F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集 F1 STINGER 【スティンガー】 > スクーデリア・一方通行 加瀬竜哉 >  > 2010年1月19日  ニューカマー・サバイバル

スクーデリア・一方通行/加瀬竜哉

謹んでご報告申し上げます。
『スクーデリア一方通行』の筆者である加瀬竜哉/本名加瀬龍哉さんが急逝されました。長い闘病生活を送りながら外には一切知らせず、“いつかガンを克服したことを自慢するんだ”と家族や関係者に語っていたとのことですが、2012年1月24日、音楽プロデュサーとして作業中に倒れ、帰らぬ人となりました。

[STINGER-VILLAGE]では、加瀬さんのなみなみならぬレースへの思いを継承し、より多くの方に加瀬さんの愛したF1を中心とするモーターレーシングを深く知っていただくために、“スクイチ”を永久保存とさせていただきました。

[STINGER-VILLAGE]村長 山口正己

ニューカマー・サバイバル

新しい年となり、いよいよ各チームが2010年シーズンに向けて動き出した。とは言え、まだ新車発表もテスト走行もなく、昨年に比べて”より具体的になって来た”というレベルだが、それでもこの混沌とする新シーズンに対する興味と期待は否が応でも増して来る。新王者ジェンソン・バトンの名門マクラーレン移籍、メルセデスGPの誕生、そして皇帝ミハエル・シューマッハーの復活。我らがニッポン代表、小林可夢偉のザウバー移籍も見逃せない。

そしてもうひとつ。確かにこの1年で、多くの自動車メーカーが世界的な経済不況からF1を見切った。が、F1はその大きな変革期の中で新チームを招き入れることとなり、FIAの厳しい選定基準を通ったいつくかのチームが新たにF1サーカスの仲間入りを果たすこととなった。が、当初この変革には新チームにとって大きな要素が存在した。前FIA会長であるマックス・モズレーの提唱した”パジェット・キャップ案“により、全参戦チームの年間最大予算を抑え、新たな参戦チームに有利な法案が提案された。しかし結果的に現存チームの集合体であるFOTAの反発によりこの案は却下され、最終的に既存チームは数年以内に予算を引き下げる努力をする、ということで落ち着いてしまった。しかしその時既に新たにF1参戦を決め、エントリーしたチームにとっては寝耳に水であり、突然新たな資金繰りが必要になってしまった。そしてその多くは開幕戦バーレーンのグリッドに並べるかを疑問視され、場合によっては別のチーム/団体にそのポジションを奪われかねない状況となってしまったのである。
まず最初に、’10年1月19日現在のエントリー・リストは以下の通りである。

マクラーレン・メルセデス
01 ジェンソン・バトン(ブラウンGP→)
02 ルイス・ハミルトン

メルセデスGP
03 ミハエル・シューマッハー(フェラーリ→/復帰)
04 ニコ・ロズベルグ(ウィリアムズ→)

レッド・ブル・ルノー
05 セバスチャン・ヴェッテル
06 マーク・ウェバー

フェラーリ
07 フェリペ・マッサ
08 フェルナンド・アロンソ(ルノー→)

ウィリアムズ・コスワース
09 ルーベンス・バリチェロ(ブラウンGP→)
10 ニコ・ヒュルケンベルグ(新)

ルノー
11 ロバート・クビサ(BMWザウバー→)
12 TBA

フォース・インディア・メルセデス
14 エイドリアン・スーティル
15 ヴィタントニオ・リウッツィ

トロ・ロッソ・フェラーリ
16 セバスチャン・ブエミ
17 TBA

ロータス・コスワース
18 ヤルノ・トゥルーリ(トヨタ→)
19 ヘイキ・コヴァライネン(マクラーレン→)

カンポス・メタF1・コスワース
20 TBA
21 ブルーノ・セナ(新)

US F1・コスワース
22 TBA
23 TBA

ヴァージン(コスワース)
24 ティモ・グロック(トヨタ→)
25 ルーカス・ディ・グラッシ(新)

ザウバー・フェラーリ
26 ペドロ・デ・ラ・ロサ(マクラーレン→/復帰)
27 小林可夢偉(トヨタ→)

