜けた直後に発見したマッサを避け、ウォールにクラッシュ。助かったマッサはそのまま走り去り、結局13位でフィニッシュ。レースは伏兵フェルナンド・アロンソ(ルノー)が制し、ハミルトンは慎重に走って3位、フェラーリはノー・ポイント。ライコネンはタイトル争いからほぼ脱落。フェラーリ/マッサを巡るドタバタと、その迷惑をことごとく被るスーティルに同情の集まるレースだった。

・…..そして今回。
正直、ピット・レーン出口と1コーナー手前にTVカメラがパンし、スーティルとフェラーリの2台が1ショットとなった時点で「絶対当たる」という予感があった。誤解を避けるために言っておくと「当たってくれ」ではない。当たりそうなタイミングで、相手がまたフェラーリで、それでもエイドリアン・スーティルというドライバーが自ら退くとは思えないからである。いや、むしろ昨年からあれだけフェラーリと絡んで来て、天敵とも言うべき相手がまとめて自らのポジションを食わんとフル加速でランデヴー走行。筆者が担当エンジニアなら間違いなく「またフェラーリが、それも2台一緒に来ている。特に気をつけろ」と叫んでいただろう。が、筆者がスーティルなら絶対に譲らない。場合によっちゃ「今度こそ!」とどちらも食う気で1コーナーに飛び込もうとするだろう。そこで安全圏を走ろうとするドライバーならこのポジションまで上がって来れない。いや、このF1という舞台に辿り着けないだろう。そして、卑怯な客観的視点であるTVで観る限り、どう考えても当たるな、というケースで起きてしまったクラッシュ。’08年シーズン開幕前に多くの関係者が危惧した、新レギュレーションによる幅広フロント・ウィングの破損。それらの要素が、スーティルのピット・アウトの瞬間から全て読めたのは筆者だけじゃない筈だ。

ご存知の通り、スーティルとフォース・インディアは”滅多なことではチャンスの来ない後方集団”にいる。’09年の出走20台中、予選Q1の最後尾である19、20位、または同様の境遇にいるトロ・ロッソ・フェラーリを食って17、18位なら御の字、と言っても過言ではない位置。’08年はホンダとスーパー・アグリがライバルだった。チーム・メイトの名手、ジャンカルロ・フィジケラをしてもノー・ポイント、スーティル自身、’08年は予選最高位17位、決勝最高位13位、全18戦中11戦でリタイア、という状況であった。
この位置にいる彼等にやって来るチャンスは年間を通じてせいぜい1度。多くは天候変化や事故による混乱などで上位が崩れ、マシン性能を補う条件が整った時だけである。結果的には単独クラッシュとなったが、大雨となった’09年中国GPでは一時6位を走行、”雨のスーティル”はウェット・コンディションの’08年モナコでも確実に輝いていた。ただし、このレースで結果的にリタイアとなったスーティルには、イエロー・フラッグ中の追い越し疑惑が存在していた。よって、そのまま上位を走っていたとしても何らかのペナルティ対象となり、ポイント獲得はならなかったかも知れない。が、この’08年唯一のチャンスであるモナコ、そして’09年ドイツという、年に1回しかやって来ない大チャンスに、常にキッチリと上位にいるスーティルは、実は最高の仕事をやってのけているのである。

世界王者を目指してポール・ポジションと優勝をもぎ取りに行くのがF1ドライバーの仕事である。が、この世界最高峰のレースでそのチャンスがあるのは常にせいぜい4人。ライバルとなる2チームの4人のドライバー、仮に三つ巴になれば6人/4強でも8人しかいない。近年ではマクラーレン・メルセデス/フェラーリ/BMW/ルノーに在籍していなければそのチャンスはなく、精力分布図が激変した今シーズンでは現状でブラウンGP・メルセデスかレッド・ブル・ルノーにしかそのチャンスはない。厳しい現実ではあるが、全てのレーシング・ドライバーが、まずその挑戦権を持つシートを巡って闘わなくてならない。
現在2勝をあげてポイント・ランキング2位に着けるセバスチャン・ヴェッテル(レッド・ブル)は、’07年第7戦アメリカGPに僅か19歳でスポット・デビュー(BMW)し、予選7位/決勝8位でいきなり入賞フィニッシュ。第11戦ハンガリーGPからテール・エンダー・チームのトロ・ロッソ・フェラーリでレギュラー・シートを獲得、第16戦中国GPでは4位初入賞。翌’08年は着実に予選/決勝順位を上げ、第14戦雨のイタリアGPでポール・トゥ・ウィンを達成。自身初の表彰台を勝利で、それも史上最年少の記録と共に達成した。天候/コンディションは最悪、しかしそれは他の19人のドライバーにとっても同じ。そこでヴェッテルは確実にチャンスをモノにし、2年前まであの”ミナルディ”だったチームを初優勝に導いたのである。そしてヴェッテルは同系列のファースト・チームであるレッド・ブルへ移籍し、現在タイトル争いをしているということ。現在のシートを得るために、後方集団のチームで輝きを見せなければそのチャンスは巡って来ない。しかし、そこでしっかりと自らをアピールするすることが出来ればチャンスはやって来る、ということでもある。
その要素は予選順位やポイント獲得などの結果だけではない。実力派で経験豊富なチーム・メイトを常に上回って見せるのも大事な要素である。ティモ・グロック(トヨタ)にマクラーレン移籍の噂が出始めたのも、時折ベテラン・ヤルノ・トゥルーリを上回ってみせるようになった成果である。スーティルにも同様にフィジケラという対象がおり、互角かそれ以上の活躍を見せていると言っても過言ではない。事実、彼等の位置から出来ることはそれだけなのである。

