F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集 F1 STINGER 【スティンガー】 > スクーデリア・一方通行 加瀬竜哉 >  > 2010年7月26日  繰り返された”茶番”

スクーデリア・一方通行/加瀬竜哉

謹んでご報告申し上げます。
『スクーデリア一方通行』の筆者である加瀬竜哉/本名加瀬龍哉さんが急逝されました。長い闘病生活を送りながら外には一切知らせず、“いつかガンを克服したことを自慢するんだ”と家族や関係者に語っていたとのことですが、2012年1月24日、音楽プロデュサーとして作業中に倒れ、帰らぬ人となりました。

[STINGER-VILLAGE]では、加瀬さんのなみなみならぬレースへの思いを継承し、より多くの方に加瀬さんの愛したF1を中心とするモーターレーシングを深く知っていただくために、“スクイチ”を永久保存とさせていただきました。

[STINGER-VILLAGE]村長 山口正己

繰り返された”茶番”

「これは2002年のあの”忌まわしい一件”の再現だ。そして、あの時はルールがなかった。今は明確に違反行為だ。そして、今回はあの時よりも10倍も悪いことだと思うね」BBCでTV解説を行っているエディ・ジョーダンは怒っていた。2002年の忌まわしい一件とは、オーストリアGPでトップを行くルーベンス・バリチェロに対し、後方にいるミハエル・シューマッハーを先行させるようフェラーリがピットから無線で指示した、所謂”チーム・オーダー事件“のことである。
’10年第11戦ドイツGP、フェラーリはまたもレース中の順位入れ替え操作を行った。が、今回はチーム監督からではなく、フェリペ・マッサ担当エンジニアのロブ・スメドレイから直接、それもフェラーリ首脳に対しての嫌味をたっぷりと込めた内容のメッセージが発せられたのである。今回は再び起きたこのフェラーリのあからさまな違法行為と、フェラーリ内部で起きている歪みについて検証する。

レースは予選3番手のマッサの絶妙なスタートで始まった。ポール・ポジションのセバスチャン・ヴェッテルレッドブル)と、2/1000秒差でフロント・ロウに並ぶフェルナンド・アロンソが激しいチャージの応酬をしている間、1コーナーをアウト側から駆け抜けたマッサがトップに立ち、開幕戦以来のフェラーリ1-2態勢となった。序盤はマッサのペースでレースが進むが、若干ペースの落ちたマッサにアロンソが追いつき始めた48周目、スメドレイからマッサに対して無線が飛んだ。
「フェルナンドは君よりも速い。このメッセージの意味が解るか?」
翌49周目、ターン6後の加速でマッサは露骨にスロー・ダウンし、アロンソを先行させた。そして再びマッサにスメドレイからの無線。
「良くやった。ありがとう…..すまない」
…..TV放送の中にマッサからの返答の場面はなかったが、恐らくマッサは無言で事態に対応したのだろう。アロンソは開幕戦以来の勝利となり、フィニッシュ後にチームへの無線で「フェリペは3秒ほど遅かったが、ギア・ボックスに問題でもあったのか」と訊ねてみせた。マッサは相変わらず何も言わなかったが、チームからは「君はチームに良く貢献してくれた。その件についてはあとで話をしよう」と意味深な言葉を受けた。パルクフェルメにマシンを止めたふたりは軽く抱擁し合い、表彰台に上がる直前にはチーム監督のステファノ・ドメニカリがふたりを労うが、ここでもマッサの表情は硬いまま。形式的なシャンパン・ファイトを終え、トップ3インタビューでボス・コンスタンデュロイから「あの時何があったのか」との質問に「ノー・コメントだ」と答え、その後も「僕はチームのために働いている」と繰り返した。ドイツGPのスチュワードはこの一件を重要視し、フェラーリのスタッフへの事情聴取などの調査に乗り出し、最終的に国際スポーティング・コード第39条(チーム・オーダー禁止)/第151条(スポーツ信用の失墜)の違反により100万ドルの罰金を言い渡した。またこの件の最終的な結論は、今後世界モータースポーツ評議会(WMSC)に委ねられる。

F1世界選手権では現在、レース中のチームによる順位操作は禁止されている。そして今回の件には、冒頭のジョーダンの発言のように、そのきっかけとなった伏線が存在する。若いファンのために、ここでその事件をもう1度検証しよう。

