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	<title>タチの悪いグランプリ考察 - F1 STINGER 【スティンガー】</title>
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	<description>F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集</description>
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		<title>Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ〜見果てぬ夢〜　第三章</title>
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		<dc:creator><![CDATA[]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 11:06:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>
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<p>スクーデリア・一方通行／加瀬竜哉書き下ろしｗｅｂ小説・特別集中連載「Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ〜見果てぬ夢〜」 第三章・決意 「もうミーティングはウンザリだよ。しかも、このところ良い話だったためしがないんだから」ＴＳＪの・・・</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#000000"><b>スクーデリア・一方通行／加瀬竜哉書き下ろしｗｅｂ小説・特別集中連載<br /></b></font><font color="#000000" size="+2"><b>「Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ〜見果てぬ夢〜」</b></font><font color="#000000"><b><br />
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img decoding="async" loading="lazy" style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="syo09.jpg" src="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/images/syo09.jpg" width="480" height="320" /></span><br />第三章・決意</p>
<p>「もうミーティングはウンザリだよ。しかも、このところ良い話だったためしがないんだから」<br />ＴＳＪのチーム・オーナー、林田勝は呆れ顔で、それでも持ち前の大声で笑った。が、こう毎日事件が勃発し続けるのではそれもやむを得ず、相変わらずモナコのホテルの一室は重苦しい空気に包まれていた。<br />「もう既にメールでもお伝えした通り・今度こそ風間が離脱しました」<br />大椋が汗を拭いながら話す。<br />「解ってるさ。それに、どうせ一度ケチがついたんだ。今更雰囲気を改善してどうなるものでもなかっただろう。アイツもそれは解ってる筈だし、さすがにもう戻って来ないと思うぞ」<br />桜田の言い分は完全に正論であり、現場にいた鈴石も大椋も大きく頷いた。ただひとり、風間と直接やり合った星田だけは、じっと一点を見つめて押し黙り、やがてゆっくりと口を開いた。<br />「皆知っての通り、『風間裕人』と言う名前、レーサー・ネームには、特別な想いがある」<br />全員が黙った。<br />「&#8230;伝説のレーサー、風戸裕だ。１９７４年のあの日、おそらくその後の日本のレース界を背負って立ったであろう未来のスターは、あまりにも若くして逝った」<br />「あれで富士の３０度バンクは閉鎖されたんですもんね&#8230;」<br />蓄積されたデータを掘り起こすように、大椋が呟いた。</p>
<p>風戸裕。<br />若干１８歳で日本のレース界に颯爽とデビューし、多くの勝利と共にその美貌もが語り継がれる伝説のレーサー。将来を有望視されながらも、１９７４年６月２日、富士スピードウェイでのＧＣレース中の事故により、２５歳の短過ぎる生涯を終えた。一世を風靡したスーパー・カー漫画「サーキットの狼」の主人公、「風吹裕矢」のモデルとしても知られている。</p>
<p>今ここにいる殆どの人間にとって、風戸は特別だった。誰もがその死を悲しみ、嘆いたのである。<br />「俺は風戸さんが死んだ年にフォーミュラ・カー・デビューした。どれほど憧れの存在だったか、は解ると思う。そして、この企画が来て『レーサー・ネーム』を付けると言われた時、俺は迷わずあの『ボーイ』の名前に風戸さんの字を入れようと思ったんだ」<br />皆解っていても、敢えて静かに星田の話に聞き入ることにした。<br />「&#8230;良い眼をしていたよ。最初はね。コイツなら一発やらかしてくれるんじゃねえか、と思わせる何かがあった気がしたんだ」<br />「皆そんなもんさ。で、実際にはそんな連中の中の、ほんの一握りだ」<br />林田が大声で制する。<br />「例えば可夢偉だ。奴はあの若さで、ちゃんと日本のＦ１を背負って立ってやがる。『自分がいなくなったら日本のＦ１が終る』って。そんなこと本気で言える日本人が今まで、チャンピオンになった企業や自動車メーカーの中にすらいたかい？。皆無責任に、自分達の都合でやったりやめたり、だ。フェラーリやマクラーレンはやめねえだろう？、それと同じことじゃねえか」<br />それはなんとも羨ましく、そして究極な話だった。<br />「&#8230;そんな夢を、一瞬でもあのボーイに重ねたことを今は恥ずかしく思う。皆、すまなかった」<br />星田は深々と頭を下げた。<br />「奴はサムライににゃなれなかった。それだけのことさ」<br />林田は立ち上がって星田の肩を叩き、皆の方を向いた。<br />「こんな、今時誰も知らないようなノスタルジーに浸ってても仕方がねえ。ボーイのことはとっとと忘れて、眼の前のレースの話をしようじゃねえか。で、やれんのか？」<br />「それが&#8230;」<br />大椋が伏し目がちに言葉を濁す。<br />「&#8230;スポンサーか」<br />感の良い桜田が即返し、鈴石が首のあたりを掻きながら立ち上がった。<br />「ま、風間を使わないのなら『コレっきりだ』と。明日から一切の投資もサポートも行わない、宿泊費も輸送費も知るもんか、と言う姿勢です」<br />「解った。んじゃ、とりあえず明日は皆で張り切ってボディのスポンサー・ステッカー剥がすか！」<br />桜田は無理のない、本当の笑顔を見せて言った。対照的に、星田は項垂れたままだった。<br />「皆&#8230;すまない」<br />「何言ってんの。星田さんのせいじゃないよ。サムライになれなかったボーイが悪いのさ」<br />「そう言うこと。じゃ、サムライの皆さんは明朝９時から、皆でボディのステッカー剥がし！。俺はリア・ウィングをやるわ」<br />「あ、一番デカイとこ取られたあ&#8230;」<br />たわいもないやりとりは、責任を感じ落ち込む星田に向けたものだった。<br />「ヘイ、ところで皆、僕のこと忘れてない？」<br />きついドイツ訛りを隠さず、ＴＳＪのエース・ドライバーであるジョナサンがまくしたて始めた。通訳が何処まで訳したのか、若干他のメンバーとはエキサイトするポイントが違うようだった。<br />「忘れてなんかないさ。そう言うわけで最後のモナコＧＰ、ウチのチームはジョナサンひとりだけのエントリーになる。マシンはトルコから大きく変わってはいないが、知っての通りのドライバーズ・サーキット、きっと我々にもチャンスが&#8230;」<br />宥めるように説明を始めた鈴石を制してジョナサンが笑う。<br />「僕は２００５年にここで予選３列目から３位表彰台に立っている。多分、ここに住んでたアグーロの次にこの街のことは良く知ってるつもりだ。任せてくれよ！」<br />「何って？」<br />ジョナサンがまくしたてたので、大椋が笑って間に入る。<br />「『任せろ』ですって！」<br />「頼りにしてるよ。そう言えば、お前いつだか表彰台に乗ったっけ？」<br />大椋がジョナサンにウィンクしながら続ける。<br />「その話を今してたんですよ」<br />「何だ、自慢話かよ！。ま、予報じゃ天気も下り坂だし、それこそウェット・レースにでもなれば何が起こるか解らない。そのためにも、なんとかジョナサンには予選を通過して貰わなければならん」<br />下を向いていた星田が顔を上げた。<br />「よし&#8230;ここからは作戦会議だ」<br />「おし、いっちょやったるで！」<br />&#8230;ひとつのネガティヴが生み出すポジティヴは、例え実態に乏しくも、極めてパワフルなものだ。</p>
<p>水曜日。<br />Ｆ１モナコＧＰはモンテカルロの市街地を閉鎖して行われる公道レースが故に、一般的なクローズド・サーキットでの開催とは大きく違う点がある。多くのセレブが集まるモナコならではの決まり事として、本来金曜フリー走行、土曜フリー走行と予選、日曜決勝となるところを、木曜フリー走行、金曜は公道閉鎖を解いて走行は行われず、土曜から元のスケジュールに戻<br />
る。つまり、金曜は来賓客をもてなすパーティー・デイとなり、チームは作業することが出来ないのである。したがって、通常チームが作業する木曜日のスケジュールはそのまま水曜日に前倒しとなる。<br />ＴＳＪは他のチームと同様、何事もなかったかのようにマシンを組み立て始める。ただひとつ違っていたのは、そのマシンからはメイン・スポンサーである電脳のロゴが一切除去され、殆どノー・スポンサーの純白のカラーリングとなっていたことである。結果的に彼らはこの日もメディアの注目を浴びることとなった。<br />明日はいよいよフリー走行開始。チームは表彰台経験のあるエース・ドライバー、ジョナサンに全てを託し、最後のグランプリに望む。</p>
<p>次回に続く。</p>
<p>※この物語はフィクションです。</p>
<p></b></font></p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/post_44/">Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ〜見果てぬ夢〜　第三章</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ～見果てぬ夢～　第二章</title>
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		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 11 Jun 2011 13:41:59 +0000</pubDate>
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<p>スクーデリア・一方通行／加瀬竜哉書き下ろしｗｅｂ小説・特別集中連載「Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ〜見果てぬ夢〜」 第二章・反逆 火曜夜。Ｆ１モナコＧＰの週末に向け、モンテカルロ市街地サーキットはグランプリ開催準備に余念がな・・・</p>
<p class="list_more"><a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%ef%bd%97%ef%bd%89%ef%bd%8c%ef%bd%84%ef%bd%85%ef%bd%93%ef%bd%94%e3%80%80%ef%bd%84%ef%bd%92%ef%bd%85%ef%bd%81%ef%bd%8d%ef%bd%9e%e8%a6%8b%e6%9e%9c%e3%81%a6%e3%81%ac%e5%a4%a2%ef%bd%9e%e3%80%80%e7%ac%ac-2/">続きをみる</a></p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#000000"><b>スクーデリア・一方通行／加瀬竜哉書き下ろしｗｅｂ小説・特別集中連載<br /></b></font><font color="#000000" size="+2"><b>「Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ〜見果てぬ夢〜」</b></font></p>
<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img decoding="async" loading="lazy" style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="syo08.jpg" src="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2011/06/11/images/syo08.jpg" width="480" height="320" /></span><font color="#000000"><b>第二章・反逆</p>
<p>火曜夜。<br />Ｆ１モナコＧＰの週末に向け、モンテカルロ市街地サーキットはグランプリ開催準備に余念がない。先週までただの街角だった交差点はＦ１マシンの走行のために特別なガード・レールによってコース割が施され、グランプリを彩る様々な企業看板が並び、足場を組立てた簡易観戦スタンドが建てられる。その様はあまりにも特殊で、街全体、いや国全体が巨大な祭りの準備をしている、と言っても過言ではない。<br />「アグーロ！。セナが勝ったレースで、ここでスピンしてたのを覚えてるよ！」<br />明らかに酒に酔った２人組の男が、反対車線側から赤いフェラーリの帽子を振りながら上機嫌で声をかけて来る。<br />「ハハハ。サンキュ！。」<br />前夜のテレビ報道により、今やモナコでも「時の人」となってしまった感のあるＴＳＪの面々。特にスポーティング・ディレクターと言う位置付けの鈴石亜久郎は１９９０年代にモナコに住み、そしてレースで自らの暮らす街を走っていたと言う特殊な経歴を持つ。<br />「毎朝、カーテンを開けて眺める景色の中を６００馬力のエンジン背負って突っ走るんだ。そりゃまともじゃないよねえ」<br />海岸に浮かぶ多くのクルーザーのシルエットを眺めながら、鈴石は懐かしそうに呟いた。パパラッチが気になる大椋だったが、ヨーロッパのレース・ファンのフランクさに、やや安心の表情を浮かべた。<br />「それにしても、いったい誰が考えたんですかね」<br />「ん？、何を？」<br />「モナコＧＰを、ですよ。だいたい一般道でレース、ってだけでもまともじゃないのに、よりによってＦ１を、よりによってこの狭いモナコで、ですよ。普通に競争前提で考えたら、こんなに無茶なレースはない筈なのに」<br />「普通も何も、実際無茶だよ。だって、ロウズ・ホテルのヘアピンなんてステアリング目一杯切んなきゃ曲がんないし、トンネルなんか何も見えやしないし。だいたいここじゃ、ぶつけなきゃ絶対抜けない。そりゃ５０年前も俺ん時も今も一緒」<br />「なのに、何でずっとやってんですかね」<br />「ま、モナコって言う豪華な国がある。そこに金持ちが集まる。クルマを見せびらかす。人が集まって来た。ちょっと走らそうか。ついでに順位つけちゃえば立派なイベントになるな、てのが基本理念。まず競争じゃなく、まずイベント。それが高貴なヨーロッパの連中の考え方。こりゃ敗戦国ニッポンには存在しなかった価値観だ」<br />「まあ、確かにそうですけど&#8230;」<br />「でさ、そこに抜ける筈のないようなこんな面倒なコースで、神懸かり的なドライビングを見せる奴が、たまに現れる。ヒルとかセナとかシューマッハー、みたいな、ね。だからいつまでもレースとして成り立ってんだ。で、俺はそう言う伝説にゃなれなかった、と」<br />「９２年の１１位が最高でしたっけ。フットワークでしたよね」<br />「良く覚えてんな、そんなの」<br />「あの時も日の丸っぽい赤白のカラーリングで&#8230;何と言うか、ナショナリズムでしたねえ」<br />「あのね、こっちにはそう言う概念がないの。ブラジル人のセナがイギリスのマクラーレンと日本のホンダでフランス人のプロストに勝てば良いの。なんか、日本は『世界を相手に』とか『ヨーロッパを股にかけて』とか、相手を勝手に大きくしてるんだよな。実際にはもっと身近なさ、眼の前のガキ大将をどうやってやっつけるか、そのためにどんな道具を使ってやろうか、みたいなさ。フェラーリだって、イタリアがヨーロッパでナンバー１だ、近所のイギリスとかフランスのクルマにゃ負けない、って言う感覚。もう根本から違うわけ。それを、なんか『大和魂』みたいので立ち向かっちゃうと、ちょっと空回りしちゃうんだよ」<br />実際モナコと言うヨーロッパ都市に暮らし、世界最高のＦ１グランプリのドライバーとして闘い、自らチームを率いた経験のある鈴石ならではの見方だった。<br />「日本は、特に企業が絡むとそうは行かなくなってしまってましたもんね」<br />「そりゃあそうだよ。参戦する側の自動車産業は当然のこと、スポンサーも皆そこに利益を求めて集まって来る。だがソイツはドライバーの、さっき言った『個人的な喧嘩』みたいな部分とは無関係。だから難しい。昨日まで赤白のマルボロ・カラーだったセナが今日から青いロスマンズ、みたいな感覚が当時の我々には理解出来なかった。ナショナリズムでやっちゃうからなんだよね。セナは、隣にいるプロストからチャンピオン・フラッグを奪いたいだけだった。だから何でも出来たんだよ」<br />「&#8230;どうしました？」<br />鈴石はふと立ち止まり、沖の夕闇を見つめて大きく息を吐いた。<br />「&#8230;でもさ、俺達の世代にゃ、結局それしか出来ないんだ。日本を背負っちゃった、って言うのかな。中嶋さんもそうだったけど、現場とブームの温度差は大きかった。バブル景気だったし、それこそ日本は『Ｆ１ブーム』だったから、この巨大なスポーツ・イベントに誰もが押し掛けて、それが全て、みたいになっちゃった。&#8230;ただひとりを除いて、ね」<br />「ただひとり&#8230;あの人ですよね」<br />「そ。あの人」</p>
<p>&#8230;星田一俊。ＴＳＪのチーム監督であり、かつて「日本一速い男」の名を欲しいままにした不世出の名レーサーは、１９７６年、日本に初めてＦ１レースがやって来た時、ヨーロッパのドライバーを迎え撃つべく地元・日本からエントリーした、言わば日本のＦ１ドライバーの草分けである。しかも初レースとなった富士では予選２１番手から雨の中奇跡の追い上げを見せて３位まで上昇、しかし雨が上がった際、ドライ・タイヤが足りずに無念のリタイアとなり、幻の表彰台となった伝説を持つ。<br />以後国内レースでは無敵を誇った星田だったが、１９８７年以降の所謂「Ｆ１ブーム」とは縁がなかった。もちろん年齢／実力的には申し分なかった筈だが、ホンダやトヨタがＦ１に挑戦するのを尻目に、契約していたメーカーがＦ１進出を行わなかったのが大きくキャリアに響き、以後Ｆ１に乗ることはなく、２００２年に現役を引退していた。<br />環境、タイミング、想い。全てのバランスが星田をＦ１には導かなかったのである。</p>
<p>「でもあの人にもそう言うチャンスはあった」<br />「もちろん」<br />「でも&#8230;乗らなかった」<br />「そう。乗らなかった。乗れなかったんじゃなく、乗らなかったんだ」<br />「１９９０年の鈴鹿で、トップ・チームのベネトンからヘリコプターの事故で出れなくなったナニーニの代わりを打診されて、その時にベネトンは当然のように持込資金を要求したけど、俺はプロのレーサーだから、例え２万円でも貰わなきゃ乗らない、って言ったと言う話がありますね」<br />「それが本当かどうか知らないけどさ、そんな噂が出るところが如何にも星田さんらしいじゃない」<br />「ところで、そのレースで&#8230;」<br />「そう、俺がＦ１で唯一の表彰台に乗ったレース」<br />「ちなみにナニーニの代役にロベルト・モレノが乗ったベネトンは&#8230;」<br />「俺の前。つまりベネトンの１－２フィニッシュだった。優勝は３度の世界王者、ネルソン・ピケ」<br />「つまり、もし星田さんが乗ってたら&#8230;」<br />「ハハハ。好きだねえ、そんな話」<br />「だって、悔しいじゃないですか」<br />「悔しい、か。&#8230;それはちょっと違うかも知れないね。エディ・アーバインとかフレンツェンとかがＦ１の記者会見で『日本には俺達が適わないとんでもないレーサーがいる』って星田さんのことを自慢してたんだけどさ、あの人は自分のキャリアを誇りにしてると思うよ。Ｆ１どうのこうの、ってのはあくまでも周りが言うだけで、あの人自身はそんなこと気にしてないさ」<br />「うーん&#8230;もしも星田さんがＦ１に乗ってたら、って、やっぱり考えちゃいますよね」<br />「Ｆ１だけが全てじゃないさ」<br />鈴石は自身が日本人初のＦ１表彰台経験者だが、キャリア２年目にそのピークを迎えていた。当然３年目以降はそれ以上の成績を目指し、チーム体制なども含めてステップ・アップする筈だった。しかし上手く行かず、不本意な現役引退を迎える。その後ホンダのバック・アップで自己の名を冠したＦ１チームを結成、だが肝心のホンダが経済不況を理由にＦ１から手を退き、鈴石のチームもまた経営不振で撤退を余儀なくされた経緯を持つ。</p>
<p>「そう考えると、ウチは本当にドリーム・チームじゃないですか」<br />「少なくとも日本のレース界を支えて来た人達が集まってるのは確かだよ。ただ、タイミングは本当に最悪だった。経験もノウハウも申し分ないのに、それを回すための環境がない。ＦＩＡもなんとか予算を下げようと努力してくれたけど、それに報いることは&#8230;出来なかった」<br />話が弾んでいた鈴石と大椋だったが、ふと前夜にＦ１からの撤退が決まったばかりだった現実に帰った。<br />「ま、結局のところはＦ１はあまりにも特殊なところ。でも、フェラーリとかマクラーレンとかの連中は、それが当たり前の生活をしてるの。この非・日常のＦ１が日常&#8230;羨ましいねえ」<br />大椋の携帯が鳴った。<br />「おっと、このタイミングでの広報からの電話はロクな話じゃないんだ。はい、もしもし&#8230;何だって！？」<br />「はあ&#8230;ま、もう大抵のことじゃ驚かないけどね&#8230;」<br />鈴石は以前暮らしたサン・デ・ボーテのマンションを見上げて苦笑いした。<br />「&#8230;風間がホテルに戻って来たそうです」<br />「ハッハッハ。アイツ、日本に帰ったんじゃなかったのか」<br />「星田さんと話したい、と言って待ってるらしいです」<br />「よし、俺も行こう。あの我侭ボーイの面倒は星田さんひとりじゃ無理だ」<br />「はい」<br />鈴石と大椋は今来た道を足早に戻る羽目になった。</p>
