F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集 F1 STINGER 【スティンガー】 > スクーデリア・一方通行 加瀬竜哉 >  > 2009年5月28日  風はバトンに吹いている

スクーデリア・一方通行/加瀬竜哉

謹んでご報告申し上げます。
『スクーデリア一方通行』の筆者である加瀬竜哉/本名加瀬龍哉さんが急逝されました。長い闘病生活を送りながら外には一切知らせず、“いつかガンを克服したことを自慢するんだ”と家族や関係者に語っていたとのことですが、2012年1月24日、音楽プロデュサーとして作業中に倒れ、帰らぬ人となりました。

[STINGER-VILLAGE]では、加瀬さんのなみなみならぬレースへの思いを継承し、より多くの方に加瀬さんの愛したF1を中心とするモーターレーシングを深く知っていただくために、“スクイチ”を永久保存とさせていただきました。

[STINGER-VILLAGE]村長 山口正己

風はバトンに吹いている

ブラウンGP、今シーズン3度目の1-2フィニッシュで幕を閉じた第6戦モナコGP。レース前はフェラーリ/マクラーレン復調やレッド・ブルの必勝作戦などで混戦が予想/期待されたにも関わらず、終わってみればまたもブラウン勢の圧勝…..うーん、本当にこのまま今シーズンはブラウンが独走して終わってしまうんでは?と思えるほどの完全勝利。
何しろ、ブラウンGPにはここまで隙が見当たらない。今季4度目のポール・ポジションを獲得したジェンソン・バトンとフロント・ロウに並んだキミ・ライコネン(フェラーリ)、3位ルーベンス・バリチェロとセカンド・ロウに並んだセバスチャン・ヴェッテル(レッド・ブル)…..こりゃKERS搭載のライコネンと第1スティント軽量+ソフト・タイヤ作戦のヴェッテルがスタートで一発キメるかと思いきや…..挟まれた奇数グリッドのバリチェロが1コーナー前で簡単にライコネンをブチ抜き、あっと言う間にブラウン1-2体勢完成。その後はフェラーリ2台の後方でペースの上がらないヴェッテルがレーシング・スクールを開き、フェラーリは最近お約束になりつつあるピットミスで2位のチャンスを失い…..結果、ブラウンGPは勝利をつかみもしたし転がり込みもしたし。でも、言ってしまえば彼等はシナリオ通りのレースをきっちりやっただけでしっかり勝てたワケで、余計な作戦も迷いも何もなかった、と言える。その理由は単純、まずクルマが良いこと、次にドライバーが上手いこと、そしてチームが機能していること。そこに”運”なんか加わっちゃったら無敵である。以前にも取り上げたことだが、それを新チームがやってのけちゃってるんだからたまらない!。
F1世界選手権として56回目を数える伝統のモナコGPを制したバトン/ブラウンGP、今回はその”完全勝利”をタチの悪いオレなりに様々な側面から考察。

・予選の1発
前戦スペインからヨーロッパ・ラウンドとなり、昨年のトップ2であるフェラーリ/マクラーレンの復調に注目が集まる。しかし、まずQ1でルイス・ハミルトン(マクラーレン・メルセデス)がミラボーを曲がりきれずクラッシュ。リアを損傷し、結局ギア・ボックス交換となって最後尾スタート。この時点で今回のモナコGPのダーク・ホースがひとり戦線離脱。予選Q1のトップはバトンを上回ったニコ・ロズベルグ(ウイリアムズ・トヨタ)。Q2ではライコネンがトップを奪い、バトンはバリチェロにも遅れる8番手。Q3が始まり、1回目のアタックを終えてタイム・シートのトップにいたのはヴェッテル。そこにロズベルグが続き、3番手バリチェロ/4番手バトンと続く。何と言っても抜きどころのないモナコ、勝つためには極端に燃料を軽めにしてでもフロント・ロウから逃げのレースを展開する必要があった。残り2分の時点でロズベルグが逆転ポールに挑むが失敗、ライコネンにトップの座を明け渡す。そして最後の最後でバトンがアタック、トップ・タイムを叩き出す。終了間際、たった1回の”本気アタック”でバトン今季4度目のポール決定
驚いたのはバトンの予選Q3最終ラップの1分14秒902というタイム。実は、Q3でただひとりバトンだけがQ2のタイムを上回って見せたのである。かねてから燃料量が多く、重い時の方が速いと言われて来たブラウン・メルセデスらしい結果。にしても、Q2でバトンが1分15秒を”切れなかった”という事実が、他チームの決勝レースへ向けた戦略に影響したことは間違いない。反対に、このバトンのポール・ポジション獲得劇で多くのライバル達が「やられた…..」と溜息をついたことも間違いない。既に第1スティントの燃料は決定済み、彼等のピット・ストップ戦略はバトンの走りを見せられた瞬間に崩れた。
それにしても今シーズンのバトンの”予選1発”は強烈である。前戦スペインGPの予選でも終了ギリギリのラスト・アタックでの逆転劇を演じたばかり。車重の安定した理想的なバランスに仕上がったマシンの良さを最大限に使い、燃料を多く積んだ状態で速い、というのは予選Q3/決勝のいずれに於いても最大の武器となる。しかもここモナコの予選の残り1分の時点でトラフィックにつかまらず、クリア・ラップが取れていることがバトン/ブラウンGPの運の良さの証しでもあり、そこで適切に最速ラップをキメる冷静さも加わり、何処にもライバルが付け入る隙を見せていない。これで今回バトンが警戒するべき相手はフロント・ロウに並んだライコネンだけとなったが、1コーナーまで200mしかないモナコではフェラーリのKERS・マジックも通用しない。この時点で誰もが予選前の予想を覆され、日曜日のバトンの勝利を確信する他なかった。