既存チームの中で最も大きな変革を行ったのは、’09年Wタイトル獲得チームであるブラウンGP。参戦1年でチームはメルセデス・ベンツの買収によってメルセデスGPとなり、ドライバーも両名共に変更、しかも引退後3年を経たシューマッハーを担ぎ出してのメルセデス単独参戦となる。他にはオフ・シーズン中にジェニィ・キャピタルへのチーム売却を行ったルノー。そしてBMWの撤退によって再びペーター・ザウバーがチームを買い戻すこととなったザウバーはエンジンをフェラーリへと変更する。反対にレッド・ブルとフォース・インディアの2チームは前年同様の体制を継続する道を選び、ウィリアムズはトヨタのF1撤退発表以前に’10年のエンジンをコスワースへと切り替えることを決めていた。新王者・バトンはマクラーレンでルイス・ハミルトンとチャンピオン・コンビを組み、フェルナンド・アロンソのフェラーリ移籍によりキミ・ライコネンはF1から去った。そして、F1から撤退したトヨタのドライバー、ヤルノ・トゥルーリはロータスティモ・グロックはヴァージンと新チームを選び、可夢偉はザウバーのシートを射止めた。ルーベンス・バリチェロは「キャリアの最後は恩師であるアイルトン・セナのいたチーム」とウィリアムズへ移り、ニック・ハイドフェルドは未だシート決定情報がない。ルノーには佐藤琢磨のシート獲得の噂があり、まだまだ一波乱ありそうな気配である。

そして、更に未確定と言えるのが新規参入チームの動向である。日ごとにチーム体制の変更やマシン開発の遅れなどが報道され、果たして’10年開幕戦のグリッドに全ての新チームが着くことが出来るのかを危ぶむ声も聞かれる。ではここで、’10年シーズンに新規参入が決まっている4つのチームを紹介しよう。

ヴァージン
元々”マノー・グランプリ”の名でエントリーしたこのチームは下位フォーミュラ・カテゴリーを闘っていたレーシング・チームであり、現チーム名のヴァージンは昨年ブラウンGPとの”毎戦スポット・スポンサー契約”で一躍パドックで有名になったリチャード・ブランソンのヴァージンである。マシン設計はベネトン/シムテックなどのデザイナーを務めたニック・ワース。ドライバーはトヨタからティモ・グロックを招き、もうひとりには新人のルーカス・ディ・グラッシを起用する。

カンポス・メタF1
カンポスはスペインの元F1ドライバー、エイドリアン・カンポスが設立したレーシング・チームで、GP2やフォーミュラ・ニッサン、ユーロF3などでタイトルを獲得している名門チームである。F1進出に向けてはマーケティング企業であるメタ・イメージと組み、かつてF1用シャシーを設計していたイタリアのダッラーラ社に制作を依頼、昨年11月には既にFIAのクラッシュ・テストに合格。ドライバーにはアイルトン・セナの甥であるブルーノ・セナのF1デビューが決定している。

USF1
チームはアメリカでインディ・カーの設計を行い、その後F1でリジェ〜オニクスのテクニカル・ディレクターを務めた経緯を持つケン・アンダーソンと、ジャーナリストでイギリスの”Auto car”編集長、ドライバー・コーチングを行う会社などを運営するピーター・ウィンザーのふたりによって設立された。チームにはYouTubeのチャド・ハーレイがついており、ノースカロライナ州シャーロットに本拠地を置くアメリカン・F1チームとして参戦する。ドライバーは両名共に未決定。

ロータス
このチームはかつてF1で73勝を挙げ、’94年に撤退した名門とは同名の別チーム、と考えるべきである。現在のロータスはマレーシアの実業家、トニー・フェルナンデスが実権を握る事実上のマレーシア・チーム。テクニカル・ディレクターにマクラーレン/ティレル/ベネトン/トヨタなどに在籍したマイク・ガスコインが就任、イギリスのRTN(レーシング・テクノロジー・ノーフォーク)を本拠地とする。豊富なマレーシア・マネーをバックに、F1勝利経験ドライバーふたりを起用。

…..こうして単純に新規参入各チームの概要を見ればそれぞれに特色があり、参戦初年度からサーキットで暴れ回ってくれるような気がしないでもない。が、現実はそんなに甘くなく、彼らにはいくつもの”良くないウワサ”が付きまとう。ことの発端は昨年9月、F1の”ボス”であるバーニー・エクレストンによる「新チームの内ふたつは、’10年の開幕戦に間に合わないかも知れない」という発言だった。考えようによっては”叱咤激励”とも受け取れるこうした発言は、少なくとも”火のない所に煙は立たない”F1では極めてマークすべき要素となる。では、果たして新規参入予定チームの現状はどうなっているのか、そしてどのような”不安要素”が彼らに存在するというのか。