<p>ＴＳＪのドライバー、風間裕人は大股開きでホテルの部屋のソファに座り、髪の毛を掻きむしりながら足を激しく揺すっていた。この若きレーサー、いやレーサー兼二枚目タレントは明らかに「我慢」が苦手なタイプだった。それもその筈、裕福な家庭に育ち、学生時代からチヤホヤされて来た典型的なお坊っちゃまである風間は、例え相手が誰であろうとも怯まないその強さだけは高い評価を得ていた。<br />「よう、何の用だ？」<br />ノックもなく部屋に入って来た星田は風間の対面には座らず、ソファの後を素通りして窓へと向い、やや乱暴気味にカーテンを開けた。その空気の流れに、風間のイライラは一層増したようだった。<br />「何で帰って来たのか、聞かないんですか」<br />「ん？、聞いて欲しいのか？」<br />星田は笑いながら上着を脱ぎ捨て、聞いた。自分のペースで物事が進まなくなった時、風間の髪を掻きむしる仕草はより激しさを増す。<br />「昨夜は飛行機の出発が２時間も遅れましてね。とてもじゃないけど待ってらんないから、そのままマネージャーとカジノに行って&#8230;」<br />「何の用かを聞いてるんだが」<br />話を制された風間はわざと星田に聞こえるようにチッと舌打ちし、勢いあまってソファから立ち上がった。<br />「いくらこれが最後だからって、ドライバーがいないんじゃチームだって困るでしょう。こんな形は不本意だけど、契約だってあるし、だいたい僕がいなきゃ初めから話になんないんだから」<br />「いや、そんなことはないさ。既に昨夜、複数のドライバーから我々のシートに関する問い合わせがあった」<br />「誰からです？、何って答えたんですか？」<br />「君には関係ない。それこそ秘密保持は契約上の義務だ。そんなこと解ってるだろう？」<br />風間は憤慨し、星田に対してこれ見よがしに、わざと倒れ込むような姿勢でソファに座り直した。<br />「忘れないで欲しいな。ＴＳＪは僕のためのチームだ。僕を中心にプロジェクトが立ち上げられ、僕のためにスポンサーが動き、僕を走らせるために存在するんだ」<br />ここまで風間と眼を合わせなかった星田が、突如鬼のような形相で風間を睨みつけた。<br />「ふざけるな！。だったら何故ひとりで帰ろうとした？、チーム全員が問題に直面し、闘っている時に、どうしてオマエだけが逃げ出せるんだ。それで良くチームだなんて言えるな？」<br />「あんな話を聞かされたら、誰だってその場から逃げ出したくなるでしょう」<br />「いや、オマエ以外、誰ひとり逃げ出さなかった。全員で問題を受け止め、今後どうするべきかを話し合った。スタッフだけじゃない、ジョナサンもだ」<br />「だいたいこれは僕の責任じゃない。どうして僕がそこにいなくちゃいけないんだ。僕達ドライバーのために問題を解決するのがチームの仕事でしょう？」<br />「ピンチに一目散に逃げ出すような奴のために、誰が必死に取り組むと言うんだ！？」<br />予想に反し、あまりにもエキサイトした星田の声に驚きながら鈴石と大椋が急ぎ部屋に入って来た。<br />「いい加減にしてくれ。僕はスターだ。スターを輝かせるために、スタッフは一丸となってチームを強くする。それが当たり前のことでしょう」<br />「確かにオマエはスターさ。ドライバーはレーシング・チームの花形だ。そのことに異論はない。ただ、そのスターもチームの一員なんだ。皆が同じように働き、上を目指し、闘う。そこに優劣などないんだ。オマエはそれを解っていない。自分は悪くない、周りが悪い、と繰り返すばかりだった。それではチームにならない。まして勝負にはならないんだよ」<br />珍しくエキサイトする星田の姿に、鈴石も大椋も唖然となっていた。が、その状況が今後の、まして眼の前に迫ったＦ１モナコＧＰに良い影響を及ぼさないことだけは明らかだった。<br />「星田さん、もう&#8230;」<br />「裕人、いい加減にしろ。何処まで勝手なことをすれば気が済むんだ」<br />「ああもう、いい加減にしてよ。僕のＦ１レーサー計画は、この愚かな集団のせいで台無しだ」<br />「&#8230;何だと！」<br />星田が風間に殴りかかるよりも前に、小さな瞳から大粒の涙をこぼしながら、大椋が風間の胸ぐらを掴んでいた。<br />「お前なんか、お前なんかに&#8230;星田さんの気持ちが解ってたまるか！」<br />「大椋、やめろ」<br />今度は星田が大椋を制した。しかし更にふたりに割って入るように、今度は鈴石が静かに話し始めた。<br />「星田さんがかつて『日本一速い男』と呼ばれたことは、流石にまだ生まれていなかったお前でも知ってるだろう。俺達全員が束になって向って行っても、この人には適わなかった。が、俺達日本人がＦ１と言うモーター・スポーツの最高峰にようやく行きついた時、運命は星田さんに残酷だった」<br />「よさないか、鈴石」<br />星田は冷静になり、ようやくソファに座った。風間は乱れた髪を直す仕草を見せたが、そこにいる誰とも眼を合わさなかった。<br />「いや、言わせて貰います&#8230;中嶋さんや俺や右京を初め、色んな人がこの最高峰カテゴリーに挑戦して行った。そして、確かにホンダやブリヂストンのような企業は成功したかも知れないが、これまでドライバーの成功者は出なかったのは知っての通りだ。しかしそれは、もしかしたら星田さんだったら出来たかも知れないことだった。もちろん時代が、文化が、性能がモノを言う世界だ。しかしこの人はまだＦ１が日本に定着する以前、決して勝てるとは言えない体制で彼等に挑み、素晴らしいレースを魅せてくれた人なんだ」<br />大椋の息づかいが落ち着くと、その場にいた全員がやや平静さを取り戻し、一瞬の静けさが部屋を包んだ。<br />「&#8230;ほんの小さなことなんだ。そのほんの小さな歯車の狂いが、歴史に大きく影響した。１９７６年の富士で、本当にこの人は世界を相手に闘い、そして勝てたかも知れなかったんだ」<br />「もういい、鈴石。今更な話だ」<br />「いや、俺はこの若僧に、多くの人が築き上げて来た歴史の重みを解らせたいんだ。誰でもポンと行って出来ることではない、その中には多くの紆余曲折があり、多大なる年月をかけ、多くの人々が挑戦して、今がある。そして笑った人もいれば、泣いた人もいるんだ。と言うことを」<br />「へっ、冗談じゃない」<br />鈴石が話終らない内に、風間は再び激しく髪を掻きむしり始めた。<br />「だから何なんですか。そんな話は僕には関係ない。今は２１世紀なんだ。自動車メーカーがどうの、負けた人がどうの、なんて話に興味はないね」<br />「何だと」<br />鈴石が声を荒げる。<br />「もういい。勝てなかったのは事実だ」<br />「浪花節なら勝手にやって下さいよ。僕には関係ないことだ」<br />鈴石が眼を合わさぬまま風間に問いかける。<br />「裕人、最後にもう１度だけ聞く。何しに帰って来た？」<br />「帰って来た？。違いますよ。ＴＳＪは僕のためのチームだ。僕がいなきゃ意味がないからここにいるんだ」<br />「解った」<br />ふっと笑みにも似た一呼吸を置き、鈴石の拳が風間の頬を捉え&#8230;いや、正確にはヒットする直前に星田の右手が鈴石の拳を受け止め、風間は両手で頭を抱えて震えていた。<br />「今すぐ出て行け、裕人。たった今、俺の一存で貴様は解雇だ」<br />「鈴石さん！そんなことしたらモナコＧＰが&#8230;」<br />「かまわん。我々にはジョナサンがいる。もうこんな馬鹿野郎は必要ない。とっとと日本に帰ればいい」<br />「フッ、ハッハッハ。鈴石さん、今日のことは良く覚えておいて下さいよ。どんなことになっても僕は知らな&#8230;」<br />「さっさと出て行け！」<br />一瞬の間を置き、風間裕人は思い切りドアを閉めながら部屋を出て行った。部屋に残された３人は誰もその場から動かなかった。<br />「いいんですか、鈴石さん」<br />大椋が袖で頬を拭きながら聞いた。<br />「良くなんかないさ。ないけど、アイツはもうチームの一員じゃない。ついでに、スポンサーが離れる以上、もう裕人に拘る必要はない」<br />「でも、このレースまでは電脳の資金でやってるんです。これじゃ明日から一切の資金調達が出来なくなるかも知れない」<br />「そんなことはどうでもいい。&#8230;星田さん、俺は間違ってますか」<br />星田は一点を見つめたままだった。<br />「解らん。が、少なくともこれでまた失うものがひとつ増えたことは事実だ」<br />「&#8230;。」<br />再び部屋を静寂が包んだ。そこへ、ＴＳＪのエグゼクティヴ・ディレクターである桜田繁敏が大股で入って来た。<br />「騒々しいと思ったら、やっぱりこんなことか。坊っちゃん、あの剣幕じゃ今度こそ帰って来ねえぞ」<br />「もういいんです。奴はたった今、解雇しましたから」<br />鈴石が深呼吸をしながら呟く。<br />「ま、あのくらい虚勢を張る方が、世界を相手に闘うには意外にいいのかも知れん。いつの日かＦ１チャンピオンになってるかも知れないぞ」<br />「俺達は&#8230;古いんですかね」<br />鈴石の口元が緩んだ。<br />「もちろん古いさ。だから集まるんじゃねえかな。浪花節もお得意、お涙頂戴大歓迎だ」<br />「桜田さんにはかなわんな」<br />ようやく星田が落ち着きを取り戻し、笑みがこぼれた。<br />「大椋、ミーティング続きで悪いが、また林田さん達を呼んでくれ。事の顛末をボスに知らせなきゃならん。それともちろん、ジョナサンもだ」<br />「解りました」<br />現場人間の桜田が部屋の空気を変える。<br />「セナが来たっけな」<br />「&#8230;１９８７年ですか」<br />またも大椋が食いつく。<br />「ああ。ルノーで走ってんのに、『どうしてもホンダ・エンジンで走りたい』って、監督の泊まってるホテルまで押し掛けて来たんだ。あのストイックさにゃ誰も適わないね&#8230;ハハ、どうしてこう、想い出話になっちゃうかな。さ、レースの準備だ。天下のモナコＧＰだぜ！」<br />ムード・メーカーの大きな声は部屋中に響いた。しかし、そこにいる誰もがその言葉にひとことも返せずにいた。</p>
<p>次回に続く。</p>
<p>※この物語はフィクションです。</p>
<p></b></font></p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%ef%bd%97%ef%bd%89%ef%bd%8c%ef%bd%84%ef%bd%85%ef%bd%93%ef%bd%94%e3%80%80%ef%bd%84%ef%bd%92%ef%bd%85%ef%bd%81%ef%bd%8d%ef%bd%9e%e8%a6%8b%e6%9e%9c%e3%81%a6%e3%81%ac%e5%a4%a2%ef%bd%9e%e3%80%80%e7%ac%ac-2/">Ｗｉｌｄｅｓｔ　Ｄｒｅａｍ～見果てぬ夢～　第二章</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>2010総括</title>
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		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 26 Dec 2010 12:27:17 +0000</pubDate>
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<p>&#8217;10年F1世界選手権第17戦韓国GPにて、ドライバーズ・タイトルを争う5人のドライバー／ポイント的に王者となる可能性の残された5人が並び、笑顔でカメラマン達の撮影に応じた。メンバーはマーク・ウェバー（レッド・・・</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a">&#8217;10年F1世界選手権第17戦韓国GPにて、ドライバーズ・タイトルを争う5人のドライバー／ポイント的に王者となる可能性の残された5人が並び、笑顔でカメラマン達の撮影に応じた。メンバーは<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/05/post-25.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マーク・ウェバー</font></a>（レッドブル・ルノー）、フェルナンド・アロンソ（フェラーリ）、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/04/f1-3.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ルイス・ハミルトン</font></a>（マクラーレン・メルセデス）、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/07/post-34.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジェンソン・バトン</font></a>（マクラーレン・メルセデス）、そして<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/04/goseb.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">セバスチャン・ヴェッテル</font></a>（レッドブル・ルノー）。<br />&#8230;..いつか何処かで、これと同じような状況を見たな。そう、あれは&#8230;..&#8217;86年の最終戦アデレイドだ。メンバーは<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_33.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ナイジェル・マンセル</font></a>（ウィリアムズ・ホンダ／70点）、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_80.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アラン・プロスト</font></a>（マクラーレン・TAGポルシェ／64点）、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_37.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ネルソン・ピケ</font></a>（ウィリアムズ・ホンダ／63点）、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_21.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アイルトン・セナ</font></a>（ロータス・ルノー／55点）の4人。表向きには社交的なプロストを除いて、皆精一杯の作り笑顔。特に両端のブラジルの&#8221;犬猿の仲&#8221;のふたり（セナ／ピケ）の距離感が大きかったな。<br />マンセルは遂に悲願のタイトル獲得を目前にモノ凄い緊張感。反対にまだデビュー3年目／2勝でランキング4位と遅れるセナはやることがハッキリしてる。対照的に、守り方を知っている3度の王者・ピケはやや気楽そうだ。が、ポイント上難しい位置にいるプロストが最も気楽そうに見える。そして結果は&#8230;..飛ばし過ぎたマンセルがトップ快走中にタイヤ・バーストで自滅、それを見て守りに入ったピケはペースが上げられず、結局交換したタイヤを労りつつ自分のペースで走ったプロストが栄冠をものにした。終ってみれば、最後に笑ったのは冷静な&#8221;巧者&#8221;だったのである。<br />この所謂&#8221;セナプロピケマン&#8221;時代（&#8217;80〜&#8217;90年代）の面白さが何故後世まで語り継がれているのか、と言えばもちろんF1GPの歴史上、最も優れたドライバー達の競演、という部分が大きい。ただし、そこには外から目線による&#8221;イメージ&#8221;という部分が、きらびやかな&#8217;80年代に於いて個々の持つキャラクターと共に先行するのは否めない。しかしそのイメージを我々は個別の魅力として設定し、レースを楽しむために活用する。例えばこんな感じだ。</p>
<p>セナ＝速いドライバー<br />プロスト＝巧いドライバー<br />ピケ＝強いドライバー<br />マンセル＝不運なドライバー</p>
<p>&#8230;..実際にどうだったのかは別として、同じようにグランプリに勝利する彼らには、勝つためにそれぞれ違った要素が備わっていた。セナは圧倒的な&#8221;速さ&#8221;でポール・ポジションを獲得し、レースでもスタートからひとり旅。その速さは疑いようがないものの、反対に地道にポイントを獲得し続け、レース終盤に最速ラップを更新しながら迫って来るプロストのような&#8221;巧さ&#8221;はない。同様にプロストにはポール・ポジションは必要ない、とさえ言われていた。王者ピケは、速さで勝るマンセルに対しレース中一貫して揺るぎない&#8221;強さ&#8221;を見せつけ、同じ道具〜当時最強のウィリアムズ・ホンダ・ターボ〜を使って王者に相応しい強さの持ち主は自分であることを証明してみせた。結局マンセルのタイトル獲得は&#8217;92年の1度のみ。他の3人が同時期に3度以上のタイトルを手にしていることからも、マンセルというドライバーが環境的にも&#8221;不運&#8221;だったのは否めない。歴代4位の31勝を挙げながら&#8221;無冠の帝王&#8221;と呼ばれ続けた理由はそこにあった。<br />しかし、同時にこれはF1では速いだけでも、強いだけでも、巧いだけでも運が良いだけでも世界チャンピオンには簡単にはなれないことをも意味している。それだけ毎年タイトル争いも白熱し、&#8217;86年は前述のように巧さでプロスト、&#8217;87年は強さのピケが不運のマンセルを降し、&#8217;88年は圧倒的な速さでセナ、翌&#8217;89年は巧者プロストがそのセナに作戦勝ち&#8230;..各ドライバーの力関係はそのままに、シーズンを通じて持ち味を上手く活かした者が王座に就いていた。</p>
<p>&#8230;..とまあここまで書いておいて、筆者は決して&#8217;10年シーズンが&#8221;セナプロピケマン時代&#8221;に匹敵するほど魅力的な選手権だった、と書くつもりはさらさらない。ただ、各ドライバーの持ち味と戦略、そして結果が当時の構図を想い出させるには丁度良いものだった、という程度である。</p>
<p>第15戦シンガポールGP終了時、ランキング首位はウェバー（202点）。このレースの勝者である絶好調のアロンソが191点で続き、3位には182点でハミルトン、開幕前の下馬評の主役、ヴェッテルは181点で4位、バトンが177点で5位。<br />まず、シーズン後半にも関わらず精力的にモディファイを繰り返すマクラーレン陣営に、正直言って勝ち目は少なかった。&#8217;08年王者のハミルトンは持ち前の天性の速さで勝利してみせるがそれもコース特性とMP4／25が上手くハマった際のみ、しかも速さのハミルトンは&#8221;壊し屋&#8221;ハミルトンでもあり、持ち帰るポイントは決して安定しない。&#8217;09年王者バトンは雨を味方につけるなど&#8221;巧さ&#8221;と&#8221;運の良さ&#8221;は見せたが、速さとスピードではライバル達に太刀打ち出来なかった。よって、現実的なタイトル争いはウェバー／アロンソ、そしてヴェッテルの3者によって行われていた、と言える。<br />この中で唯一のタイトル経験者であるアロンソ（&#8217;05、&#8217;06年王者）とフェラーリは豪語した。「リスクを冒さず、堅実に表彰台フィニッシュを目指し続ける。そうすれば、おのずとチャンスはやって来る」攻撃力以外に獲得ポイントの防衛力を知るベテランは、シーズン後半を強さと巧さで乗り切ることを決めた。<br />ランキング首位のウェバーは既にその孤独感とプレッシャーに押し潰されかけていた。世界最速のマシンは、今彼の手元にある。が、それは昨年終盤まで<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/10/post-14.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ブラウンGP</font></a>・メルセデスとタイトル争いを繰り広げ、この若き<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/05/post-24.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">レッドブル・チーム</font></a>と弟分のトロ・ロッソに初勝利を齎したグループ全体の期待の星、ヴェッテルのために準備されたものだった。クリスチャン・ホーナー、ヘルムート・マルコ、いや世界中が「オマエはNo.2ドライバーだ」と言っている気がしていた。僕は本当に王者に相応しいのか？。自分は本当にセブを倒せるのか？。その迷いの中でウェバーは趣味の<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/f1-news_images/news/2010/12/07/011646.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マウンテン・バイクで怪我</font></a>をした。チームにも報告出来ない。ウェバーはランキング首位のまま数戦を残し、精神的な弱さによって既にタイトル争いから脱落していたのである。<br />シーズンはもっと容易に自分のものとなる筈だった。ヴェッテルは苛立ち、焦り、つまらないミスを連発した。チーム・メイトと絡み、その際の不要なパフォーマンスによってその焦りは世界中に気付かれてしまった。「来年こそ必ず」そう誓ったシーズンは間もなく終る。自分の前にはより多くのポイントを獲得した&#8221;お利口なドライバー&#8221;が3人いた。第17戦日本GP／得意の鈴鹿を前に、未だ2勝しかしていないヴェッテルは考え方を変えた。今季7回のポール・ポジション獲得。自分の手元には最速マシン、RB6がある。目指すのは勝利のみ。ポイント計算でもなく、ライバル達とのマッチ・レースでもない、自分のレースをしよう。持ち前の速さに加え、ヴェッテルはシーズン終盤用アイテムに精神的な&#8221;強さ&#8221;を選んだ。</p>
<p>そして迎えた最終戦・アブダビGPは&#8221;こっけいな&#8221;レースだった。チャンスは少ないながらも、自信を持ってレースに望むヴェッテルとハミルトン。特にヴェッテルは鈴鹿以降3戦2勝、唯一エンジン・トラブルで落とした韓国GPを含め、終盤3戦の全てでトップ快走。後を誰が走っていて誰が何位で何点獲得か、なんてことは考えてもいない。ランキング3位の自分が世界王者になるためには、まず自身が勝つしかない。自分の仕事は予選でポール・ポジションを獲得し、レースでトップ・チェッカーを受けること。今季10回目のポール・ポジションを獲得したヴェッテルは&#8221;いつものように&#8221;レースをリードした。<br />ランキング首位のアロンソは、2位ウェバーが勝っても自身が2位、ヴェッテル優勝でも4位以上でタイトル決定、という通常なら相当&#8221;気楽な&#8221;ポジションにいた。「誰が勝っても問題ないよ」2位ウェバーは自らが勝ち、アロンソ3位以下か、ヴェッテルを従えての2位が絶対条件。現実的には、ふたりとも速さで敵わないヴェッテルの勝利を前提に、アロンソがウェバーを従えての4位フィニッシュを狙い、ウェバーはヴェッテルの失速を期待するレースとなった。</p>
<p>&#8230;..そして、&#8217;10年シーズンが&#8221;セナプロピケマン時代&#8221;と同様とはお世辞にも言えないレースが終った。ここまで名前も出て来ない、勝利も手にしていない&#8221;脇役&#8221;とでもいうべき別の個性が、この異様な&#8221;計算レース&#8221;を面白くしてくれた。</p>
<p>ロシア初のF1ドライバーとして今季ルノーからデビューした新人、ヴィタリー・ペトロフ。1984年生まれの彼は少年期のカート・キャリアを持たず、&#8217;01年のラーダ・ロシア・カップでレース・デビューし、&#8217;03年にイタリア・フォーミュラ・ルノーにステップ・アップ。&#8217;06年ユーロF3000選手権で3位、&#8217;09年GP2選手権ではニコ・ヒュルケンベルグに次いで総合2位となった。今季1,500万ユーロの持ち込み資金と共にルノーF1入り、しかし速さ／結果共にエース・ドライバーのロベルト・クビサに大きく離され、パドックでは最終戦を迎えてまだ尚、来季のシート喪失の噂が絶えなかった。<br />その&#8221;伏兵&#8221;ペトロフがアロンソ／ウェバーの前に立ち塞がった。オープニング・ラップでの多重クラッシュによりセーフティ・カーが入るとペトロフは即座にプライム・タイヤへの交換を終了。トップのヴェッテルが逃げ、ハミルトン／バトンのマクラーレン・コンビが続くと、ペトロフは同様の戦略を取ったメルセデスGPの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニコ・ロズベルグ</font></a>、チーム・メイトのクビサらと共に4位争い集団を形成。未だタイヤ交換義務を果たしていないアロンソとウェバーはタイトル圏外／予想外の7位と8位へと落ちてしまった。<br />&#8230;..この展開は誰も考えてもいなかった。特にフェラーリ陣営はパニックに陥っていた。11周目にウェバーがピットに入ると、先行されることを恐れたフェラーリはまだタイヤの好調さを維持出来ていたアロンソを急遽ピットに入れ、トラフィックのド真ん中へと送り出してしまう。目前には自らの&#8221;クビのかかった&#8221;ペトロフが、世界王者相手に良いところをみせようと立ちはだかっていたのに、である。<br />かくして、巧さを武器に&#8221;後と順位を気にしながら&#8221;レースをしていたアロンソとウェバーは敗れた。そして、ただ純粋に速く、強くあろうとしたヴェッテルが絶対的に不利な状況から逆転王座を獲得したのである。<br />1年をかけて多くを学んだF1史上最年少王者・ヴェッテルは、確実にセナやピケのレベルに近づいた、と言って良いだろう。反対に、不要な計算を誤った時期に始めたアロンソとウェバーには、ヴェッテルに勝てるだけの強さも巧さも備わっておらず、それはハミルトンの速さとバトンの運の良さをもってしても、この若き王者には及ばなかったという証しでもある。が、終ってみれば最多勝5勝／ポール・ポジション獲得最多10回のヴェッテルが明らかに&#8217;10年F1世界王者に相応しい。そして同じ5勝のアロンソだが、その勝利の中のひとつは<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/07/post-35.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">疑惑の&#8221;チーム・オーダー事件&#8221;</font></a>によるものだ、ということも、少なからず最終結果に影響している。おめでとうセブ、君こそ真のチャンピオンだ。</p>