’02年第6戦オーストリアGP。この年、フェラーリはシューマッハー/バリチェロのコンビで221点を稼ぎ出し、シーズン中盤の第11戦フランスGPで早々とシューマッハーがタイトルを決め、第13戦ハンガリーGPでは4年連続のWタイトルを確定した。シューマッハーは序盤5戦で4勝/44点、ランキング2位の弟、ラルフ・シューマッハー(ウィリアムズBMW)は1勝/20点、シューマッハーのチーム・メイト、バリチェロは6点だった。フェラーリは完全にシューマッハーのタイトル獲得を前提にシーズンを送っていた。レースはポール・ポジション・スタートのバリチェロがそのままトップを快走、シューマッハーは2番手。終盤67周目、フェラーリのロス・ブラウンからバリチェロに対し、無線でメッセージを発する。「スロー・ダウンし、ミハエルに順位を譲れ」バリチェロは困惑し「本気で言ってるのか」と聞き返す。今度はチーム監督のジャン・トッドから「それがチーム全体のためだ」と返答。66周目、バリチェロから「もう1度聞く。僕に優勝するチャンスはないのか」チームの返答はなかった。その答はバリチェロ自身の行動に委ねられ、そしてバリチェロはファイナル・ラップの最終コーナーで露骨にマシンをスロー・ダウンさせ、シューマッハーに勝利を譲ったのである。表彰台ではシューマッハーはバリチェロを真ん中に立たせ、自身は2位のトロフィーを受け取るなどの”茶番”を見せた。グランド・スタンドからはブーイングが起こり、FIAはこの件を調査、最終的に翌年からのチーム・オーダー禁止が正式に決まったのである。

モーター・スポーツという何もかもが特殊なジャンルに於いて、こうした論議は数限りなく行われて来た。’50年のF1世界選手権開幕当時、自動車レースはあくまでもメーカーの競争だった。そのため、F1でもチーム/コンストラクターによる順位操作は当たり前のように行われ、場合によってはトップを走るセカンド・ドライバーがマシン不調に悩むエース・ドライバーのためにレース途中でマシンを降り、エース・ドライバーに自らのマシンを献上することもあった。それが歴史と共に徐々にヒューマン・スポーツ化して行き、最終的に同じチームであってもドライバー同士は正々堂々と順位を争うことが暗黙の内に求められた。それが明確にルール化されたきっかけが、’02年オーストリアGPだったのである。よって、現在はチーム間による順位操作は違反であり、実際ペナルティの対象と成り得る。
とは言え、’02年以降これまでこうしたチームによる順位操作が全くなかったわけではない。FIAがチームに求めたのは、少なくとも観戦者/TV視聴者ががっかりすることのないよう、スタイリッシュに行うことだった。つまり、解らないように行うのであればお咎めはない、というものである。解りやすい例で言えば、チームからの無線指示ならば”暗号”や”隠語”を用い、露骨に順位操作を行ったと解らなければ特に問題にはしない。例えば「フェリペ、”ミクスチャー”が”R-5″だ。解るな?」とか言っておけば、少なくともそれが「フェリペ、フェルナンドに譲るよう指示が出た。解るな?」という意味だという証拠はなく、チームもあとからいくらでも言い訳が出来る。しかしそれを無線やサイン・ボードを用いて世界中のTV視聴者に解るようにやってはスポーツとして成り立たない、という概念に基づいているのである。