年明け早々に「彼らは開幕戦に間に合わない。ヨーロッパ・ラウンドが始まる第5戦スペインGPからのエントリーをFIAに申し出た」という噂の流れたUSF1。彼らはゼロからチームをスタート、それもアメリカでという冒険を行ったが、現在までマシンの概要もドライバーも発表出来ずという状況が続き、その情報不足が危機感を助長してしまっている。その上彼らは「風洞施設を使用せずにマシンを設計している」と告白して周囲を驚かせた。しかしこれはヴァージンのニック・ワースが行っているCFD設計と変わらず、未だ前例はないものの新世代のマシン設計論としては決して不可能ではないが、他の新チームが年明け前に終えていたクラッシュ・テストがようやく1月に行われていることなどが大きく影響している。また更に、唯一USF1だけが未だ両ドライバーとも未発表、更に元世界王者であるジャック・ヴィルヌーヴやアレックス・ヴルツ、ペドロ・デ・ラ・ロサらとの契約が囁かれながらも実現せず、ヴルツに至っては契約寸前とまで言われながら最終的にF1復帰を断念、ル・マンに専念することを決めた。こういった一連の流れからもチームの開発力、戦闘力を疑問視する声が大きくなり、最終的にゼロからのチーム運営には時間が足りな過ぎるのでは、との見解へと繋がって行く。

カンポスは年明け早々、A1GPを主催する投資家である南アフリカの大富豪、トニー・テシェーラにチームを売却する、というニュースが流れた。テシェーラはかつてホンダやスパイカー、トロ・ロッソなどの買収に興味を示していた人物であり、自らF1への進出の興味を隠そうとはしない。更に参戦前にも関わらず、カンポスの深刻な資金難が発覚。事実スペイン・チームであるカンポスの元に、思うようにスペイン・マネーが流れて来ない。これはスペイン国内からの投資先はフェラーリへと移籍したスーパー・スター、アロンソ個人に集中してしまう、という現象による。これにはチームも参戦決定時から焦りを隠せず、セナとの契約も「南米企業の興味を引きつけるため」と言われたが、チームと交渉決裂したネルソン・ピケJrは「カンポスが欲しいのはスペイン人ドライバーだ」と告白。結果的にブラジル人であるセナには早くも放出の噂が流れ、未だセカンド・シートを発表していないトロ・ロッソへと移籍するのではとの憶測が乱れ飛ぶ。同時にマシン開発についても”F1経験のあるダッラーラ”よりも”F1で勝てないダッラーラ”との提携を危惧する声も大きい。事実、彼らが最後にF1マシンでレースしたのは’92年、その後は’99年のホンダのテスト車、’04年のミッドランドとの共同開発以外でF1に関わってはおらず、近代F1マシンの設計に於いてアドバンテージはないとする向きが多い。

ヴァージンは早々とチーム体制を発表し、リチャード・ブランソンを囲んで仲良くチーム・ウェアを着て人前に出るなどマスコミ露出には抜け目がない。しかし元々マノーのチーム代表だったアレックス・タイが1月12日付けで退任し、新たに同じマノーのジョン・ブースが後任となったことが発表された。…..ところが、チームはマノーからヴァージンへとチーム名を変更した、つまりヴァージンがチームの筆頭株主となった筈である。であれば、新代表はヴァージンから選出されるのが筋である。ただでさえ参戦前のトップ交代、ここで怪しまれるのが「ヴァージン・グループは本当にチームの株主なのか」という疑いである。ヴァージンのCEOであるブランソンは昨年「チームと3年間のスポンサー契約をした」と語っているが、であればこのチームは3年後にヴァージンが撤退した場合、FIAに莫大な費用を払ってチーム名変更をしなければならなくなる。そして、元来マノーを共同運営していた会社はその正体が全く掴めない会社名ばかりで成り立っており、更に’09年7月にはチームが不正に’10年の参戦権を確約していたと受け取れる、マックス・モズレーの代理人であるアラン・ドネリーのeメールがリークされる事件が起きた。メールの相手はサウジアラビアの王族であり、ヴァージンの資金がいったい何処から来ているのか、という問題が再燃、不透明なチームの実態に懸念の声は大きい。