<p>&#8230;..第17戦鈴鹿は、正直に言えばやや大味なレースだった。が、あれしか方法がなく、あそこしか場所がない、という状況で「そこで行く」という勇気と結果を見せてくれたのが彼だけだったのだから、それは正に賞賛に値する。<br />F1フル参戦初年度、つまりルーキーの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/05/post-23.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">小林可夢偉</font></a>は&#8221;トヨタの捨て子&#8221;という逆境からスタートし、最終的に英オート・スポーツ誌による<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/f1-news_images/news/2010/12/06/011642.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ルーキー・オブ・ザ・イヤー獲得</font></a>、という日本人初の快挙で初シーズンを締めた。シーズンを通じてベテランのチーム・メイト（ペドロ・デ・ラ・ロサ／ニック・ハイドフェルド）を上回り、入賞8回（最上位6位）で32点を獲得、ドライバーズ・ランキング12位。前述の最終戦で&#8221;大活躍&#8221;のペトロフ（13位／27点）、&#8217;09年GP2王者として鳴りもの入りでウィリアムズからデビューし、第18戦ブラジルではポール・ポジションを獲得してみせたヒュルケンベルグ（14位／22点）らを相手に、恐らくグリッド上で最も資金難に苦しみ、開発力も遅れていたザウバーでやって見せたところが素晴らしい。<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/bmw.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">BMWの撤退</font></a>、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_73.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ペーター・ザウバー</font></a>による買い戻し／FIAの救済処置にもよって&#8217;10年のグリッドにどうにか並んだこのチームは、公式名称から&#8221;BMW&#8221;の文字を消すことすら出来ず（チーム名称変更には高額の手続き料が必要）、&#8221;BMW・ザウバー・フェラーリ&#8221;という不可思議なエントリー名となった。御大ペーター曰く「スポンサーを持たない初の日本人F1ドライバー」である可夢偉は、自身がこれまでの&#8221;お土産付き&#8221;が絶対条件だった日本人F1ドライバーという枠を超え、ヨーロッパ標準レベルの連中と何の遜色もなく闘えることを証明してみせた。それどころか、近年の多大なるレギュレーション変更／サーキットの安全性追求の影で減ってしまった&#8221;オーバー・テイク&#8221;というレースの基本的な醍醐味を、今季コース上で最大限に魅せてくれるドライバーとなった。ザウバーの&#8217;10年型マシン・C29は絶対的なストレート・スピード不足に苦しみながらも、持ち前の優れたタイヤ・マネージメント能力を駆使し、レース終盤で新品タイヤでプッシュする作戦は今季ザウバー／可夢偉の得意技となり、第9戦バレンシアの終盤でアロンソを、ファイナル・ラップでセバスチャン・ブエミ（トロ・ロッソ）をブチ抜いた場面は世界中の多くのレース・ファンを熱狂させ、第17戦鈴鹿でのヘアピン・オーバー・テイク5連発は初の母国GPとしては出来過ぎなレベル。「この2週間でヤツはデ・ラ・ロサを無職にし、ハイドフェルドを苛立たせ、10万人を熱狂させやがった！」と可夢偉を評したのはデビッド・クルサード。真のエースとなる&#8217;11年、&#8217;10年GP2総合2位のセルジオ・ペレスの持ち込む潤沢な資金により、ザウバーC30が戦闘力のあるマシンとなることを祈ろう。&#8230;..そう、ザウバーの好調が2年続くことが稀な点だけが気がかりだ。<br />鈴鹿と言えば、これ以上ない低迷&#8230;..そう、開幕戦からウィングのサイズすら変更出来ない<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/07/post-33.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">HRT／ダラーラ</font></a>の駄馬、F110をねじ伏せ、母国GP／得意の鈴鹿ではそう簡単に抜かせないぜ、と言わんばかりにロータス／ヴァージンと互角に闘ってみせた<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/06/post-30.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">山本左近</font></a>が最高にカッコ良かった。今季4人のドライバーを資金難の都合に合わせてローテーションで回す、という特異な手法を用いたコリン・コレス率いるHRT。それでも実はランキング最下位は免れていた（コンストラクターズ最下位はヴァージン／最高位14位1回）。その立役者は&#8230;..最初に&#8221;切られた&#8221;インド人ドライバー、カルン・チャンドック（14位2回！）によるものだったのは皮肉である。音速の貴公子の甥、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/03/f1-2.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ブルーノ・セナ</font></a>のF1デビューは結局新人チャンドック、スポットの左近、そして4年振りのクリスチャン・クリエンらと比べ、そう目立ったものとはならなかった。</p>
<p>&#8230;..皇帝は確かに帰って来た。が、勝利とまでは行かなくとも、さすがにポディウム・フィニッシュすらない復帰イヤーとなるとは、殆どの人が想像出来なかったのではないだろうか。<br />7度の世界王者、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/post-19.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ミハエル・シューマッハー</font></a>の3年振り／40歳でのF1復帰の現実はあまりにも残酷な内容となった。昨年Wタイトルを獲得したブラウンGPをルーツに持つ新星・メルセデスGPは周囲の期待をよそに予想以上に空力特性にピーキーなマシンとなり、第5戦スペインGP時にはまだシーズン序盤にも関わらず、大幅にロング・ホイールベース化したマシン／つまり&#8221;ほぼ新車&#8221;を投入。開幕前の設計ミスをほぼ認めたかのようなドタバタ劇となってしまった。<br />肝心のシューマッハー自身は結局予選最高位5位／決勝最上位4位、72点でドライバーズ・ランキング9位となった。いや、むしろ相棒のニコが142点／予選最高位2位、決勝3位のランキング7位だったことの方が事態の深刻さを物語っていると言えるだろう。<br />同じドイツの、それも未だ勝利の味を知らない若手のニコ相手に予選／決勝を通じて5勝14敗。例え本人が良くても（もちろん良かあないだろうが）、これではファンもメディアも黙ってはいない。しかし、シューマッハーの豊富なキャリアからすればこれしきのやり過ごし方はもしかしたら簡単で、周囲の予想以上に早く来季へ向けて気持ちの切り替えが出来ているのかも知れない。いずれにしても、不発に終った今季のようなことがないよう祈る。同時に、黙ってキッチリと良い仕事をしてみせたニコにも幸運を。<br />ともあれ、今こそ言おう。おかえり、ミハエル！。</p>
<p>「忘れられない場面ですか&#8230;..ああ、いつだったか、（リカルド）ゾンタを挟んでミハエル（シューマッハー）と<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_52.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">（ミカ）ハッキネン</font></a>が3台並んでコーナーに入って行った場面があったでしょ？（&#8217;00年第13戦ベルギーGP）。あれがこれぞF1！って感じでね。一番忘れられない場面ですね！」&#8230;..浜島さん、インタビューアーはきっと、ブリヂストンの14年間に渡るF1活動の中で、タイヤが重要なファクターとなった劇的な勝利とか、グッドイヤーやミシュランとの激闘について聞きたかったんだろうに、この根っからの&#8221;レース屋&#8221;はまるでただのファンのような純粋な眼をしてこう答えた。<br /><a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/06/post-5.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">&#8217;76年富士のF1イン・ジャパン</font></a>でスポット参戦し、その後慎重にじっくりと取り組んだF2プロジェクトを経て、&#8217;97年にF1に本格参入。初年度からトップ・チームへの供給がないにも関わらず（フェラーリ／マクラーレンらはグッドイヤー）高い能力を発揮し、第11戦ではデイモン・ヒル（アロウズ・ヤマハ）があわや初優勝かという快走を見せる。翌&#8217;98年、トップ・コンテンダーのマクラーレン・メルセデスと組むと開幕戦からハッキネン／クルサードが3位以下を周回遅れにする1-2フィニッシュを達成する速さを見せ、フル参戦2年目にして早くもWタイトルを獲得。GY撤退後はフランスのミシュランと闘い、フェラーリ／シューマッハーと共に黄金時代を築いた。今季最終戦までにF1通算175勝、10度の王座獲得に貢献したBSが、遂にF1を去る日がやって来た。浜島裕英本部長は「最後の年にセバスチャン（ヴェッテル）の史上最年少王座獲得に立ち会えて嬉しい」と明るく振る舞うが、BSとてこの世界不況の犠牲者、後任にピレリが決まったが、そのための時間的猶予を設け、1年前倒しで撤退発表を行ったのは、彼らなりのF1への&#8221;感謝と愛情の表れ&#8221;だと言える。そして、そう遠くない未来に、再び彼らが176勝目を挙げるところを見たいと心から願う。お疲れさま、ありがとう、ブリヂストン。</p>
<p>新設6年目を迎え、今季は&#8221;史上最悪のドングリの背比べ&#8221;と言われた&#8217;10年GP2選手権だが、あれだけ第1レースを制したパストール・マルドナド（5勝／全て第1レース）が真の王者であることに疑いはない（ちなみにGP2は第2レースはリバース・グリッドからのスタートとなる）。マルドナドは来季ウィリアムズからのF1デビューも決定、初年度から大暴れを期待しよう。ランキング2位となったペレスは母国・メキシコからの巨額の資金と共にザウバーからデビュー、&#8217;11年期待の新人ふたりである。ちなみにGP2も&#8217;11年シーズンはピレリ・タイヤを使用する。</p>
<p>&#8220;Fポン&#8221;ことフォーミュラ・ニッポンはブラジルのジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ（INPUL）が1年浪人して今季初タイトル獲得。Fポンは昨年のロイック・デュバルに続いて2年連続の&#8221;ガイジン王者&#8221;となった。ちなみにランキング2位はアンドレ・ロッテラー、3位にデュバルとトップ3に日本人ドライバーの名前がない（4位が小暮卓史）。しかし今季はオリベイラ（2勝）以外誰も複数勝利を挙げられず、新たなレギュレーションであるボーナス・ポイントも上手く活かされたとは言い難い。ルーキー・オブ・ザ・イヤーは山本尚貴（NAKAJIMA RACING）が獲得したが、表彰台なしの地味なタイトル獲得となった。<br />正直、マシンはなかなかカッコいい。あとは、運営側の&#8221;微妙なレース・コントロール感&#8221;の有無である。かつてのファン／GTなど他カテゴリーのファン以外にも、未知の新たなファン層を獲得出来るチャンスがある筈だ。最大の問題は&#8230;..今年最も注目されたのが、例の第3戦富士での<a href="http://www.koheihirate.com" target="_blank"><font color="#ff00ff">平手晃平</font></a>（INPUL）の&#8221;表彰台プロポーズ&#8221;だった、ということ&#8230;..ま、それ自体は目出たい。晃平&amp;織美さん、おめでとう！。</p>
<p>MOTO GP開幕戦、カタールGP・MOTO2クラス／初優勝時の表彰台のビデオを何度観返しても、中央で人懐っこく微笑む彼が既にいないことが理解出来ない。<br />9月5日の第12戦サンマリノGPで、我らが日本の期待の星、<a href="http://www.shoya48.com/" target="_blank"><font color="#ff00ff">富沢祥也</font></a>が事故死。享年19歳。筆者の今年最初のガッツ・ポーズの要因を作った張本人は、愛車スッターと共に逝ってしまった。冗談だろう？、ようやく世界レベルで好感触を掴めて来たところじゃないか。<br />また忘れられないゼッケンが出来てしまった。&#8221;祥也&#8221;を意味する48を、オレ達も大切にする。</p>
<p>&#8230;..さて、この原稿を書いている時点で、どうやら&#8217;11年のF1世界選手権には<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_101.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ロータス</font></a>が2チームあるらしい（&#8230;..）。何が起こるか解らないのがレースであり、F1。今から3月の開幕戦が待ち遠しい。<br />ランダムな更新となってしまいましたが、今年1年お付き合い頂き、ありがとうございました。STINGER村の住人とレースが大好きな皆さんの2011年が良い年となりますように。</p>
<p><i>「セブこそチャンピオンに相応しい」F1最終戦アブダビGP終了後／マーク・ウェバー</i></font></p>
<p><em><font color="#3e6b3a"></font></em>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/2010%e7%b7%8f%e6%8b%ac/">2010総括</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>お金のハナシ。</title>
		<link>https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e3%81%8a%e9%87%91%e3%81%ae%e3%83%8f%e3%83%8a%e3%82%b7%e3%80%82/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 12 Jul 2010 12:13:29 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<br />
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<p>&#8230;..シンガポールには何でも&#8221;F1 Racing Energy Drink&#8221;って言う飲料があるんだそうな。で、チェッカー・フラッグのデザインの中には「Start Your Engine・・・</p>
<p class="list_more"><a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e3%81%8a%e9%87%91%e3%81%ae%e3%83%8f%e3%83%8a%e3%82%b7%e3%80%82/">続きをみる</a></p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a">&#8230;..シンガポールには何でも&#8221;F1 Racing Energy Drink&#8221;って言う飲料があるんだそうな。で、チェッカー・フラッグのデザインの中には「Start Your Engine」のコピーが書いてあるんだとか&#8230;..ああ、こんなハナシを聞いてコアなF1ファンが思うのは「あ〜あ、やっちゃったな。まず、F1って言葉自体が勝手に使えるワケないし、しかもどう考えてもレッドブルの便乗商品だ。これでその会社はバーニーにコッテリ搾り取られちゃうんじゃないの。&#8230;..ってか、&#8221;Start Your Engine&#8221;ってF1じゃネエけどな！（笑）」的なことであろう。そう、&#8221;F1&#8243;なんて言葉を軽々しく自社製品の命名なんかに使っちゃ絶対ダメ。何故ならそんなことしたら確実に訴えられて、確実に大損をする。<br />で、案の定この会社（スピード・ドリンクス社）はF1のロゴの使用禁止を&#8221;フォーミュラワン・ライセンシングBV&#8221;から訴えられ、最終的に控訴を取り下げることで合意、つまり争うことを辞めてF1側の言う通りにし、7月1日に&#8221;和解&#8221;という形でこの件を終了した。スピード・ドリンクス社の実質的な損害がどれくらいかは解らないが、フォーミュラワン・ライセンシングBVの弁護士は「我々の勝利だ」と高らかに声明を出した。つまり、勝手に自社製品に&#8221;F1&#8243;と書いたらこういう目に遭いますよ、という、まあ良くある例のひとつ、である。</p>
<p>さて、今回のスクイチはタイトル通り&#8221;お金のハナシ&#8221;である。&#8230;..ま、正直に言えば筆者がコレと言ってソコに興味があるワケでもなく、ついでにあまりにも我々に身近な金額とは程遠く、むしろ相当にどーでも良いジャンルのハナシ、と言っても良い。が、多くの&#8221;スポーツ産業&#8221;に於いて、恐らく我らがF1世界選手権は相当にお金が動くジャンルである。そしてそれは近代モータースポーツに於ける広告の基準となり、運営から興行に至るまで、全てが完璧にコントロールされて来ている。何故なら、その基準を作ったのがF1界の首領、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_50.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">バーニー・エクレストン</font></a>だからである。サーキット内での広告方式や世界へのTV中継での平等な露出と配分、そしてマーチャン・ダイジングに至るまで、全てを完璧に管理。バーニーがいなければ間違いなく現在のような方式で我々がF1グランプリと接することは出来なかっただろう。<br />思えば「グランド・スタンドで行き来するマシン以外に情報がない」退屈なクローズド・サーキット・レースでしかなかったF1。&#8217;60年代からのマシンに描かれたタバコ広告に始まり、サーキットのバリア付近に建つ企業ロゴ看板、各グランプリ開催協賛メーカー、白子駅の近くで売ってた<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_110.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ベネトン</font></a>のキーホルダー（細けーな）や公式パンフレットなどなど&#8230;..多くの露出によって華やかに演出されたF1グランプリの、その全てにバーニーの息がかかっている、と言っても過言ではないのである。もちろんF1の長い歴史の中で様々な事件があった。レースのボイコットや出場権剥奪、酷い時はF1チーム自体もまっぷたつに分かれての対立となり、選手権として非成立となったレースもあったし、近年に及んでもまだ金絡みで「このままだと独自の選手権立ち上げちゃうぞ」なんて話が出て来るほどである。しかしそれでも最後はバーニーが上手くまとめ、結果的に我々はこの極東の小さな島国でリアル・タイムでF1世界選手権全戦が鑑賞出来る状況を作って貰っているのだ。感謝。<br />&#8230;..と言ったことは<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_50.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">コチラ</font></a>に詳しく書いてあるのだが、当然巨額の金が絡むと大きな問題が起きる。そして、それをその都度解決して来たのがバーニーの手腕であり、そして参戦チームによる労働組合たるFOCA／FOTAの努力による結果と言える。<br /><a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/07/post-32.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">前回のコラムで触れた&#8221;鈴木亜久里16億円支払い&#8221;のニュース</font></a>もそうだが、こう不景気だと出て来る話も当然景気の悪いハナシばかりである。その結果がホンダやトヨタ、BMWらのF1撤退劇であり、超高級スポーツ・イベントであるF1に今まさに不景気が降り掛かっている。もちろんF1側だって考えてる。昨年の新規参入チームに関わる<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/06/ff.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">パジェット・キャップ案</font></a>なんか完全に不景気対策である。経費削減のためにテスト禁止令を行えば「若手ドライバーにチャンスを与えられない」と批判。ろくに実走テストもないまま新しいパーツを付けてぶっつけ本番となるグランプリ・ウィークのフリー走行。せっかく高いお金出して開発した<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/kers.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">KERS</font></a>が失敗で未使用となったシーズン&#8230;..全てが上手く運ぶワケもなく、反対に数年前まで好景気で多くの投資を行っていたこのジャンルの方々から見れば、こうして金銭的な理由で制限が増えるのは極めて不本意だろう。「我々も経費削減については考えている」と皆言うが、本音は「金出せばクルマが速くなるんならいくらでも出す」人達の集まりであるからして、そこには大きなジレンマも生じているのが現状である。</p>