これまで筆者は何度かこういった件を紹介する際、野球で言う送りバントや犠牲フライ、アメリカン・フットボールに於けるオフェンダー/ディフェンダーなどを例にあげて来た。つまり、多くのスポーツに自己犠牲による戦略が存在しているにも関わらず、何故自動車レースでは問題にされるのか、というハナシだ。
野球では1点取るためにオマエは送りバントしてアウトになって来いと監督に指示され、見事にやってのけた選手には拍手が贈られ、勝利への貢献度が評価される。フットボールのディフェンダーは初めから防御要員であり、攻撃時には出番すらない。が、それを非難する者も当然ながらいない。しかし、例えば野球では当たっている打者を故意にフォアボールで歩かせる”敬遠”が非難の対象となることがしばしばある。しかしそれは場面によってケースも違うが、試合全体から見れば駆け引きのひとつでしかなく、これがルール改正に影響を及ぼすことはない。しかし、セカンド・ドライバーのバリチェロがエースのシューマッハーに順位を譲る、という行為が事件に発展し、ルールが変更されたのは事実である。こうした背景には、ただでさえ人的貢献度に疑問符の付くモーター・スポーツを、これ以上ヒューマン・スポーツから遠ざけたくないという運営社側/FIAの思惑が存在する。
最終的にはヒューマノイドがドライブしても良い筈の自動車レースから、世界各国を代表するトップ・ドライバーがいなくなってはレースがスポーツ・イベントとして成立しないからだ。いつだってそこにはスター選手の存在が不可欠で、それはシューマッハーであってバリチェロではない、というのがフェラーリの見解だった。関係者はそれを事実として受け入れつつも、明確なルール化によって管理しなくてはならなかった。そうでなければ、素晴らしいスタート・ダッシュでトップに立ったドライバーに、オープニング・ラップから「OK、10周目までにチーム・メイトに順位を譲るんだぞ」なんて無線が飛んではファンも応援のしようもない。チーム・オーダー禁止令は、こうしたF1のスポーツ面で大きな意味を持つレギュレーションなのである。

そして今回の問題再燃には、もうひとつ興味深い背景がある。’02年の際にはチーフ・ディレクターのブラウンとチーム監督のトッドがバリチェロの説得にあたった。しかし今回、このやりとりの声の主はマッサ担当エンジニアのスメドレイのみ、という点が興味深い。そしてスメドレイは、全世界のTV視聴者、そしてレース・スチュワードに聞かれていることを承知で、わざとマッサに「すまない」と詫びてみせたのである。
F1に限ることではないが、チームにふたりのドライバーがいれば、それに伴い異なるふたつのレーシング・チームが存在することになる。彼らはもちろん同一チームのチーム・メイト同士だが、最も身近なライバル同士でもある。特にここ数戦でチーム・メイト同士の緊張感が高まっているレッドブルでは、ヴェッテルとマーク・ウェバーの担当メカニック達がピット内でも火花を散らしており、チームのレベルの高さと運営の難しさが話題となっている。特にエースとセカンドの差が明確なチームとそうでないチームもあるが、同一チーム内でこうした激突が起きるのは当然のことでもある。そして、各ドライバーには個別に担当のレース・エンジニアがおり、今回の主役であるスメドレイはマッサ担当、ちなみにアロンソ担当はクリス・ダイアーである。
スメドレイは明らかに緊張した声で、ゆっくりとマッサに告げた。「fernado is Faster Than you」…..この時スメドレイは明らかに困惑していた。恐らく、ドメニカリを始めとしたチーム首脳陣と、ペースの落ちて来たマッサと、後方にいるランキング上位のアロンソの順位をどうするかで散々揉めたあとであろうことは容易に想像出来た。自らもこの決定に納得の行かないスメドレイは、決して多くの人々にこれがチーム・オーダーであると悟られまいとしたとはおよそ思えない口調でマッサに指示を行ったのである。そしてとどめのひとこと「sorry」…..マッサは恐らく’02年のオーストリアGPでのバリチェロと同じ心境だっただろう。ただし、マッサの対応は紳士的であり、そして精一杯のものだった。ターン6の加速で露骨に緩めたアクセリングを、FIA国際映像はリプレイで映像公開した。そのやりとりの全てが証拠となり、レース後のフェラーリのピットは各国のインタビューアーでごった返し、ドメニカリは対応に追われた。ドメニカリは「あれはマッサが自分で判断したこと。我々は単に後のフェルナンドの方が速いことを伝えただけ」としらばっくれ続けた。レース後、おそらくスメドレイはフェラーリ上層部からキツイ一発を食らっただろう。それは、マッサと一心同体となったスメドレイの人間らしさと、そして残念ながら欠けていると言わざるを得ない”プロフェッショナリズム”による。つまり、この件はフェラーリというトップ・チームにあるまじき茶番劇であると同時に、極めてヒューマニズムを感じさせる一件だったとも言える。これによりフェラーリ内部に所謂”内紛”が起こり、今後のレース戦略にも大きな影響を与えることは間違いない。