・バトン5勝目の意味
さて、開幕から6戦で既に5勝目をあげたバトン。1950年からのF1の歴史の中で、同じことをやってのけた人はたったの6人しかいない。年ごとに選手権の総GP数は違うが、とにかく開幕から圧勝でブッチ切って速く強いドライバーが当然その年のドライバーズ・タイトルを制覇しており、言い方を変えれば、バトンは例外なくその年のワールド・チャンピオンとなる条件を既に満たしてしまった、ということになる。ではその”豪華過ぎる”メンツをどーぞ。

△アルベルト・アスカリ(1953年/フェラーリ)
△ファン・マヌエル・ファンジオ(1956年/フェラーリ)
△ジム・クラーク(1963年/ロータス・クライマックス)
△ジャッキー・スチュワート(1969年/マトラ・フォード)
△ナイジェル・マンセル(1992年/ウイリアムズ・ルノー)
△ミハエル・シューマッハー(1994、2002、2004年/フェラーリ)

…..つまり、バトンは今ジャック・ブラバムもグラハム・ヒルもエマーソン・フィッティパルディもニキ・ラウダもアラン・プロストもアイルトン・セナも出来なかったことをやってるんである!。むしろ、コレでタイトル獲れなかったら不自然。
この統計から言えることは、いずれもチーム・メイトに圧勝しなければ不可能、という事実。もちろん6戦5勝がフロックで出来る筈もなく、彼等の所属するチームは確実にその年最高のマシンを準備して来ている。そして、その同じ道具を使うチーム・メイトを6戦で5回打ち負かしている、と言うことになる。…..そう考えると、それを3回もやってのけたシューマッハーはやっぱり別格。
ただ、選手権全17戦の内まだ1/3終了に過ぎず、しかも第2戦マレーシアは雨で途中終了によりハーフ・ポイント、ここまでの獲得ポイントはバトン51点/バリチェロ35点/ヴェッテル23点、ポイント・リーダーとしてのバトンはまだまだ油断出来ない。ただ、昨年のトップ2、つまりフェラーリ/マクラーレンが巻き返すには既に遅過ぎる。ヨーロッパ・ラウンドから速さを発揮して来たフェラーリだが、ライコネン/フェリペ・マッサの星の取り合いと問題点の多いチーム・マネジメントが足を引っ張るのが怖い。
今最もバトンの脅威と成り得るのはチーム・メイトのバリチェロだが、例えチーム内に優先順位があろうとなかろうと、風は明らかにバトンに吹いている。ついでに、シューマッハーの3回の”6戦5勝”の内、後半2回のチーム・メイトは誰あろうバリチェロである(…..)。