<p>さて、運営／管理団体レベルの話だと結局は会社運営に近い部分になるので一般人の我々にはピンと来づらいが、良くあるハナシとして「F1チームは一体いくらあれば出来るのか」という疑問がある。もちろん、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/06/post-29.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">フェラーリ</font></a>や<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/04/m.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マクラーレン</font></a>を運営するのと<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/06/post-30.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">HRT</font></a>やヴァージンを運営するのとでは大きな差が出来るが、現状、フェラーリやマクラーレンのような規模、つまり&#8221;毎年タイトル争いをするようなトップ・チーム&#8221;の年間予算は約400億円と言われている。これにはチームそのものの運営資金に加えてマシン開発費、ドライバーやエンジニアへの報酬を含む人件費、設備投資全てが含まれる。ちなみに&#8221;チーム&#8221;ではなく&#8221;エンジン・サプライヤー&#8221;という概念で考えた時でも、開発費用に数百億円、選手権に使用する現物が一基約3千万円ほど。よって、勝つ気があるのなら年間百億円単位の投資が必要となる。<br />これがトップ・チームではない中団以降のチームとなると、所謂&#8221;ピンキリ&#8221;の部類に入る。例えば今季新規参入した3チーム（ロータス／ヴァージン・レーシング／HRT）は、元々昨年までのFIA会長、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/post-6.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マックス・モズレー</font></a>による&#8221;年間予算59億円案&#8221;にサインしたチームである。最終的にこの案は既存のチームの賛成を得られずに廃案となってしまったが、59億円でF1チームを運営するつもりだった3チームにとっては寝耳に水の大打撃である。結果的に現在各チームは「数年以内に年間予算を&#8217;90年代のレベルまで引き下げる」という非常にアバウトな目標の中でやりくりを行っているわけだが、この時点で想像出来る通り、400億円使ってるトップ・チームの1／4程度の予算であろうことは想像にかたくない。<br />ちなみに昨年末でF1から撤退した<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/11/post-16.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">トヨタ</font></a>は、&#8217;05年の年間予算にフェラーリを上回る450億円を投資した。そして8年間／140戦に出走した世界屈指の自動車メーカー、トヨタは、F1で1勝も挙げることなく去って行った。反対に、&#8217;08年にレッドブル（年間予算約270億円）のBチームだったトロ・ロッソの予算はレッドブルの約半分（140億円）、しかし彼らは大雨で荒れたレースをポール・トゥ・ウィンで勝利してみせた。トヨタ側から見ればなんとも切ない話だが、これがレースの&#8221;痛快&#8221;な要素のひとつでもある。何気にこういったことは&#8221;スターの登場&#8221;に不可欠であり、この痛快な勝利によりF1は<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/04/goseb.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">セバスチャン・ヴェッテル</font></a>という新たなスターを得た。それは<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_111.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">&#8217;90年開幕戦アメリカGP／フェニックス</font></a>に於ける新鋭<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_42.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジャン・アレジ</font></a>（ティレル・フォード／ピレリ）と王者<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_21.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アイルトン・セナ</font></a>（マクラーレン・ホンダ／グッドイヤー）という、予算の少ない底辺チームの新鋭が、トップに君臨するベテラン王者を苦しめる様子に準えることが出来る。そのセナの登場も、トールマン・ハートで迎えた大雨の&#8217;84年第6戦モナコGPに於ける<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_80.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アラン・プロスト</font></a>（マクラーレン・ポルシェ）との激闘により注目された経緯がある。必ずしも予算に恵まれた者だけが勝利者ではない、という例としては非常に興味深い。が、そうして低予算のチームの中で光った若者達が、その後巨額を擁するトップ・チームへと移籍して行くのもまた常である。ここで今度は&#8221;ドライバー&#8221;という一個人の年間金額に大きな変化が起きることとなる。</p>
<p>モーター・スポーツの&#8221;特殊な一面&#8221;として、ドライバーの活動資金を巡る特殊な状況があると言える。単刀直入に言って、ギャランティを貰って乗る者と、自ら資金を持ち込む者が混在するという点である。<br />一般的／常識的に見て、レーシング・ドライバーはチームに所属していればチームから給料／或は報酬を受け取ってレースに参加している筈である。それが1レース2万円なのか数千万円なのかは別として、それが&#8221;職業＝レーシング・ドライバー&#8221;である以上当然である。が、世界中の自動車レースの頂点、それも僅か20数人しかなれない憧れのF1ドライバーとなると、&#8221;自腹を切ってでも出たい人&#8221;が出て来る。が、これが一般的なスポーツだった場合、試合に出場するレギュラー選手は当然ながら実力で選ばれる。もちろん中には&#8221;人気がある&#8221;という理由で成績が振るわない選手が観客集めのために出場する機会もあるだろう。が、それでは選手権に勝利出来ないので、通常レギュラーという概念では行われない。<br />そこが自動車レースの特殊な部分である。もちろん、相当に特殊な才能と技量を駆使し、体力的にもハードなF1ドライバーという職業は立派なスポーツ・アスリートである。が、それと同等以上に結果に対して重要なのがレースに使用されるクルマの性能である。極端に言えば、ライバル・チームのスゴ腕ドライバーに対し、平凡な技量のドライバーが新開発の空力パーツの使用によってコンマ5秒上回ることが出来るのが、開発というジャンルを持つ自動車レースの特殊なところ。よって、高額な報酬を必要とする天才レーシング・ドライバーを雇うことが出来ないチームは、反対に彼らに対抗出来るマシン開発に投資出来る持ち込み資金を持ったドライバーを参加させることでライバルを上回ろうと考えることが可能なのである。<br />&#8230;..それが誰、というハナシはなかなかディープなのだが、自動車レースが元々はヨーロッパの貴族達の遊びだったことを考えれば不思議なことはない。ある時には国王であり、裕福なチーム・オーナー自身であり、彼らのお気に入りの二枚目な男だったりした。その後スポンサーの御曹司や二世ドライバー、タレントなども巨額の持参金を手にF1のシートを手に入れた。<br />もっとも、まず自動車レース自体がカートやF3などの底辺カテゴリーから多くの活動資金が必要な競技であることは理解しておく必要がある。クルマ、エンジン、タイヤ、サーキット&#8230;..全てに於いて少年野球のようには行かないのがこのカテゴリーのハードルの高さである（そんな筆者もご多分に漏れず、資金難でカートを諦めたクチ）。こうした状況の中でアマチュア・レーサーがプロを目指すには豊富な資金源を持つ必要がある。それが裕福な実家なのか、ありがたいパトロンの存在なのか、企業レベルのサポートなのかはまちまちだが、一般的な会社員の給料でまかなえるレベルの金額ではない。よって、そこには大きなバックアップを持つものに勝利が齎される可能性が高いのである。しかし、こうした風潮は近年やや緩和されて来ているように見える。それも不景気の効果の表れなのかも知れないが、我が国では巨大メーカーのスカラシップによりF1に到達したばかりの若武者達が行き場を失っているのが現状である。が、そもそもスカラシップや金銭的なバックアップ以前に&#8221;トラック上で必要なドライバー&#8221;として速く、強いレーサーであることが必要なのを忘れてはいけない。バックアップはあくまでも&#8221;お土産&#8221;であり、それがメインになると&#8221;金の切れ目が縁の切れ目&#8221;となる。</p>
<p>&#8230;..さて、ここで興味深い一覧表を見てみよう。これは&#8217;10年F1世界選手権にエントリーしているドライバー達の年棒（推測）一覧である。</p>
<p></font></p>
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<td>01</td>
<td><font color="#3e6b3a">フェルナンド・アロンソ（フェラーリ）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">33億6,900万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>02</td>
<td><font color="#3e6b3a">ルイス・ハミルトン（マクラーレン）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">17億9,200万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>03</td>
<td><font color="#3e6b3a">フェリペ・マッサ（フェラーリ）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">15億6,800万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>04</td>
<td><font color="#3e6b3a">ジェンソン・バトン（マクラーレン）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">10億800万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>05</td>
<td><font color="#3e6b3a">ミハエル・シューマッハー（メルセデスGP）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">8億9,600万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>05</td>
<td><font color="#3e6b3a">ニコ・ロズベルグ（メルセデスGP）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">8億9,600万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>07</td>
<td><font color="#3e6b3a">ロベルト・クビサ（ルノー）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">8億4,000万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>08</td>
<td><font color="#3e6b3a">ルーベンス・バリチェロ（ウィリアムズ）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">6億1,600万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>09</td>
<td><font color="#3e6b3a">マーク・ウェバー（レッドブル）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">4億7,040万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>10</td>
<td><font color="#3e6b3a">ヤルノ・トゥルーリ（ロータス）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">3億3,600万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>11</td>
<td><font color="#3e6b3a">セバスチャン・ヴェッテル（レッドブル）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">2億2,400万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>11</td>
<td><font color="#3e6b3a">ヘイキ・コヴァライネン（ロータス）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">2億2,400万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>13</td>
<td><font color="#3e6b3a">ティモ・グロック（ヴァージン）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">1億1,200万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>14</td>
<td><font color="#3e6b3a">ニコ・ヒュルケンベルグ（ウィリアムズ）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">7,840万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>15</td>
<td><font color="#3e6b3a">ペドロ・デ・ラ・ロサ（ザウバー）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">5,600万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>15</td>
<td><font color="#3e6b3a">小林可夢偉（ザウバー）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">5,600万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>17</td>
<td><font color="#3e6b3a">ヴィタリー・ペトロフ（ルノー）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">4,480万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>17</td>
<td><font color="#3e6b3a">セバスチャン・ブエミ（トロ・ロッソ）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">4,480万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>17</td>
<td><font color="#3e6b3a">ハイメ・アルグエルスアリ（トロ・ロッソ）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">4,480万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>20</td>
<td><font color="#3e6b3a">エイドリアン・スーティル（フォース・インディア）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">2,240万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>20</td>
<td><font color="#3e6b3a">ヴィタントニオ・リウッツィ（フォース・インディア）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">2,240万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>20</td>
<td><font color="#3e6b3a">ルーカス・ディ・グラッシ（ヴァージン）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">2,240万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>23</td>
<td><font color="#3e6b3a">ブルーノ・セナ（HRT）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">1,680万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td>23</td>
<td><font color="#3e6b3a">カルン・チャンドック（HRT）</font></td>
<td align="right"><font color="#3e6b3a">1,680万円</font></td>
</tr>
<tr>
<td colspan="3"><font color="#3e6b3a">（by Business Book GP 2010）</font></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><font color="#3e6b3a"><br />この表を見て、まず最初にアロンソの群を抜いた年棒の高さに驚くかも知れないが、これでも不景気の煽りで相当に相場が下がった結果、と言える。ところで、実は今年のデータには興味深い点が存在する。それはここにいるドライバーが全員チームから報酬を受け取っているドライバーである、ということ。つまり資金持ち込みによる自腹のみのドライバーがひとりもいないのは、極めて珍しい状況なのである。<br />もちろん、この表はあくまでも彼らが所属するチームから受け取る&#8221;年棒&#8221;であり、それぞれの契約書に書いてあるであろう&#8221;持ち込み資金額&#8221;とは別の問題である。つまり、自ら持ち込むだけでタダ働きのドライバーは今季のグリッドにはいない、ということ。そして同様に、これが彼らレーシング・ドライバーの年間の稼ぎの全てではない。これはあくまでもチーム側からの報酬であり、個人的にスポンサーなどから多額の支援を受けている者が殆どである。<br />例えばアロンソは今季3人いるスペイン人ドライバー（ペドロ・デ・ラ・ロサ／ハイメ・アルグエルスアリ）の中で最も多くの母国企業からの支援を受けている。フェラーリ在籍の元ワールド・チャンピオンであれば企業の集中も当然だろうが、アロンソの実質的な総収入額は年棒の約2倍、と言われている。<br />ちなみに&#8217;09年は<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-9.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">中嶋一貴</font></a>（ウィリアムズ）、途中出場のロマン・グロージャン（ルノー）がチームから1円も受け取っていない無報酬ドライバーだったと言われている（もちろんスポンサーからの個人収入は別である）。それが今季はゼロ、それも新規参入チームもいる中でこの結果は意外なもの、と言えるだろう。また&#8217;09年と言えば、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/10/post-14.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ホンダ撤退〜ブラウンGP誕生</font></a>で大幅な年棒カットを受け入れたバトン／バリチェロが興味深い。<br />バトンは&#8217;08年のホンダからの年棒が約15億円、それが&#8217;09年は5億円まで下がった。これは通常であればバトンほどのベテラン・ドライバーには受け入れ難いものだが、チームがロス・ブラウンのマネジメント・バイ・アウトによって救われたことと、ホンダの置き土産であるブラウンGPの新車が選手権を争えるレベルにあることからこの額を受け入れ、しかも移動の飛行機代などは自腹で賄った。最終的に王座を手にしたバトンは10億円でマクラーレンへと移籍。&#8221;年棒倍増&#8221;と言えば聞こえは良いが、それでも2年前の1／3の報酬で我慢しているのが王者の現状なのである。<br />ちなみに若きチーム・メイトの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニコ・ロズベルグ</font></a>と同額の<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/post-19.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ミハエル・シューマッハー</font></a>だが、昨年までのフェラーリ・アドバイザーという役職での報酬が約7億円。こうして見ると皇帝の現役復帰と騒がれる割に意外な金額と言えるが、ギャラではなくアスリートとしての本能がシューマッハー復帰の理由であることは疑いようもない。</p>
<p>&#8230;..そうこうしている内に、第10戦イギリスGPではHRTが<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/03/f1-2.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ブルーノ・セナ</font></a>に代わって<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/06/post-30.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">山本左近</font></a>を出場させるという&#8221;<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/f1-news_images/fact/2010/07/09/005537.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">事件</font></a>&#8220;が起きた。チーム／セナ共にこれが噂されたセナのスポンサーの未払いによる金銭的なトラブルではないと表明しているが、ではどうしてセナは年間契約している筈のシートを他人に譲らなければならなかったのだろうか。実際に彼らの契約書の中身など解りようもないが、一般的に見て他に理由が思い当たらない。「左近にチャンスを与えたかった」そんな理由で突如、それも金曜日フリー走行間際になって現場で言われたセナはたまったものではない。これは明らかにセナ／スポンサーに対する圧力、と考えられる。恐らく左近が持ち込んだ資金（一説には5億円）を元に、HRT／コリン・コレス側がセナ側に「支払いが滞ればこういった事態もあり得るんだぞ」と前例を示したのだろう。そしてそれは今後チーム・メイトのカルン・チャンドックに対しても行われる可能性があり、またもうひとりのリザーブ・ドライバーであるクリスチャン・クリエンにも出場チャンスがある、と考えて良いだろう。チャンドック自身「決めるのはチーム」と、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/f1-news_images/news/2010/06/28/005429.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">そう言った内部事情</font></a>を認めている。HRTの「我々には4人のドライバーがいる」とは、そういう意味なのだ。<br />こうしたチームの資金難によるドライバー交代劇は数シーズン前までは繁栄に行われていた。特にトロ・ロッソの前身であるミナルディやフォース・インディアの前身スパイカー、及びその前身の<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_59.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジョーダン</font></a>などにはシーズン後半になると持ち込み資金の豊富なドライバー達が順番を待った。そう考えると今季の新規参入チーム、ことにロータスは&#8221;F1での勝利経験のあるドライバーを&#8221;とヤルノ・トゥルーリ／ヘイキ・コヴァライネンになかなかの高額なギャランティを支払っている、と言える。ヴァージンも、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/vol02.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ティモ・グロック</font></a>をトヨタで最高位2位を獲得している実力者と高評価しての金額設定。もちろん皆かつてのチームに比べて安くはなっているが、それでも金額は自らの評価に直結しており、ドライバー自身にとって大きな意味を持っている。</p>