’02年の際、フェラーリはシーズン序盤から明らかに圧倒的優位にいた。よって、何も第6戦の時点でキャリア2勝目を目指して最高の走りを見せていたバリチェロを後退させずとも、フェラーリは早期に易々とWタイトルを獲得出来た筈だった。しかしフェラーリは徹底した非情な決断を行い、結果的に最高のシーズンを送ったのも事実である。
今回のケースではフェラーリはタイトル争いの崖っ淵にいた。開幕戦の1-2フィニッシュ以降良いところがなく、エースのアロンソはランキング首位のルイス・ハミルトンマクラーレン)から47点離された5位。シーズン後半へ向けてひとつでも多く勝ちたい場面だったことは間違いない。そしてフェラーリは決断した。しかし、内部の人間の心情は正直だった。

ドイツGP決勝の翌日(7月26日)、昨年のハンガリーGP予選でマッサが重傷を負った事故以来、丁度1年が経過した。マッサは入院していたブタペストのAEK病院を訪れ、自らの命を救ってくれた多くのスタッフとの再会を果たした。「あれは僕のキャリア、いや人生に於いて最も重要なことだった。人生というものについて深く考えさせられたんだ。あれから1年経って、僕はこうして再び優勝戦線に復帰することが出来た。これはとても意味のあることなんだ」
’09年シーズンを棒に振り、’10年シーズンも中盤まで来て、ようやく会心のスタートでレースをリードし、やっと優勝戦線に帰って来たフェリペを待っていたのは残酷なチームの扱いだった。しかし、あのままレースがチーム・オーダーなしで続行されていても、マッサはアロンソに抜かれていたか、またはバトルとなって2台とも戦線離脱となる危険性もあったのは事実である。今シーズン、チーム・メイト同士の”無用なバトル”が話題になっていることはフェラーリも百も承知である。第7戦トルコGPで、レッドブルのふたりは同士討ちによるリタイアで勝てるレースを逃し、明らかにレース・ペースで劣っていたマクラーレンに1-2フィニッシュを奪われた。マシン性能とアップグレードが上手く機能し、トップを走れるレースでチーム・メイト同士のバトルはチームにとっても大きな危険性を伴う。それが許されない状況で、既にフェラーリは露骨にアロンソをエース/マッサをセカンド、とカテゴライズした。もちろんそれは元々チーム内でも決まっていたことなのだろうが、こうして公の場であからさまな形でそれを宣言した、と言える。つまり、今後同じような状況になった際、世界中のファンはその無線のやりとりに釘付けになる、ということでもあり、極論ではあるが、マッサのファンにとってはアロンソが前にいる限り、マッサの優勝は許されないものなのだろうという予測の元にレースを観戦しなければならない。この件に関し、ロータスのマイク・ガスコインは「もっと賢くやれば良かったのさ。チーム・オーダーは避けられないものなんだから」と笑い飛ばし、レッドブルのクリスチャン・ホーナーは「マッサは良い仕事をしていた。レギュレーションはハッキリしている。つまり、許されない行為だ」と不満を露にした。マクラーレンのマーティン・ウィトマーシュは「我々はふたりのドライバーにレースをさせる。良い時も悪い時もあったが、それが我々のやり方だ」と意見した。ライバル達にも思い当たる部分はあり、そして怒りもある。その全てのバランスの上に、モーター・スポーツが存在している。問題は、それをあからさまに行ったスメドレイと上層部との内紛による、今回のような”茶番劇”が全世界に公開された事実である。それが前科を持つフェラーリだったため、多くのファンは「またか」と思い、新しいファンは幻滅する。少なくとも’03年にルールが明確化した以上、それを守り貫くのは、例えフェラーリと言えども”義務”である。

…..結局フェラーリは10万ドルの罰金だけで、まんまと1-2フィニッシュを手に入れた。10万ドル払えばチーム・オーダーをしてもかまわない、と解釈されてしまうのが最も危険なことである。そして、フェラーリのスタッフにはおおいに揉めて頂きたい。そして、レーシングという概念がいったいどういうものなのか、をF1のトップに君臨する偉大なるスクーデリアとして証明して欲しい。選手権を争うために必要なもの/不要なもの、そして行うべきもの、をしっかりと見せて貰いたい。しらばっくれるのはF3ドライバーにだって出来ること。スペインの英雄/2度の世界王者に、あんな台詞を吐かせている場合ではない。

「彼(マッサ)のスロー・ダウンには驚いた」/フェルナンド・アロンソ

 

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