一方、若きステファノ・ドメニカリ率いるフェラーリ勢のドタバタは既に当スクイチでは御馴染み(苦笑)だが、何故ここまでスーティルと絡むのか。当然だが、個人的な恨みはない筈である。単なる偶然だと思…..いたい。
ライコネンは’09年ドイツGP後に「レースにはつきものなアクシデント」とコメントしたが、1コーナーへのアプローチの時点でそれがスーティルであること、1年前のモナコで自らのミスでリタイアに追いやったことは間違いなく脳裏に浮かんでいた筈である。が、ここまでは良いとして、その先はレーシング・ドライバーの本能である。当然ながらライコネンも「相手がスーティルだから慎重に」なんてことは考えない。仮にピットから「スーティルがピット・アウトする。バック・マーカーではなく、同一周回で順位を争う相手だ。気をつけろ」と無線が飛んで来たとしても、自分のイン側に飛び込んで来るライバルと何をするか、は初めから決まっている。彼は本能に従い、そして行動しただけである。ま、接触後にミラーを見て「あ、またやっちった」ぐらいのことは思ったかも知れないが、レーシング・ドライバーとしての基本的な行動以外のなにものでもない。

で、どうしてこうもスーティルとフェラーリが絡むのか。
ひとつはスーティルがチャンスを逃さないドライバーであること。自らの於かれた状況を把握し、そう何度もないチャンスに最大限の能力を発揮し、上位に絡んでみせることの出来るドライバーであること。昨年のヴェッテルと同じである。
そしてもうひとつは、フェラーリが混乱に弱いこと。下位チームが躍進するということは上位が崩れていることを意味する。昨年のフェラーリは完全にそのケースにあたる。タイトル争いを繰り広げながらも悪い癖である”ドタバタ”の中で翻弄され、必死にポジションを奪い返そうとしなくてはならなかった。今シーズンは前半戦の低迷から抜け出そうと必死のフェラーリが、中盤に来てようやくポディウムを狙える位置まで来た。仮にブラウンGP/レッド・ブルに追いつけなくとも、トップ3の座は死守したい彼等がドイツGPで非常に良いポジションにいた。最終的にマッサは3位で今シーズン初の表彰台を獲得、これで第5戦から5戦連続ポイント獲得となった。相手が誰であれ、そこで退くことは考えられない。そこにいたのが好調スーティルだった。…..分析すればそういうことになる。混乱のレースでのスーティルの活躍と、不調に喘ぐフェラーリの位置との奇妙な一致が、この現象を生み出していたのである。

昨年のモナコでの接触のあと、フォース・インディアのテクニカル・ディレクター、マイク・ガスコインはライコネンに激怒していた。チーム・オーナーのヴィジェイ・マルヤは涙目で「フェラーリにはエンジンと供給価格とKERSの値下げを願いたいもんだね」と悔やんだ(’08年のフォース・インディアはフェラーリ・エンジン使用)。が、スーティル自身は違った。「ワールド・チャンピオンのキミが僕の所へ来て謝ってくれたんだ。彼は最高のドライバーだね」…..なんて謙虚な(涙)。
実際、スーティルの腸は煮えくり返っているのかも知れない。が、彼はそれを決して口には出さず、自らのドライヴィングで結果を残そうとする、真のファイターなのかも知れない。今、筆者の注目のイチオシは間違いなくエイドリアン・スーティルである。

「全然悔やんでないよ。良い週末だった。すぐにまた次が来るさ!」’09年ドイツGP/エイドリアン・スーティル

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