<p>何かと謎の多いF1チーム／ドライバーの金銭面。何もかもがケタ違いのこのF1という巨大なサーカスの中でもしも他よりコンマ5秒速いドライバーがいたのなら、資金豊富なトップ・チームが巨額の報酬を支払ってチームを最強にしようと考えるのがベストである。それがかつてのフェラーリ＋シューマッハーであり、セナ＋マクラーレンや<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_33.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ナイジェル・マンセル</font></a>＋ウィリアムズだった。そういう意味で今季のアロンソ＋フェラーリは&#8230;..決して金額に見合った働きが出来ているとは言い難いのが現状である。同時に、スポンサー・ロゴのない真っ白に近いマシンでひとりで得点を叩き出している我らが<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/05/post-23.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">小林可夢偉</font></a>がどうにも理不尽に思えて来るから不思議だ。<br />いや、なるべくそんな眼でレースを観るのはオススメしない&#8230;..。</p>
<p><i>「お金は重要じゃない。快適なチームと競争力の高いクルマが必要なんだ」／セバスチャン・ヴェッテル</i></font></p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e3%81%8a%e9%87%91%e3%81%ae%e3%83%8f%e3%83%8a%e3%82%b7%e3%80%82/">お金のハナシ。</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>隣人にご注意を</title>
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		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 May 2010 11:58:14 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<br />
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<p>マーク・ウェバーが絶好調だ。第6戦モナコGPをポール・トゥ・ウィンで制して早くも2勝目で選手権のトップに立ち、&#8217;10年のチャンピオン候補筆頭に挙げられていた若きチーム・メイト、セバスチャン・ヴェッテルを引き離・・・</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a"><a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マーク・ウェバー</font></a>が絶好調だ。第6戦モナコGPをポール・トゥ・ウィンで制して早くも2勝目で選手権のトップに立ち、&#8217;10年のチャンピオン候補筆頭に挙げられていた若きチーム・メイト、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/04/goseb.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">セバスチャン・ヴェッテル</font></a>を引き離す勢いである。もちろんハード的にも、トップ4と言われる中で<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/05/post-24.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">レッドブル</font></a>がアタマひとつ抜きん出ていることは周囲の予想通りだが、実際に選手権でウェバーがヴェッテルを上回ると予想した人は少ない筈である。またヴェッテルの方が不運なマシン・トラブル続きだったことも確かだが、逆にここまでウェバー車にトラブルが出なかったのも、幸運という勝利に必要な要素を持ち合わせている証しと言える。このウェバーの活躍にかつてのボスである<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_28.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">サー・フランク・ウィリアムズ</font></a>は「マークを手放したのは失敗間違いだったかも知れない。彼の才能はようやく開花したんだ」と今季の活躍をベタ褒めする。ウィリアムズ〜ジャガー時代の&#8221;予選1発屋&#8221;というあだ名は影を潜め、昨年132戦目での史上最遅初優勝記録を達成。その昨年のヴェッテルPP5回／4勝、ウェバーPP1回／2勝という数字から考えても、今季はウェバーの大いなる成長が見てとれる9年目のシーズンである。<br />ではここで、この突然変貌を遂げたダーク・ホース、マーク・ウェバーのF1での戦績を振り返ってみよう。</p>
<p>マーク・ウェバー／&#8217;76年8月27日オーストラリアにて誕生、現在33歳。&#8217;02年開幕戦オーストラリアGPにてミナルディからデビュー、いきなり5位入賞。&#8217;10年第6戦モナコGP現在出走146戦、総獲得ポイント247.5点、PP獲得4回、最速ラップ5回、優勝4回。<br />ここで昨年までの9年間の予選／決勝に於ける、ウェバーとチーム・メイトとの結果を一覧にしてみた。</p>
<p></font></p>
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">チーム</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">予選</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">決勝</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">02　ミナルディ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー17-00ユーン</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー10-01ユーン</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">03　ジャガー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウエバー14-02ピッツォニア</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー11-03ピッツォニア</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">04　ジャガー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー15-03クリエン</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー10-06クリエン</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">05　ウィリアムズ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー14-05ハイドフェルド</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー09-07ハイドフェルド</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">06　ウィリアムズ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー14-05ロズベルグ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー07-05ロズベルグ</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">07　レッドブル</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー15-02クルサード</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー09-07クルサード</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">08　レッドブル</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー15-03クルサード</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー13-14クルサード</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">09　レッドブル</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー03-14ヴェッテル</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">ウェバー09-08ヴェッテル</font></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><font color="#3e6b3a"><br />注:&#8217;02年ミナルディのチーム・メイトはアレックス・ユーン、第13戦ハンガリー／第14戦ベルギーのみアンソニー・デヂッドソン。&#8217;03年ジャガーはアントニオ・ピッツォニア、第13戦ドイツから最終第16戦までジャスティン・ウィルソン。&#8217;04年ジャガーはクリスチャン・クリエン。&#8217;05年ウィリアムズは第15戦イタリアから最終第16戦中国までピッツォニア。&#8217;06年ウィリアムズは<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニコ・ロズベルグ</font></a>。&#8217;07、&#8217;08年レッドブルはデビッド・クルサード、&#8217;09年レッドブルはセバスチャン・ヴェッテルである。尚、両者共にリタイアのレースはカウントしていない。</p>
<p>こうして振り返ると、あらためてウェバーの予選の強さが浮き彫りになる。同じマシンに乗るチーム・メイトに対し、デビュー年の全勝を初め&#8217;08年までは見事なまでに上回って来た。が、決勝結果に眼を移すと、毎年徐々にチーム・メイトに追い上げられ、&#8217;08年には遂にベテラン・クルサードにひっくり返される。この年は特に予選では13勝3敗だっただけに、クルサードのレースの巧さの前にウェバーが見事にやられたシーズンだった。そして、更に興味深いのは昨年である。予選では新星ヴェッテルの登場により完全に立場を失ったウェバーだったが、実は決勝でのチーム・メイト対決に於いてはほぼ互角であった。ただ、ヴェッテルの勝利数が意外に伸びていないのは内容的に高得点フィニッシュかリタイア、という荒れたシーズンだったことを物語っている。が、少なくとも6年間、チーム・メイトを常に上回って来たウェバーにとってタイトル争い経験者のクルサードにレースでひっくり返された&#8217;08年と、突然現れた新人にまんまと主役の座を持って行かれた&#8217;09年は本来なら下降の一途を辿ってもおかしくない状況だった。しかし今季のウェバーは違う。明らかに「このままNo.2ドライバーになってたまるか！」という意気込みが感じられるのである。</p>
<p>&#8230;..最も身近にいるライバル、それはチーム・メイトである。同じ環境に置かれ、同じマシンを手にし、でも自分と自分専用のレーシング・チームとで作戦を立て、レースを闘う。戦略、技術、体力、全てに於いて比較されるのは常にチーム・メイトであり、相手が優秀であればあるほど、勝った時の自らの株は上がり、そして将来のトップ・チームでのシートへと結びつくと行っても過言ではない。なにしろ、このウェバーとヴェッテルは現在不調の<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/forza-felipe-siamo-con-te.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">フェリペ・マッサ</font></a>離脱後のフェラーリ・シートを争っている、との噂まで出ている。<br />そのマッサの後任に関し、好調のレッドブル組のふたり同様に噂に上っているのがルノーのロベルト・クビサである。</p>
<p>ロベルト・クビサ／&#8217;84年12月7日ポーランドにて誕生、現在25歳。&#8217;06年第13戦ハンガリーGPにてBMWザウバーからデビュー。&#8217;10年第6戦モナコGP現在出走63戦、総獲得ポイント196点、PP獲得1回、優勝1回。</p>
<p></font></p>
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">チーム</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">予選</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">決勝</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">06　BMWザウバー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ02-04ハイドフェルド</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ02-04ハイドフェルド</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">07　BMWザウバー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ04-12ハイドフェルド</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ06-10ハイドフェルド</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">08　BMWザウバー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ13-05ハイドフェルド</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ11-07ハイドフェルド</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">09　BMWザウバー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ11-06ハイドフェルド</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">クビサ07-10ハイドフェルド</font></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><font color="#3e6b3a"><br />注:&#8217;06年は第13戦以降のデータ／&#8217;07年第7戦アメリカGPは前戦での怪我により欠場（代役出走はヴェッテル）</p>
<p>この比較はウェバーに比べ、ほぼ同一チーム・メイトによるところが興味深い。シーズン中のデビューから翌年の初フル参戦までは完全にベテランのチーム・メイト、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニック・ハイドフェルド</font></a>にやられたが、3年目の&#8217;08年に初優勝を含めた大活躍で逆転、昨年はKERS開発の失敗に始まった昨年のマシン不調、そしてBMWのF1撤退という中で再び喘ぐが、結果的にクビサはルノーへの移籍を早々と決定。もちろんそのルノーにもF1活動継続に疑問符が付く状態だったが、実際&#8217;10年シーズンが始まってみれば周囲の予想を裏切ってトップ4を食う勢いの大活躍、第6戦モナコでは予選2位／決勝3位の好成績で計59ポイントを稼ぎ出し、現在ドライバーズ・ランキングでも6位に着けている。反対にハイドフェルドは<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/post-19.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">メルセデスGP誕生とミハエル・シューマッハー復活劇</font></a>の狭間でシートを失い、結果的にF1浪人となってしまった。BMWザウバー時代の4年間でみればハイドフェルドがクビサを上回る数字を残している。が、たったひとつ、1勝というキャリアの差が今シーズンのこのふたりの明暗を分けたのである。そして新天地ルノーでもルーキー・ドライバーのヴィタリー・ペトロフに大差をつけているクビサに、フェラーリ移籍の話が出るのも当然のことと言えるだろう。</p>
<p>チーム・メイトに勝つ、というのがF1ドライバーとして成功するのに絶対不可欠な要素だとするならば、これまでのF1の歴史に於いて、圧倒的な強さを見せたドライバーのチーム・メイト達の存在が気にかかる。ドライバーズ・チャンピオンを獲得するほどのドライバーの乗ったマシンは確実にそのシーズンのトップ・クオリティのマシンを与えられていた筈で、にも関わらずチーム・メイトに対して絶対的なアドバンテージを持つ、というのはそう簡単なことではない。ひとつの例として解りやすいのがかつてのシューマッハーとフェラーリの関係である。</p>
<p>&#8217;94〜&#8217;95年とベネトンで2年連続王者となったドイツの皇帝ミハエル・シューマッハーは、不調に喘ぐ名門フェラーリの復活のため、&#8217;96年にこのマラネロの伝統的なチームへと移籍した。特に&#8217;90年代中盤、フェラーリの落ち込みは深刻であった。&#8217;90年に前年の王者<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_80.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アラン・プロスト</font></a>を擁してマクラーレン・ホンダの<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_21.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アイルトン・セナ</font></a>と熾烈なタイトル争いを繰り広げたのを最後に勝利からも見放され、当時最強のルノーV10エンジンを擁する前述のベネトンとウィリアムズが時代をリードしていた。フェラーリは中途半端な改革を選ばず、監督にWRCやル・マン24時間などで敏腕を振るった元プジョーの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/post-6.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジャン・トッド</font></a>を迎え、ベネトンからシューマッハーと共に2年連続タイトルを獲得したテクニカル・ディレクターのロス・ブラウン、マシン・デザイナーのロリー・バーンを一緒に引き抜いた。つまり、トッドの監視下の元、フェラーリは&#8221;チーム・シューマッハー&#8221;として生まれ変わったのである。<br />最初のチーム・メイトはアイルランド出身の好漢、エディ・アーバインである。アーバインにはまだ勝利経験がなく、パドックでは速いが荒っぽいドライバーとして認識されていた。</p>
<p>エディ・アーバインは&#8217;65年11月10日、北アイルランド出身。&#8217;93年第15戦日本GPでジョーダンからデビュー、キャリア10年で出走146戦、4勝、獲得ポイント191点。&#8217;02年ジャガーを最後に引退。</p>
<p></font></p>
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">チーム</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">予選</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">決勝</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">96　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン01-14シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン03-10シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">97　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン02-15シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン02-13シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">98　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン01-15シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン03-12シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">99　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン01-09シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">アーバイン04-06シューマッハー</font></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><font color="#3e6b3a"><br />注:&#8217;99年第9戦オーストリアから第14戦ヨーロッパGPまでは負傷のシューマッハーに変わってミカ・サロが走行、データからは除外</p>
<p>&#8230;..データ上、前半のアーバインはシューマッハーを援護するところまでも行かず、遠く足元にも及んでいない。これは明らかにチーム・シューマッハー作りの成果の表れ、とも言える。そして&#8217;99年、フェラーリ4年目を迎えたアーバインがシューマッハーに対してライバル心を剥き出しにして挑んだ第8戦イギリスGPで、シューマッハーは事故により骨折、長期離脱を余儀なくされた。ポイント・リーダーを失った選手権は混沌とし、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_52.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ミカ・ハッキネン</font></a>（マクラーレン・メルセデス）とのタイトル争いを勝ち取りたいフェラーリはここから急遽アーバインをエース・ドライバーとして選手権を闘う。シューマッハーの代役にはテスト・ドライバーの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-8.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ルカ・バドエル</font></a>ではなく、当時シート喪失中ながらハッキネンと同郷でアンダー・フォーミュラ時代からのライバルであるミカ・サロを起用。しかしそのサロがフェラーリ3戦目の第10戦ドイツGPでトップを快走。レース終盤、不甲斐ないアーバインに勝利を譲る場面も見受けられ、アーバインのタイトル獲得に危険信号が灯る。結局最終2戦にシューマッハーが復帰、見事に2戦連続ポール・ポジション獲得、レースではサロ同様アーバインの援護に回るも、最終的にタイトルはハッキネンが獲得。最終戦日本GPでのシューマッハーは明らかに葛藤の中にいた。そしてアーバインはチームを去って行った。</p>