・エンジン・レギュレーション
これだけ盤石なブラウンGPには速さだけでなく、それだけ信頼性の高いマシン/エンジンがある、というのが最大の強み。
昨年まで2レース/1エンジンだったレギュレーションが今年から3レース/1エンジンとなり、当然ながらエンジンの信頼性は格段にシビアになっている。昨年までは2レース目のために、1レース目のレース後半で勝負を捨てるようなケースも見られた。それが3レースに増えたのだからさぞかしタイヘンなことだろう。
で、第6戦モナコで5勝目をあげたバトンは第4戦バーレーン、第5戦スペインに続く3連勝。つまり、同一エンジンでの3連勝を成し遂げた、ということになる。これで第3戦中国GPでの3位以外は全部優勝のバトンはたった2基のエンジンで5勝。バリチェロも全戦入賞中なので相当な信頼性を誇っている、と言える。
ブラウンGPが搭載するエンジンはメルセデス製。本家/ワークスのマクラーレンは現在13点、ブラウンGP同様メルセデス・エンジンの供給を受けるフォース・インディアは未だ入賞なしの無得点。開幕直前にメルセデス・エンジン搭載が決まったブラウンGPだけが既に86点を稼ぎ出している(2位レッド・ブルは半分以下の42.5点)。同一エンジン3連勝のカギはエンジンの性能/信頼性だけではない。それだけブラウンGPのマシンがメルセデス・エンジンにマッチし、しかもその性能をフルに発揮出来る”優しいクルマ”であることが大きい。これはタイヤにも言えることで、スタート時に同じソフト・タイヤを選択したヴェッテルがグレイニングに苦しむのを尻目に、バトンは見る見るギャップを築いて行った。フェラーリのふたりは国際映像に再三トンネル後のシケインの縁石を乗り越えるシーンが映し出され、マッサにはFIAから「ショーカットするな」とお達しが来てしまい、挙げ句の果てにまたしても無線で「…..とFIAが怒ってるから注意しろ」と警告する場面が世界中に流れてしまった。対照的にバトンはリズミカルに、そして速く、縁石使用を最小限に留めながら美しくコーナリングして行く。エンジンとタイヤに優しいドライビングがバトンの強さの秘訣でもある。

・バリチェロの憂鬱
前戦スペインGPで、バトンが元々予定していた3ストップ作戦を2ストップに変更し、そのまま3ストップで走り続けたバリチェロを逆転して優勝。バリチェロはチームに対して不信感を募らせた。…..不信感とはスバリ、チームが意図的にバトンを勝たせるために戦略をコントロールしたのではないか、という不安である。
少なくともバリチェロには、フェラーリに於ける”皇帝シューマッハーのナンバ-2″という時代が6年間あり、その間フェラーリのチーム監督は奇しくもロス・ブラウンその人であった。2009年のドライバーズ・ラインアップにブルーノ・セナではなくバリチェロを選んだのは彼の能力を高く評価しているブラウン自身だが、この一件でバリチェロの脳裏を嫌な記憶と憶測が支配したとしても仕方あるまい。バリチェロはレース後のインタビューで「今後、僕はもうチーム・オーダーには従わない。今ここでそれを表明するから、皆理解しておいてくれ」と発言。後日バリチェロ本人から「チーム内にそういった(バトン優先)空気はない」とフォローが入ったが、例えチーム・オーダー/優先権が存在しなかったとしても、現在選手権をリードしているのはやはりバトンだった筈である。
今回のモナコがブラウンGP3度目の1-2フィニッシュ。当然優勝は全てバトンのものであり、予選でもここまで6戦して1度もバトンに勝てず、4回ポールを獲っているチーム・メイトに対しバリチェロは開幕戦の2位が最高位。しかし決勝では2位を3回獲得しているわけだから、クルマやチーム・マネジメントの責任は問えない。少なくとも、マシンを労って予選の最後だけ1発ブチかまし、レースでは安定したペースで走るチーム・メイトに引けを取っていることは事実である。ここモナコではそれが顕著に表れた。第1スティントでのタイヤ管理に於いては完全にバトンに遅れを取り、危うくフェラーリ勢にポジションを譲りかけたバリチェロが、少なくともこのレースに於いて自身が勝てなかった要素をチームにぶつけることは難しい筈である。
とは言え、目下ブラウンGPに死角があるとすれば、このバリチェロを巡る”チーム内不和“。確かにバトンは政治的な駆け引きを好まないナイス・ガイで、バリチェロとはホンダ時代を含め4年目のシーズンとなるコンビ。表彰台や会見の席でも、お互いの間に険悪なムードは全く見えない。が、だからこそ怖いのである。バトンはキャリアこそベテランだがまだ29歳、対するバリチェロは出場最多記録更新中/276戦目を迎えた最年長37歳。後のないバリチェロが焦れば何かが狂い出す。もっとも、その時全てをコントロールすることが出来るであろうロス・ブラウンのチームにいることを忘れてはいけない。