ロータスはマレーシアの航空会社であるエア・アジアCEO、トニー・フェルナンデスによる資金で運営されており、現在ロータス・カーズを所有するマレーシアの自動車メーカー、プロトンは直接このチームに関わりはない。厳密に言えばプロトンではロータスF1チームを運営するほどの資金は提供出来ず、フェルナンデスの極めて”個人投資”に近い形で運営されている、と考えるべきである。事実、’09年に発売された14年振りの新車”ロータス・エヴォーラ”は思うように売れず、結果的にプロトンに大きな損害を齎してしまった。従ってこのフェルナンデスのF1チームがロータス/プロトンから受けることが出来るのは技術的なメリットだけであり、事実上ロータスというブランド名のみを使用する新チーム、と考えるべきである。またチームはマシンや風洞テストの模様などをオフィシャル・サイトで公開しているが、いずれも1/2スケール以下のもの。現在チームは2月初旬の合同テストには参加せず、新車公開を2月中旬に予定していることから、マシン開発の遅れを指摘されている。

…..この4つの新チームの内、ロータス以外の3チームはマックス・モズレー率いるFIAの”新チーム参戦オーディション”に合格し、ローラ/マーチ/プロドライブらを蹴落とし、栄えあるF1チームとして認可された。そしてBMWザウバーの撤退発表を受け、言わば補欠としてロータスが参戦を認められた。その後ザウバーがチームの存続に向けて動き、トヨタの一方的な撤退もあって救済処置としてエントリーを認められ、このラインアップとなった。が、この裏には更に不気味な存在がある。それが”ステファンGP“である。

セルビアのエンジニアリング会社であるAMCOのCEO、ゾラン・ステファノビッチによるスレファンGPはFIAの参戦オーディションで落選したが、その後撤退の決まったトヨタのスタッフを勧誘し、独自にF1参戦への準備を進めて来た。そして彼らの動きはまるでいつでもF1に参戦出来る、いや今シーズンの開幕戦にさえ間に合わせてみせるというほどの姿勢と見て取れる。何故なら、ステファンGPは既にカンポスかUSF1の参戦が不可能と見て、本来トヨタTF110となった筈のマシンと中嶋一貴を擁し、空いた枠にエントリー申請する準備が出来ている、というのである。マシンは既にFIAクラッシュ・テストにも合格、仮に’10年の参戦が不可能でも”ルーキー・ドライバーのテスト・チームとしてのビジネス”を打ち出した。そう、参戦枠に入っていない、つまりコンコルド協定に左右されない彼らの自称”F1マシン”が、世界中何処のサーキットでいつ/どれだけ走ろうとも、FIAは何も言えないのである。そしてもちろん、もしも参戦予定の新チームに欠員が出れば、彼らはいつでも参戦出来る準備が整っている、というわけである。もちろん現実的にそんなに上手く行く筈もないが、新チームがこうした”底上げ”にあっているのもまた事実なのである。

新規参入4チームとウィリアムズは、’06年以来のF1復帰となるコスワース製V8エンジンを使用する。これは新規参入の条件として昨年モズレーが提唱したものであり、コスワース側は「強制ではない」と否定するが、事実上新規参入の絶対条件だった、と考えるべきである。ここで、F1に4年のブランクを経て復帰するコスワースの戦闘力を計る興味深いツールとして、名門ウィリアムズのコスワース使用、という要素がある。
彼らは昨年グリッド上で”最も非力なエンジン”と揶揄されたトヨタ・エンジンの性能に苦しみ、トリッキーなレース以外での活躍を諦めざるを得なかった。しかし、今シーズンのコスワースの”出来”に関してはこの名門チームと大ベテランであるバリチェロの存在がクローズ・アップされる。即ちウィリアムズが低迷するようであればコスワースの戦闘力に疑問符が付き、そうでなければ新規参入チームの戦闘力がダイレクトに解る、という考え方である。特に勝利経験を持つベテランのトゥルーリ/コヴァライネンを擁するロータス、グロックの乗るヴァージンあたりはウィリアムズとの比較に於いてそのマシンの潜在能力を開発力が露呈されることとなり、エンジン性能に責任を押し付けるわけには行かなくなるのである。

…..果たして、この4チームは’10年開幕戦バーレーンのグリッドに着き、最終戦アブダビまで残れるのか。そして第5のチーム、ステファンGPはどうなるのか。各チームの戦闘力/活躍に眼を向ける以前にこうした不安要素が明るみに出るのもまたF1ならではの特徴だが、彼らが今年コース上で素晴らしいレースを魅せてくれることを願おう。開幕まであと2ヶ月だ。

「新参チームがF1を変えてみせるよ!」/トニー・フェルナンデス(ロータス)

 

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