<p>次のシューマッハーのチーム・メイトはルーベンス・バリチェロである。シューマッハーとほぼ変わらぬキャリアを持った中堅ドライバーとして、弱小チームを渡り歩きながら着実にその評価を上げて来た。が、もしかしたら&#8217;00年のフェラーリ移籍決断はバリチェロの未来を大きく変えてしまったかも知れない。</p>
<p>ルーベンス・バリチェロは&#8217;72年5月23日、ブラジル生まれ。&#8217;93年にジョーダンからF1デビューし、現在最多出走記録更新中。11勝、PP14回、最速ラップ17回、獲得ポイント614点。&#8217;10年はウィリアムズに在籍。</p>
<p></font></p>
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">チーム</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">予選</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">決勝</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">00　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ01-16シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ05-12シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">01　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ01-16シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ03-14シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">02　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ04-13シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ04-13シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">03　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ06-10シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ04-11シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">04　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ05-13シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ02-16シューマッハー</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">05　フェラーリ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ08-11シューマッハー</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">バリチェロ08-11シューマッハー</font></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><font color="#3e6b3a"><br />シューマッハー／フェラーリの完全なる黄金時代、&#8217;00年から&#8217;04年まで圧倒的な強さの秘密はこの表にある通りである。シューマッハーを優位に置き、必勝態勢を築く。少なくともフェラーリがタイトル争いでルノーの後塵を拝し、低迷した&#8217;05年はバリチェロがシューマッハーに肉迫する活躍を見せたのも事実だが、時既に遅し。この賛否両論の方法論によりシューマッハーとフェラーリは5年連続のWタイトルを獲得、その中には所謂&#8221;チーム・オーダー事件&#8221;や&#8221;フィニッシュ直前順位操作ミス事件&#8221;などがあり、その後のF1のレギュレーションそのものにも大きく影響した。<br />影響を受けたのはフェラーリだけではない。バリチェロはシューマッハー態勢に嫌気が差して&#8217;06年にホンダへ移籍、低迷の時代を我慢して望んだ<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/10/post-14.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ブラウンGP</font></a>誕生の&#8217;09年、中盤から追い上げを見せるもタイトル獲得に届かなかったのは&#8230;..長きフェラーリ時代に付いた&#8221;負けグセ&#8221;が影響しているのは間違いなかった。</p>
<p>もうひとつ&#8230;..ここに紹介するのは残念なことではあるが、最も最近の身近な&#8221;出世とシート喪失&#8221;の例として、&#8217;08〜&#8217;09年と同じウィリアムズ・トヨタでコンビを組んだ二世ドライバー同士、ニコ・ロズベルグと<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-9.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">中嶋一貴</font></a>のデータを見比べてみよう。</p>
<p></font></p>
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">チーム</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">予選</font></td>
<td width="10" align="middle"></td>
<td align="middle"><font color="#3e6b3a" size="-1">決勝</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">08　ウィリアムズ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">中嶋05-13ロズベルグ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">中嶋07-11ロズベルグ</font></td>
</tr>
<tr>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">09　ウィリアムズ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">中嶋03-14ロズベルグ</font></td>
<td width="10"></td>
<td><font color="#3e6b3a" size="-1">中嶋02-14ロズベルグ</font></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><font color="#3e6b3a"><br />一貴はロズベルグに遅れること2年でF1に参戦、&#8217;08年は3年目のロズベルグとフル参戦初年度の一貴、という布陣となった。入賞回数は共に5回。そういう意味では初年度の一貴は数字上は健闘していると言える。が、実際にはロズベルグが表彰台フィニッシュ2回、一貴は最高位6位であり、目立ち方としては完全にロズベルグの方が上回っていた。そして一貴にとって&#8221;勝負の年&#8221;となる2年目、ふたりの明暗は完全に分かれた。ロズベルグの入賞11回に対して一貴は入賞ゼロ。結果としてロズベルグはWタイトルを獲ったチームへ移籍し、一貴は<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/11/post-16.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">トヨタF1撤退</font></a>の煽りもあってシート喪失となった。残念ながらこうした例は我が日本では決して珍しくない。結果的に世界王者となるジェンソン・バトンと闘った<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/02/post-22.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">佐藤琢磨</font></a>も同じである。<br />ただし、日本人ドライバーとして高木虎之介とペドロ・デ・ラ・ロサ、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_107.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">片山右京</font></a>とアンドレア・デ・チェザリス、などといった例は少々厳しい眼で見なくてはならない。何故なら相手は本来負けてはいけない実力／経歴の持ち主であり、そこでの敗北は将来的に大きな悪影響となって歴史に残ってしまうのである。ヨーロッパという狩猟民族大陸の競技で求められること。日本人に足りないのはやはりそこなのかも知れない。</p>
<p>そのヨーロッパでも、現在のようなスポーティング・レギュレーションの存在しない&#8217;50年代、F1はエース・ドライバーの勝利のためにチーム・メイトは時にはマシン不調のエースのためにマシンを提供し、自らはリタイアするような競技だった。もちろんF1ドライバーに威厳は存在したが、それ以上に参戦する自動車メーカーの威信の方が重要視されていた時代である。&#8217;60年代、ジム・クラークやスターリング・モス、ジャッキー・スチュワートらのスター・ドライバーが登場し、F1グランプリに於けるドライバーの在り方が再認識される。そして&#8217;70年代になると完全に&#8221;速い方がエース&#8221;という方程式が生まれ、ドライバー達がそのキャリアの中で自らをアピールし、有利なシートを獲得する時代となった。<br />ただしこんな例もある。&#8221;スーパー・スウェード&#8221;こと<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_09.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ロニー・ピーターソン</font></a>は<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_101.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ロータス</font></a>在籍時、エースのマリオ・アンドレッティがリタイアしない限り勝利することは許されなかった。総帥<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_03.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">コーリン・チャップマン</font></a>によるこの方法はチームの伝統であり絶対的なルールだった。ロニーはその決まりを守り、どんなに余裕があってもマリオの真後の2位でフィニッシュした。翌年マクラーレンへの移籍が決まり、今度こそ悲願のドライバーズ・チャンピオン獲得を、と言う矢先に彼はそのロータスで命を落としてしまった。</p>
<p>もうひとつ、決定的な出来事が&#8217;80年代に起きた。同じ深紅のフェラーリに乗り、チームとの会議による戦略と&#8221;紳士協定&#8221;という名の口約束／信頼関係、そしてその是非を巡って争い、遂にはふたりとも逝ってしまった壮絶なライバル、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_11.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジル・ヴィルヌーヴとディディエ・ピローニ</font></a>である。</p>
<p>カナダのやんちゃ青年だったヴィルヌーヴとフランスのエリート、ピローニは初めから水と油のような性格の持ち主同士だった。&#8217;82年、第4戦サンマリノGP、トップにヴィルヌーヴ、2位ピローニ。チームからは&#8221;stay&#8221;のサイン。が、このサインを無視してピローニがクルージング中のヴィルヌーヴをパス。このピローニの行為がヴィルヌーヴの怒りを買い、ふたりは以降、口も利かない犬猿の仲となってしまった。翌第5戦ベルギーGP、なんとしてもピローニに勝ちたいヴィルヌーヴは予選で無理なアッタクを敢行し、事故死。ピローニは第12戦ドイツGP予選でスロー・ダウン中に他車にハイ・スピードで突っ込まれ、両足切断。その後パワー・ボート・レーサーとして復帰するも&#8217;87年のレース中に事故死してしまった。<br />&#8230;..そんな経緯があり、筆者はその後の<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_37.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ネルソン・ピケ</font></a>vs<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_33.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ナイジェル・マンセル</font></a>、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_112.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アイルトン・セナvsアラン・プロスト</font></a>などのチーム内ライバル対決を見るにはけっこうな覚悟が必要だった。同時に、今思えば<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/iceman.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">キミ・ライコネン</font></a>というドライバーはよっぽど他人に興味がないのだろう、と痛感する。パドックに「アイツは最高のヤツさ」という者も「最低だ」という者もいない。チーム・メイトを非難することも讃えることもない、チームを掌握するどころか、とけ込むことすらない、完全なるロンリー・ガイだったのだろう。そういう意味では近代F1に於いてシューマッハーと最も対極にいたドライバーかも知れない。</p>
<p>シューマッハーと言えば、&#8217;90年代にタイトルを争ったデイモン・ヒル（&#8217;96年王者）は先日の&#8217;10年第6戦モナコGPでレース・スチュワードとなり、セーフティ・カー先導によるファイナル・ラップで「セーフティ・カー・アウト後からフィニッシュ・ラインまではレーシングだと思った」という誤った解釈により前方のアロンソをオーバー・テイクしたシューマッハーに20秒のタイム加算ペナルティを与えた。そしてこの件により、「元ライバルだったヒルがシューマッハーに嫌がらせの裁定を行った」との揶揄が始まる。「こうして元ドライバーがレギュレーションの解釈をするのは難しい問題だね。僕がどんなに適切な判断をしたとしても、その話に尾ひれがつくのは仕方ないことだろうさ」英国紳士のヒルらしい意見である。そう、&#8221;ライバル関係&#8221;は、多くの場合、マスコミやオーディエンスなどの&#8221;外野&#8221;によって創られ、そして増長するものである。そして当事者達はそれを充分に解っており、連日繰り返される同じ質問にゲンナリし、マスコミはマスコミでその&#8221;平凡な答&#8221;の中からどうにかキーワードとなる言葉を探し、ある時には過剰な表現でそれを全面に押し出す。そうして膨れ上がるのが&#8221;噂&#8221;の正体である。</p>
<p>マスコミの過剰な演出、という意味ではきっとセナvsプロストが筆頭に上げられるのだろうが、近年では&#8217;07年のマクラーレン・メルセデス、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/04/f1-3.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">フェルナンド・アロンソvsルイス・ハミルトン</font></a>の一件も忘れてはならない、<br />もちろん2年連続王者のアロンソが電撃移籍した名門で、デビューしたばかりの新人と1ポイント差のシーズンを送ってしまったのはアロンソ的には不甲斐なく、ハミルトン的な側面で見れば脅威の新人登場、という状況である。が、シーズン中盤にナーバスな関係となったふたりはマスコミによって相当にいじくられ、お互いが発言してもいないような内容の話が耳に入って来る。最終的にチーム離脱の決断をしたアロンソだったが、スペインのファンは翌シーズンへ向けてのバルセロナ・テストで人種差別問題までも引き起こした。しかし実際にふたりの仲がそこまで深刻かと言えばそうではなく、アロンソはハミルトンへの対抗心というより、むしろチームへの不信感と闘っていた、というのが真相のようである。昨年の第15戦日本GPのドライバーズ・パレードで、コース上でマシンが止まってしまったアロンソは全ドライバーの中からハミルトン車を選んで同乗、スタンドに手を振りながら仲良く喋っていたのが非常に印象的だった。</p>
<p>ついでにもうひとつ。<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/post-20.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ロータスのトニー・フェルナンデスとヴァージンのルチャード・ブランソン</font></a>はF1参戦初年度である今シーズン、ひとつの賭けをしている。ブランソンが言い出し、フェルナンデスが受けて立つこととなったそれは&#8221;負けた方がキャビン・アテンダントの格好（つまり女装）をし、相手の所有する飛行機に乗る&#8221;というもの。もちろんまだ無得点同士の新チームだが、完走順位を元にコンストラクターズ・ランキングは確定する。現在のところ、僅かながらロータスが新チーム集団では頭ひとつ抜け出しており、それをヴァージンが追う構図である。が、ブランソンはまだ心配はしていない。「この髯はヴァージン発足以来伸ばしてるんだ。それを剃るなんて絶対にゴメンだね！」ちなみにフェルナンデスはかつてヴァージンの社員だった経歴を持つ。「我々がリチャードのチームに負けるなんてことは絶対に有り得ない。だったら死んだ方がマシだよ」「トニーを死なせるわけには行かないよ。だったらまたウチで働いて貰う。ただし、女装でね！（笑）」&#8230;..コース上やピットで熾烈な闘いを繰り広げる彼らの、ちょっと楽しくなる約束だ。</p>
<p>さて、話をウェバーに戻そう。今絶好調の波に乗るウェバーは、これから先レッドブルの初タイトル獲得という重圧を闘わなくてはならない。が、ここはメンタル面でまだまだ幼いヴェッテルに比べ、比較的有利な性格の持ち主と言える。同時に、マシン・トラブルがヴェッテル車に集中し、自らのマシンが安定して好調なのも大きな要素である。もちろんこうした&#8221;運&#8221;に近いファクターは今後の展開にどう影響を及ぼすかは解らないが、F1で安定して速いことはすなわち強さであり、昨年序盤のジェンソン・バトンが成し遂げたのがまさにそれである。したがって、現在ウェバーが&#8217;10年王者候補の筆頭にいることは間違いない。それを崩せるのは方法論を知っているバトンか、酸いも甘いも知るアロンソか、生き字引たる皇帝シューマッハーか、それとも隣人ヴェッテルなのか。</p>
<p><i>「先は長いさ！」&#8217;10年第6戦モナコGPにて／マーク・ウェバー</i></font></p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e9%9a%a3%e4%ba%ba%e3%81%ab%e3%81%94%e6%b3%a8%e6%84%8f%e3%82%92/">隣人にご注意を</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>go,seb!</title>
		<link>https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/goseb/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Apr 2010 11:20:29 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<br />
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<p>&#8220;トップ4&#8243;&#8230;..ディフェンディング・チャンピオンとしてF1の歴史にその名を刻んだロス・ブラウン率いる新星メルセデスGP、昨シーズン後半は間違いなく最速マシンを準備出来ていたレッド・ブ・・・</p>
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<p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/goseb/">go,seb!</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a">&#8220;トップ4&#8243;&#8230;..ディフェンディング・チャンピオンとしてF1の歴史にその名を刻んだロス・ブラウン率いる新星<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/post-19.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">メルセデスGP</font></a>、昨シーズン後半は間違いなく最速マシンを準備出来ていたレッド・ブル、王者ふたりを擁してその開発力で勝負するマクラーレン、そして昨シーズンを棒に振ってでも今季の新車開発に賭けたフェラーリ。&#8217;10年開幕戦バーレーンGPは開幕直前のテスト終了時に予想された通りの結果で終わった、と言える。その順序がどうだったかは別として、この4チームのドライバーが上位8位までを独占する図は、ある意味当然の構図だったが、34周目のホーム・ストレートでトップを行くセバスチャン・ヴェッテルが突如遅れ、無線から「lost power！」の声が聞こえて来るまで、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/" target="_blank"><font color="#ff00ff">筆者</font></a>はヴェッテルの勝利を信じて疑わなかった。確かに燃料が軽くなってからの後半、プライム・タイヤでヴェッテルがフェラーリ勢とどういった攻防を見せたかはもはや憶測の域を出ない。<br />それは第2戦オーストラリアGPでも同様で、相変わらず昨年と変わらぬ予選1発の速さで2戦連続のポール・ポジションを奪い、スタート直前の雨でドタバタしたスタートもカッチリと決め、微妙な天候変化の中でもトップを快走。しかし26周目、ターン13で左フロント部の突然の破損からブレーキ・トラブルでコース・アウト、痛恨の無得点レースとなってしまった。あのまま走り続けていたら&#8230;..もちろん憶測でしかない。が、客観的に見てヴェッテルが&#8217;10年シーズンをいきなり2連勝／50点でスタートした可能性は非常に高い筈でもある。<br />本来&#8221;4人の王者に立ち向かう若武者ヴェッテル&#8221;、というのが筆者の&#8217;10年シーズン予想だった。現役最強王者フェルナンド・アロンソ、帝王<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/post-19.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ミハエル・シューマッハー</font></a>、そしてルイス・ハミルトン／ジェンソン・バトンという現役王者達を相手にしても、今季はヴェッテル／レッド・ブルが昨年序盤の反省を元に開幕ダッシュを決めるに違いないと信じていた。だがそれが不運なのかチームのエラーなのか、とにかくヴェッテルは勝てた筈のレースを2戦連続で落とした。その間に新ポイント・システムによって開幕戦優勝／第2戦4位のアロンソが既に37点を奪い、2戦連続表彰台となった<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/forza-felipe-siamo-con-te.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">フェリペ・マッサ</font></a>が33点、第2戦を勝ったバトンが31点。昨年序盤を棒に振ったヴェッテルは、今季もトップから大きく遅れた7位／12点、という危機的状況にある。</p>