・翻弄されるライバル
結果的に3、4位となったフェラーリだが、今回はブラウンGPの1-2を崩すのが彼等の仕事だった。が、予選2番手のライコネンはスタートでバリチェロに出し抜かれ、結果的にこの先タイヤに苦しむことになるバリチェロのペースに付き合わされてしまう。7周目、4位ヴェッテル攻略を焦ったマッサがシケインを直進し、一旦ヴェッテルの前に出るが規定通りアクセルを緩めて抜かせる。が、その一連の動きを見学/分析していた6位ロズベルグがスルスルとヴェッテルの背後につき、ラインを譲ったマッサの脇を見事にくぐり抜けて行った。マッサはこれで6位に落ちてしまう。
ヴェッテルは予選Q3で最も軽い燃料でアタックし、ソフト・タイヤで短い第1スティントをスパートする予定だった。が、彼とレッド・ブルの思惑通りタイヤが機能してくれず、4番手の座は守れたが前方とは見る見る差がついてしまい、10周目にピット・インしてコースに戻ったが、焦ったか1コーナーでクラッシュしてレースを終えた。
ブラウン陣営は15周目にライコネンがピット・インするのを見て翌周にバリチェロを呼び込み、給油時間を短くしてライコネンの前を塞ぐことに成功。これで順位はバトン/バリチェロ/ライコネン/マッサ。が、フェラーリ勢は最速ラップを記録しながらバリチェロを追いつめる。53周目、ライコネン2度目のピット・ストップの際、給油が完了しても右リア・タイヤの装着が終わらずタイム・ロス。更にバトンがコースに戻った際、後につけたマッサを巧みに押さえ込み、バリチェロのためのアドバンテージを稼ぐことに成功。最終順位は1回目のピット・ストップ以降と同じままとなった。
…..フェラーリが目論んだスタート・ダッシュ/集団の突破/ピット・インでの逆転、この全てが失敗に終わった。レッド・ブルはマシン本来の速さと作戦が噛み合ず、レース終盤にマーク・ウェバー(5位)が見せたペースを序盤に使えなかった。どちらも速さは持っていたにも関わらず、重い燃料を積んでもスタートで1-2フォーメイションを組んでしまうブラウンGP勢の後方では全ての予定が狂ってしまうのである。ペースの上がらないヴェッテルが速い中団を押さえ込んでしまうのも、焦ってミスするとウォールにクラッシュするのも、明らかにペースの遅いマシンを抜けないのも、全てモナコならでは。ブラウンGPはそれを巧みに使い、ライバル達は翻弄されたのである。

・チェッカー後の珍事
モナコ初制覇のバトンは2000年のF1デビュー以来8回目のモナコGP(’03年はフリー走行クラッシュで負傷欠場、’05年は重量違反で出場停止)、BAR・ホンダ時代の2004年には2位表彰台を獲得している。…..にも関わらず、チェッカー後に上位3台が向うべきホーム・ストレートではなく、その他のマシンが入るパルクフェルメへとマシンを入れてしまった。パレード・ラップ中に大きくスロー・ダウンしていたために下位のマシンより後方となり、彼等について行ってしまったのである。ステアリングを外してマシンを降りたバトンは、FIAの係員から「君はそこじゃない。急いでロイヤル・ファミリーの待つポディウムへ!」と言われてヘルメットをしたままピット・レーンを走り、ついでにホーム・ストレートでガッツ・ポーズをしながらスタンドの観客の喝采を浴びていた。…..珍事は珍事だが、その喜びを爆発させる初々しい姿は観客にとっても清々しく、これでモナコに一気にバトン・ファンが増えた筈である。

…..風はバトンに吹いている。が、風をコントロールするのもF1ドライバーの仕事。”憎めない男”バトンを、このまま19人のライバル達が黙って祝福してくれるとは思えない。次戦トルコを初め、この先の高速サーキットでレッド・ブルやフェラーリがどれだけブラウンGP/バトンの勢いに迫れるか。少なくとも、テクニカル・サーキットでバトン/ブラウンGPに”敵なし”なことを証明したモナコGPだった。

「表彰台までは長かったよ(笑)」’09年モナコ/ジェンソン・バトン

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