<p>&#8230;..ランキングだけ見れば、確かに王者アロンソやバトンに注目が行く状況と言わざるをえない。が、筆者はそれでもまだヴェッテルの今季の巻き返しを期待している。そして、今こそ、王者に立ち向かい、そして王座を奪わんとするこの若武者のことを、もうちょっと知っておきたい。F1デビュー僅か1年で初優勝し、翌年にはタイトル争いを繰り広げてみせたドイツの新星、セバスチャン・ヴェッテルについてだ。</p>
<p>&#8220;セブ&#8221;ことセバスチャン・ヴェッテルは1987年7月3日、ドイツのヘッペンハイムにて誕生。幼い頃のヴェッテルは、まず多くのドイツ人と同じようにサッカーに夢中になった。が、本人いわく「全然上手く行かなかった」続いてトライしたのはテニス。が、これも同様にヴェッテルの人生を左右するものとはならなかった。そして8歳の時に初めてカートに乗り「ようやく自分の居場所に気付いた」&#8217;95年、ヴェッテルはカート・レーサーとしてのキャリアをスタート。たちまち才能を開花させ、&#8217;01、&#8217;02年とドイツ・ジュニア・カート選手権を連覇。&#8217;03年にはドイツ・フォーミュラBMW・ADAC選手権へとステップ・アップし、参戦初年度は5勝を挙げてランキング2位。2年目の&#8217;04年、20戦18勝／ポール・ポジション14回／最速ラップ13回、という圧倒的な速さ／強さで選手権を制覇。翌&#8217;05年、ヴェッテルはF3ユーロ選手権へと参戦し、同時にウィリアムズやBMWザウバーなどのF1チームからテスト走行のチャンスを与えられ、F1関係者にも好印象を植え付けた。翌&#8217;06年はユーロF3以外にワールド・シリーズ・バイ・ルノーにもスポット参戦し、勝利を挙げてみせた。<br />&#8217;06年8月、BMWザウバーF1チームはロバート・クビサのレギュラー昇格に伴い、新たなテスト／サード・ドライバーを探していた。彼らの希望はフォーミュラBMWで圧倒的な速さを見せたヴェッテルの加入だったが、ヴェッテルがレッド・ブルの契約下にあるドライバーであることが壁となった。それでもヴェッテルを諦め切れないBMWザウバーは、最終的にレッド・ブルから2年契約でヴェッテルを借りる、というものだった。結果的にヴェッテルは第14戦トルコGPから第18戦ブラジルGPまでBMWザウバー・チームと帯同し、サード・ドライバーとしての任務を遂行。F1初走行となったトルコGPフリー走行ではいきなりトップ・タイムをマークし、周囲を大きく驚かせた。<br />こうしてF1での仕事を始めながら参戦したユーロF3選手権はランキング2位、ワールド・シリーズ・バイ・ルノーは3戦のみのスポット参戦となり、翌&#8217;07年に向けヴェッテルの仕事は徐々にF1中心となって行った。<br />&#8217;07年、ヴェッテルはワールド・シリーズ・バイ・ルノーに参戦しつつBMWザウバーのサード・ドライバーとしてチームに帯同していた。第6戦カナダGP決勝、クビサが眼を覆うような大クラッシュを起こし、奇跡的に回復はしたものの、チームはクビサに代わって翌第7戦アメリカGPにはサード・ドライバーであるヴェッテルを出場させることとなったのである。<br />ヴェッテルは自身初のF1の予選で難なくQ3に進出してみせ、いきなり7位グリッドをゲット。決勝ではスタート直後のターン2で他車との接触を避けるため一旦順位を落とすが、その後クレバーな走りを展開し、見事に8位入賞。19歳と349日でのポイント・ゲットは史上最年少記録であった。「レースは長かったけど、でもとても楽しかったよ！。このチャンスをくれたチームに心から感謝したい」翌第8戦フランスGPにはクビサが復帰するが、ヴェッテルはこのセンセーショナルなF1デビューにより、一躍パドックの注目を浴びる。そして、レッド・ブルのセカンド・チームであったトロ・ロッソが、第11戦ハンガリーGPからスコット・スピードに代えてヴェッテルにレギュラー・シートを与えたのである。が、BMWザウバーよりも総合力で劣るトロ・ロッソでは成績は望むべくもない。しかしそれでもヴェッテルは雨のレースでは光った。第15戦日本GPでは予選Q3進出（9位）から雨の富士を快走、29周目には史上最年少でのラップ・リーダーともなった。しかしこのレース、終盤45周目のセーフティ・カー導入中に前方のマシンに接触し、両車リタイア。相手はファースト・チームであるレッド・ブルの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マーク・ウェバー</font></a>であった。ウェバーは「素晴らしい走りを、ガキに台無しにされた」と激怒、つまらないミスで上位フィニッシュをフイにしたヴェッテル自身もピットで悔しさのあまり号泣。翌第16戦中国GPではまたも雨の中、今度は完璧なレース運びで自身最高位の4位フィニッシュ。自身「最高のレースだった」とデビュー・イヤーを締めくくった。</p>
<p>翌&#8217;08年、ヴェッテルはトロ・ロッソでF1フル参戦1年目を迎えた。序盤はリタイアが多く結果を残せずにいたが、またも雨の第6戦モナコGPで5位入賞、シーズン途中から投入されたマシンSTR3の熟成が進むと、第9戦イギリスGPを境に予選Q3の常連となる速さを見せ、徐々に結果を出し始めた。<br />迎えた第14戦イタリアGP。フェラーリ・ファンで真っ赤に染まるモンツァ。しかしミナルディに始まるこの小さなチームにとっても、イタリアGPは地元GPである。天候はモンツァのF1史上記録的な大雨。トップ・チーム／ドライバーが皆難しいコース・コンディションに苦しむ中、ヴェッテルは21歳と73日という、またも史上最年少記録でポール・ポジションを獲得。例えコンディションが特殊であっても、トロ・ロッソというチームの戦闘力とその歴史、そしてデビューしたての若手ドライバー、という組み合わせを考えればこれは快挙であった。「エンジニアが『雨の時の君ならポールが獲れる』って言ってたんだけど、本当に獲っちゃった！。夢のようだよ！」レースはセーフティ・カー・スタート。多くのドライバーが慎重にマシンをドライヴした。実際、ドシャ降りのレースにも関わらずリタイアは1台のみ。一見退屈な1列行進のようなレースで、ポール・シッターのヴェッテルだけは快調に飛ばして行く。雨が弱まった終盤、2位のヘイキ・コヴァライネン（マクラーレン・メルセデス）がヘヴィ・ウェットからスタンダード・ウェットにタイヤ交換したのを知ると、自らチームに同様のタイヤ交換をリクエストし、結局2位以下に大差をつけてヴェッテルが初優勝を飾ったのである。21歳と74日、もちろん史上最年少ウィナーの誕生である。スタンドを埋め尽くしたファンは不甲斐ないフェラーリをよそに、このニュー・ヒーローの誕生と小さなイタリアン・チームの快挙に惜しみない拍手を贈った。<br />&#8230;..悪天候を見方につけ、他車のタイヤ状況を見て取り、自らの戦略に活かし、勝つ。&#8230;&#8230;これはまるで、かのミハエル・シューマッハーの初優勝を見ているかのようだった。</p>
<p>翌&#8217;09年、ヴェッテルは引退したデビッド・クルサードに代わり、ファースト・チームであるレッド・ブルへと移籍。開幕戦オーストラリアGP、新星ブラウンGPの活躍の影で、予選3位から2位走行中に後続のクビサと接触し、リタイア。続く第2戦マレーシアも無得点、ブラウンGPのジェンソン・バトンは2連勝で既に20ポイントを稼ぎ出していた。しかし第3戦中国GPでは自身2度目のポール・トゥ・ウィンを達成、今季ブラウンGPと闘えるのは自分だけであることを示してみせた。また同時にこの勝利はレッド・ブルにとってもチーム初勝利となり、ヴェッテルはほんの数ヶ月でレッド・ブルと傘下のトロ・ロッソの両方に初勝利を齎したことになる。<br />しかし結局ヴェッテルは<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-11.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ルノー・エンジンの信頼性</font></a>に泣き、第8戦イギリス、第15戦日本と3勝を挙げながらも<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/10/post-14.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">歴史的偉業を成し遂げた</font></a>ブラウンGP勢に完敗。最終戦アブダビGPで意地の4勝目を挙げ、どうにかルーベンス・バリチェロからドライバーズ・ランキング2位の座を奪った。<br />が、この初優勝から僅か1年の若武者ドライバーは、決して自らの活躍に満足しなかった。バトンがタイトルを決めた第16戦ブラジルGP決勝後、ヴェッテルは悔し涙に暮れた。「シーズン前に『今季4勝出来たらハッピーか？』と聞かれたらイエスと答えただろう。でも、終わってみれば僕の&#8221;負け&#8221;なんだ」&#8221;勝利以外は負け&#8221;&#8230;..この確固たるスピリットが、これまでのヴェッテルの快挙を支えているのである。そしてヴェッテルは近代F1を代表するドライバーとなり、次期ワールド・チャンピオン候補として期待を寄せられている。</p>
<p>ヴェッテルの走りで特筆すべき点は、明らかに&#8221;1発の速さ&#8221;である。初めてのサーキットしかり、&#8217;09年中盤以降の&#8221;エンジン労り予選&#8221;しかり、誰よりも遅くコースに出て行って1発でタイムを出す。こうした能力は極めて特殊なものと言える。ちなみに史上最年少記録をことごとく塗り替えて来たヴェッテル。ちなみに&#8217;07年第7戦アメリカGP金曜フリー走行、F1デビューが叶ったヴェッテルは早速ピット・レーンの速度違反でペナルティ、セッション開始後9秒、つまりF1デビュー僅か9秒で早くもペナルティを受けることとなった。つまり、ヴェッテルは初めから飛ばして行くということである。</p>
<p>ヴェッテルにはいくつかのジンクスがある。ナーヴァスな彼はマシンを乗り降りする際は必ず左側、レーシング・シューズの底にはラッキー・コインを常に忍ばせている。また&#8217;08年、ヴェッテルは自身のマシンであるトロ・ロッソSTR3に&#8221;JULIE（ジュリー）&#8221;というニック・ネームを付けた。&#8217;09年レッド・ブルに移籍すると、今度は自らのレース・カー／RB5に&#8221;KATE（ケイト）の名を冠した。しかし開幕戦でシャシーをクラッシュさせると、2号車には&#8221;KATE&#8217;S DIRTY SISTER（ケイトの淫らな妹）&#8221;と名付けた。&#8217;10年、彼のレース・カーは&#8221;LUSCIOUS LIZ（官能的なリズ）&#8221;である。「またクラッシュして&#8221;LIZ&#8217;S DIRTY SISTER（リズの淫らな妹）&#8221;が産まれないことを祈ってるよ！（笑）」</p>
<p>F1のボス、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_50.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">バーニー・エクレストン</font></a>は「&#8217;06年のトルコGPで『彼は誰だ？。そして何故この若いドイツ人がタイム・シートのトップにいるんだ？』と思った」と、この若武者のセンセーショナルな登場を振り返る。「彼は必ずチャンピオンになるドライバーだ」鳴り物入りのドライバーに贈られる社交辞令とは違った重みが、バーニーの言葉には感じられる。<br />ヴェッテルにはマネージャーがいない。これまで全ての契約を自分自身で決め、取りまとめて来た。「多くの人が、もっとギャラを稼ぐためにマネージャーを雇うべきだと言ってくるけど、僕にとって重要なのは『自分自身の決断』なんだ」これだけトップ・ドライバーとなった今も、自らにマネージャーを雇うつもりはないらしい。「皆自分の利益のことばかり考えてる。もちろんF1はビッグ・ビジネスだけど、僕にとって大切なのはレースそのもの。それと、今までと変わらないでい続けることなんだ！」気取らない彼は自分自身に対し、いつも正直だ。</p>
<p>「まだ数年先だとは思うが、それはいずれ考えなくてはいけないことだろうね」BMW・ザウバー、トロ・ロッソ・フェラーリ、そしてレッド・ブル・ルノーを渡り歩いて来たヴェッテルは「行くならマクラーレンとフェラーリのどちら？」という質問にも、非常に素直な返答を見せる。「そりゃイタリアのチームさ。どんなレーサーでも1度は必ず憧れる筈だし、それは特別なことなんだろうと思う。ただ今は自分のチームに満足しているし、僕にはまだまだ先の話さ！」<br />ヴェッテルの&#8221;速さ&#8221;は間違いない。事実、立ちはだかる現役王者4人に少しも引けを取らないし、むしろその速さは特筆すべきレヴェルである。ただし、ここまでのヴェッテルには信頼出来る&#8221;強さ&#8221;がない。それがチーム力の問題なのか、それを含めた本人の統率力の問題なのかは外からは判断出来ない。が、少なくともヴェッテル自身は全てのレースで完璧に近い仕事をこなしている。そして、チームがその仕事量に見合うだけの成果を適切なタイミングで与えられた際、王者は産まれる。それは例えばシューマッハーとフェラーリであり、マクラーレンとハミルトンであり、アロンソとルノーであり、昨年のブラウンとバトンの関係だった。ヴェッテルとレッド・ブルの間に存在する、ほんの僅かな&#8221;溝&#8221;。それが埋まった際、彼らは確実にチャンピオン街道を突っ走る筈なのである。</p>
<p>&#8217;10年シーズン開幕前、ドイツを中心としたメディアはシューマッハーの復帰ばかりを取り上げていた。ヴェッテルは冷静に「シーズンが始まれば静かになるさ」と分析した。「確かに彼の復帰はF1にとって良いことだ。だけど、いざエンジンが回り始めたら皆（メディア）別に注目すべき点が出て来る筈だよ！」<br />&#8230;..ヴェッテルが欲しているのは&#8221;勝利&#8221;のみである。それは予選、決勝、選手権を通じて変わらない。自身がNo.1であり、それを自身が証明する。それだけがヴェッテルの望みなのだろう。現状、ポイント的に楽な状況とは程遠いが、今季もその目の覚めるような速さで、F1世界選手権を掻き回して欲しい。</p>
<p><i>「マイケル・ジャクソン、マイケル・ジョーダン、そしてマイケル・シューマッハー。3人のマイケルが僕のアイドルなんだ！」&#8217;09年／セバスチャン・ヴェッテル</i></font></p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/goseb/">go,seb!</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>ニューカマー・サバイバル</title>
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		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 Jan 2010 16:15:12 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<br />
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<p>新しい年となり、いよいよ各チームが2010年シーズンに向けて動き出した。とは言え、まだ新車発表もテスト走行もなく、昨年に比べて&#8221;より具体的になって来た&#8221;というレベルだが、それでもこの混沌とする新シ・・・</p>
<p class="list_more"><a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%ab%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%82%b5%e3%83%90%e3%82%a4%e3%83%90%e3%83%ab/">続きをみる</a></p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a">新しい年となり、いよいよ各チームが2010年シーズンに向けて動き出した。とは言え、まだ新車発表もテスト走行もなく、昨年に比べて&#8221;より具体的になって来た&#8221;というレベルだが、それでもこの混沌とする新シーズンに対する興味と期待は否が応でも増して来る。新王者ジェンソン・バトンの名門マクラーレン移籍、メルセデスGPの誕生、そして<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2010/01/post-19.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">皇帝ミハエル・シューマッハーの復活</font></a>。我らがニッポン代表、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/post-2.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">小林可夢偉</font></a>のザウバー移籍も見逃せない。</p>
<p>そしてもうひとつ。確かにこの1年で、多くの自動車メーカーが世界的な経済不況からF1を見切った。が、F1はその大きな変革期の中で新チームを招き入れることとなり、FIAの厳しい選定基準を通ったいつくかのチームが新たにF1サーカスの仲間入りを果たすこととなった。が、当初この変革には新チームにとって大きな要素が存在した。前FIA会長である<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/post-6.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マックス・モズレー</font></a>の提唱した&#8221;<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/06/ff.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">パジェット・キャップ案</font></a>&#8220;により、全参戦チームの年間最大予算を抑え、新たな参戦チームに有利な法案が提案された。しかし結果的に現存チームの集合体である<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/06/ff.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">FOTA</font></a>の反発によりこの案は却下され、最終的に既存チームは数年以内に予算を引き下げる努力をする、ということで落ち着いてしまった。しかしその時既に新たにF1参戦を決め、エントリーしたチームにとっては寝耳に水であり、突然新たな資金繰りが必要になってしまった。そしてその多くは開幕戦バーレーンのグリッドに並べるかを疑問視され、場合によっては別のチーム／団体にそのポジションを奪われかねない状況となってしまったのである。<br />まず最初に、&#8217;10年1月19日現在のエントリー・リストは以下の通りである。</p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>マクラーレン・メルセデス</b></font><font color="#3e6b3a"><br />01　<b>ジェンソン・バトン</b>（ブラウンGP→）<br />02　<b>ルイス・ハミルトン</b></p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>メルセデスGP</b></font><font color="#3e6b3a"><br />03　<b>ミハエル・シューマッハー</b>（フェラーリ→／復帰）<br />04　<b>ニコ・ロズベルグ</b>（ウィリアムズ→）</p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>レッド・ブル・ルノー</b></font><font color="#3e6b3a"><br />05　<b>セバスチャン・ヴェッテル</b><br />06　<b>マーク・ウェバー</b></p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>フェラーリ</b></font><font color="#3e6b3a"><br />07　<b>フェリペ・マッサ</b><br />08　<b>フェルナンド・アロンソ</b>（ルノー→）</p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>ウィリアムズ・コスワース</b></font><font color="#3e6b3a"><br />09　<b>ルーベンス・バリチェロ</b>（ブラウンGP→）<br />10　<b>ニコ・ヒュルケンベルグ</b>（新）</p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>ルノー</b></font><font color="#3e6b3a"><br />11　<b>ロバート・クビサ</b>（BMWザウバー→）<br />12　<i>TBA</i></p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>フォース・インディア・メルセデス</b></font><font color="#3e6b3a"><br />14　<b>エイドリアン・スーティル</b><br />15　<b>ヴィタントニオ・リウッツィ</b></p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>トロ・ロッソ・フェラーリ</b></font><font color="#3e6b3a"><br />16　<b>セバスチャン・ブエミ</b><br />17　<i>TBA</i></p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>ロータス・コスワース</b></font><font color="#3e6b3a"><br />18　<b>ヤルノ・トゥルーリ</b>（トヨタ→）<br />19　<b>ヘイキ・コヴァライネン</b>（マクラーレン→）</p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>カンポス・メタF1・コスワース</b></font><font color="#3e6b3a"><br />20　<i>TBA</i><br />21　<b>ブルーノ・セナ</b>（新）</p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>US F1・コスワース</b></font><font color="#3e6b3a"><br />22　<i>TBA</i><br />23　<i>TBA</i></p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>ヴァージン（コスワース）</b></font><font color="#3e6b3a"><br />24　<b>ティモ・グロック</b>（トヨタ→）<br />25　<b>ルーカス・ディ・グラッシ</b>（新）</p>
<p></font><font color="#0000ff"><b>ザウバー・フェラーリ</b></font><font color="#3e6b3a"><br />26　<strong>ペドロ・デ・ラ・ロサ</strong>（マクラーレン→／復帰）<br />27　<b>小林可夢偉</b>（トヨタ→）</p>
<p>既存チームの中で最も大きな変革を行ったのは、&#8217;09年Wタイトル獲得チームである<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/10/post-14.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ブラウンGP</font></a>。参戦1年でチームはメルセデス・ベンツの買収によってメルセデスGPとなり、ドライバーも両名共に変更、しかも引退後3年を経たシューマッハーを担ぎ出してのメルセデス単独参戦となる。他にはオフ・シーズン中にジェニィ・キャピタルへのチーム売却を行ったルノー。そして<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/bmw.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">BMWの撤退</font></a>によって再び<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_73.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ペーター・ザウバー</font></a>がチームを買い戻すこととなったザウバーはエンジンをフェラーリへと変更する。反対にレッド・ブルとフォース・インディアの2チームは前年同様の体制を継続する道を選び、ウィリアムズは<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/11/post-16.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">トヨタのF1撤退</font></a>発表以前に&#8217;10年のエンジンを<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_51.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">コスワース</font></a>へと切り替えることを決めていた。新王者・バトンはマクラーレンでルイス・ハミルトンとチャンピオン・コンビを組み、フェルナンド・アロンソのフェラーリ移籍によりキミ・ライコネンはF1から去った。そして、F1から撤退したトヨタのドライバー、ヤルノ・トゥルーリは<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_101.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ロータス</font></a>、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/vol02.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ティモ・グロック</font></a>はヴァージンと新チームを選び、可夢偉はザウバーのシートを射止めた。ルーベンス・バリチェロは「キャリアの最後は恩師である<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_21.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アイルトン・セナ</font></a>のいたチーム」と<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_28.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ウィリアムズ</font></a>へ移り、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニック・ハイドフェルド</font></a>は未だシート決定情報がない。ルノーには佐藤琢磨のシート獲得の噂があり、まだまだ一波乱ありそうな気配である。</p>
<p>そして、更に未確定と言えるのが新規参入チームの動向である。日ごとにチーム体制の変更やマシン開発の遅れなどが報道され、果たして&#8217;10年開幕戦のグリッドに全ての新チームが着くことが出来るのかを危ぶむ声も聞かれる。ではここで、&#8217;10年シーズンに新規参入が決まっている4つのチームを紹介しよう。</p>
<p><b>ヴァージン</b><br />元々&#8221;マノー・グランプリ&#8221;の名でエントリーしたこのチームは下位フォーミュラ・カテゴリーを闘っていたレーシング・チームであり、現チーム名のヴァージンは昨年ブラウンGPとの&#8221;毎戦スポット・スポンサー契約&#8221;で一躍パドックで有名になったリチャード・ブランソンのヴァージンである。マシン設計はベネトン／シムテックなどのデザイナーを務めたニック・ワース。ドライバーはトヨタからティモ・グロックを招き、もうひとりには新人のルーカス・ディ・グラッシを起用する。</p>
<p><b>カンポス・メタF1</b><br />カンポスはスペインの元F1ドライバー、エイドリアン・カンポスが設立したレーシング・チームで、GP2やフォーミュラ・ニッサン、ユーロF3などでタイトルを獲得している名門チームである。F1進出に向けてはマーケティング企業であるメタ・イメージと組み、かつてF1用シャシーを設計していたイタリアのダッラーラ社に制作を依頼、昨年11月には既にFIAのクラッシュ・テストに合格。ドライバーにはアイルトン・セナの甥であるブルーノ・セナのF1デビューが決定している。</p>
<p><b>USF1</b><br />チームはアメリカでインディ・カーの設計を行い、その後F1でリジェ〜オニクスのテクニカル・ディレクターを務めた経緯を持つケン・アンダーソンと、ジャーナリストでイギリスの&#8221;Auto car&#8221;編集長、ドライバー・コーチングを行う会社などを運営するピーター・ウィンザーのふたりによって設立された。チームにはYouTubeのチャド・ハーレイがついており、ノースカロライナ州シャーロットに本拠地を置くアメリカン・F1チームとして参戦する。ドライバーは両名共に未決定。</p>
<p><b>ロータス</b><br />このチームはかつてF1で73勝を挙げ、&#8217;94年に撤退した名門とは同名の別チーム、と考えるべきである。現在のロータスはマレーシアの実業家、トニー・フェルナンデスが実権を握る事実上のマレーシア・チーム。テクニカル・ディレクターにマクラーレン／ティレル／ベネトン／トヨタなどに在籍したマイク・ガスコインが就任、イギリスのRTN（レーシング・テクノロジー・ノーフォーク）を本拠地とする。豊富なマレーシア・マネーをバックに、F1勝利経験ドライバーふたりを起用。</p>
<p>&#8230;..こうして単純に新規参入各チームの概要を見ればそれぞれに特色があり、参戦初年度からサーキットで暴れ回ってくれるような気がしないでもない。が、現実はそんなに甘くなく、彼らにはいくつもの&#8221;良くないウワサ&#8221;が付きまとう。ことの発端は昨年9月、F1の&#8221;ボス&#8221;である<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_50.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">バーニー・エクレストン</font></a>による「新チームの内ふたつは、&#8217;10年の開幕戦に間に合わないかも知れない」という発言だった。考えようによっては&#8221;叱咤激励&#8221;とも受け取れるこうした発言は、少なくとも&#8221;火のない所に煙は立たない&#8221;F1では極めてマークすべき要素となる。では、果たして新規参入予定チームの現状はどうなっているのか、そしてどのような&#8221;不安要素&#8221;が彼らに存在するというのか。</p>
<p>年明け早々に「彼らは開幕戦に間に合わない。ヨーロッパ・ラウンドが始まる第5戦スペインGPからのエントリーをFIAに申し出た」という噂の流れたUSF1。彼らはゼロからチームをスタート、それもアメリカでという冒険を行ったが、現在までマシンの概要もドライバーも発表出来ずという状況が続き、その情報不足が危機感を助長してしまっている。その上彼らは「風洞施設を使用せずにマシンを設計している」と告白して周囲を驚かせた。しかしこれはヴァージンのニック・ワースが行っているCFD設計と変わらず、未だ前例はないものの新世代のマシン設計論としては決して不可能ではないが、他の新チームが年明け前に終えていたクラッシュ・テストがようやく1月に行われていることなどが大きく影響している。また更に、唯一USF1だけが未だ両ドライバーとも未発表、更に元世界王者であるジャック・ヴィルヌーヴやアレックス・ヴルツ、ペドロ・デ・ラ・ロサらとの契約が囁かれながらも実現せず、ヴルツに至っては契約寸前とまで言われながら最終的にF1復帰を断念、ル・マンに専念することを決めた。こういった一連の流れからもチームの開発力、戦闘力を疑問視する声が大きくなり、最終的にゼロからのチーム運営には時間が足りな過ぎるのでは、との見解へと繋がって行く。</p>
<p>カンポスは年明け早々、A1GPを主催する投資家である南アフリカの大富豪、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/f1-news_images/2010/01/post-586.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">トニー・テシェーラにチームを売却</font></a>する、というニュースが流れた。テシェーラはかつてホンダやスパイカー、トロ・ロッソなどの買収に興味を示していた人物であり、自らF1への進出の興味を隠そうとはしない。更に参戦前にも関わらず、カンポスの深刻な資金難が発覚。事実スペイン・チームであるカンポスの元に、思うようにスペイン・マネーが流れて来ない。これはスペイン国内からの投資先はフェラーリへと移籍したスーパー・スター、アロンソ個人に集中してしまう、という現象による。これにはチームも参戦決定時から焦りを隠せず、セナとの契約も「南米企業の興味を引きつけるため」と言われたが、チームと交渉決裂した<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-10.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ネルソン・ピケJr</font></a>は「カンポスが欲しいのはスペイン人ドライバーだ」と告白。結果的にブラジル人であるセナには早くも放出の噂が流れ、未だセカンド・シートを発表していないトロ・ロッソへと移籍するのではとの憶測が乱れ飛ぶ。同時にマシン開発についても&#8221;F1経験のあるダッラーラ&#8221;よりも&#8221;F1で勝てないダッラーラ&#8221;との提携を危惧する声も大きい。事実、彼らが最後にF1マシンでレースしたのは&#8217;92年、その後は&#8217;99年のホンダのテスト車、&#8217;04年のミッドランドとの共同開発以外でF1に関わってはおらず、近代F1マシンの設計に於いてアドバンテージはないとする向きが多い。</p>
<p>ヴァージンは早々とチーム体制を発表し、リチャード・ブランソンを囲んで仲良くチーム・ウェアを着て人前に出るなどマスコミ露出には抜け目がない。しかし元々マノーのチーム代表だったアレックス・タイが1月12日付けで退任し、新たに同じマノーのジョン・ブースが後任となったことが発表された。&#8230;..ところが、チームはマノーからヴァージンへとチーム名を変更した、つまりヴァージンがチームの筆頭株主となった筈である。であれば、新代表はヴァージンから選出されるのが筋である。ただでさえ参戦前のトップ交代、ここで怪しまれるのが「ヴァージン・グループは本当にチームの株主なのか」という疑いである。ヴァージンのCEOであるブランソンは昨年「チームと3年間のスポンサー契約をした」と語っているが、であればこのチームは3年後にヴァージンが撤退した場合、FIAに莫大な費用を払ってチーム名変更をしなければならなくなる。そして、元来マノーを共同運営していた会社はその正体が全く掴めない会社名ばかりで成り立っており、更に&#8217;09年7月にはチームが不正に&#8217;10年の参戦権を確約していたと受け取れる、マックス・モズレーの代理人であるアラン・ドネリーのeメールがリークされる事件が起きた。メールの相手はサウジアラビアの王族であり、ヴァージンの資金がいったい何処から来ているのか、という問題が再燃、不透明なチームの実態に懸念の声は大きい。</p>
<p>ロータスはマレーシアの航空会社であるエア・アジアCEO、トニー・フェルナンデスによる資金で運営されており、現在ロータス・カーズを所有するマレーシアの自動車メーカー、プロトンは直接このチームに関わりはない。厳密に言えばプロトンではロータスF1チームを運営するほどの資金は提供出来ず、フェルナンデスの極めて&#8221;個人投資&#8221;に近い形で運営されている、と考えるべきである。事実、&#8217;09年に発売された14年振りの新車&#8221;ロータス・エヴォーラ&#8221;は思うように売れず、結果的にプロトンに大きな損害を齎してしまった。従ってこのフェルナンデスのF1チームがロータス／プロトンから受けることが出来るのは技術的なメリットだけであり、事実上ロータスというブランド名のみを使用する新チーム、と考えるべきである。またチームはマシンや風洞テストの模様などをオフィシャル・サイトで公開しているが、いずれも1/2スケール以下のもの。現在チームは2月初旬の合同テストには参加せず、新車公開を2月中旬に予定していることから、マシン開発の遅れを指摘されている。</p>
<p>&#8230;..この4つの新チームの内、ロータス以外の3チームはマックス・モズレー率いるFIAの&#8221;新チーム参戦オーディション&#8221;に合格し、ローラ／マーチ／プロドライブらを蹴落とし、栄えあるF1チームとして認可された。そしてBMWザウバーの撤退発表を受け、言わば補欠としてロータスが参戦を認められた。その後ザウバーがチームの存続に向けて動き、トヨタの一方的な撤退もあって救済処置としてエントリーを認められ、このラインアップとなった。が、この裏には更に不気味な存在がある。それが&#8221;<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/f1-news_images/2009/12/2010-14.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ステファンGP</font></a>&#8220;である。</p>
<p>セルビアのエンジニアリング会社であるAMCOのCEO、ゾラン・ステファノビッチによるスレファンGPはFIAの参戦オーディションで落選したが、その後撤退の決まったトヨタのスタッフを勧誘し、独自にF1参戦への準備を進めて来た。そして彼らの動きはまるでいつでもF1に参戦出来る、いや今シーズンの開幕戦にさえ間に合わせてみせるというほどの姿勢と見て取れる。何故なら、ステファンGPは既にカンポスかUSF1の参戦が不可能と見て、本来トヨタTF110となった筈のマシンと<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-9.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">中嶋一貴</font></a>を擁し、空いた枠にエントリー申請する準備が出来ている、というのである。マシンは既にFIAクラッシュ・テストにも合格、仮に&#8217;10年の参戦が不可能でも&#8221;ルーキー・ドライバーのテスト・チームとしてのビジネス&#8221;を打ち出した。そう、参戦枠に入っていない、つまりコンコルド協定に左右されない彼らの自称&#8221;F1マシン&#8221;が、世界中何処のサーキットでいつ／どれだけ走ろうとも、FIAは何も言えないのである。そしてもちろん、もしも参戦予定の新チームに欠員が出れば、彼らはいつでも参戦出来る準備が整っている、というわけである。もちろん現実的にそんなに上手く行く筈もないが、新チームがこうした&#8221;底上げ&#8221;にあっているのもまた事実なのである。</p>
<p>新規参入4チームとウィリアムズは、&#8217;06年以来のF1復帰となるコスワース製V8エンジンを使用する。これは新規参入の条件として昨年モズレーが提唱したものであり、コスワース側は「強制ではない」と否定するが、事実上新規参入の絶対条件だった、と考えるべきである。ここで、F1に4年のブランクを経て復帰するコスワースの戦闘力を計る興味深いツールとして、名門ウィリアムズのコスワース使用、という要素がある。<br />彼らは昨年グリッド上で&#8221;最も非力なエンジン&#8221;と揶揄されたトヨタ・エンジンの性能に苦しみ、トリッキーなレース以外での活躍を諦めざるを得なかった。しかし、今シーズンのコスワースの&#8221;出来&#8221;に関してはこの名門チームと大ベテランであるバリチェロの存在がクローズ・アップされる。即ちウィリアムズが低迷するようであればコスワースの戦闘力に疑問符が付き、そうでなければ新規参入チームの戦闘力がダイレクトに解る、という考え方である。特に勝利経験を持つベテランのトゥルーリ／コヴァライネンを擁するロータス、グロックの乗るヴァージンあたりはウィリアムズとの比較に於いてそのマシンの潜在能力を開発力が露呈されることとなり、エンジン性能に責任を押し付けるわけには行かなくなるのである。</p>
<p>&#8230;..果たして、この4チームは&#8217;10年開幕戦バーレーンのグリッドに着き、最終戦アブダビまで残れるのか。そして第5のチーム、ステファンGPはどうなるのか。各チームの戦闘力／活躍に眼を向ける以前にこうした不安要素が明るみに出るのもまたF1ならではの特徴だが、彼らが今年コース上で素晴らしいレースを魅せてくれることを願おう。開幕まであと2ヶ月だ。</p>
<p><i>「新参チームがF1を変えてみせるよ！」／トニー・フェルナンデス（ロータス）</i></font></p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%ab%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%82%b5%e3%83%90%e3%82%a4%e3%83%90%e3%83%ab/">ニューカマー・サバイバル</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>何処より速いシーズン総括</title>
		<link>https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e4%bd%95%e5%87%a6%e3%82%88%e3%82%8a%e9%80%9f%e3%81%84%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%82%ba%e3%83%b3%e7%b7%8f%e6%8b%ac/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Nov 2009 16:09:58 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<br />
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<p>全17戦、長い&#8217;09年チャンピオンシップが遂に閉幕した。歴史的な偉業、眼を覆うような事故、興味深い人事&#8230;..今季も多くのトピックスを我々に与えてくれたF1世界選手権、最終戦アブダビGPが終わったば・・・</p>
<p class="list_more"><a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e4%bd%95%e5%87%a6%e3%82%88%e3%82%8a%e9%80%9f%e3%81%84%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%82%ba%e3%83%b3%e7%b7%8f%e6%8b%ac/">続きをみる</a></p>
<p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e4%bd%95%e5%87%a6%e3%82%88%e3%82%8a%e9%80%9f%e3%81%84%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%82%ba%e3%83%b3%e7%b7%8f%e6%8b%ac/">何処より速いシーズン総括</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a">全17戦、長い&#8217;09年チャンピオンシップが遂に閉幕した。歴史的な偉業、眼を覆うような事故、興味深い人事&#8230;..今季も多くのトピックスを我々に与えてくれたF1世界選手権、最終戦アブダビGPが終わったばかりにも関わらず、気の早いオレはその熱の冷めないウチにこうして書いてしまうのであった&#8230;..<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_top.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">no race, no life</font></a>時代からの名物（？）、筆者なりのシーズン総括。</p>
<p></font><font color="#3e6b3a" size="+1"><b>・各コンストラクター別総括</b></font><font color="#3e6b3a"></p>
<p><b>□ブラウンGP</b><i>／コンストラクターズ選手権1位（172点）</i><br />結局、なんだかんだ言ったところで彼らのやったことは&#8221;完璧&#8221;だった。<a href="http://www.honda.co.jp/F1/news2008/25/" target="_blank"><font color="#ff00ff">ホンダの突然の撤退</font></a>、マネジメント・バイアウト、メルセデス・ベンツ・エンジン搭載、合同テストでのトップ・タイム連発&#8230;..そして開幕戦での1-2フィニッシュ。我々は<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/10/post-14.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">歴史の目撃者</font></a>となった。近代F1に於いて、前年の選手権順位が8位（スーパー・アグリ途中撤退とマクラーレンのポイント剥奪による8位であり、実質的には10位相当）のチームから巨大資本が&#8221;逃亡&#8221;し、残ったメンバーがシーズン開幕直前にようやくタイヤが転がったようなマシンをダブル・タイトル獲得へ結びつけることなど、常識では考えられない。それをやってのけたブラウンGPは文句なく、今季のベスト・チームに値する。<br />逃亡者・ホンダの置き土産であるBGP001は素性／構造のいずれに於いても完璧な状態でシーズンをスタートした。<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/kers.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">KERS</font></a>非搭載／ダブル・ディフューザー仕様は今季のスタートに向けて完全な&#8221;勝者&#8221;を意味する。慌てたトップ・チーム達が告発の裏でそのコンセプトを真似し始めた頃には時既に遅く、前半7戦の貯金を上手くコントロールして最後までリードを守り切った。ロス・ブラウンは&#8221;出来そうもない無謀な挑戦&#8221;をいったいいくつ成し遂げて来たのか。但し&#8217;09年のダブル・タイトルがホンダの潤沢な資金によるBGP001開発から来る功績であることは否めず、&#8217;10年にこの強さを維持出来るのかは不透明。両ドライバーはGJと言って良い。バトンは自身初のタイトル獲得、最終戦でようやくプレッシャーから解き放たれた快走を見せ、久々の3位表彰台。1年間を&#8221;完璧&#8221;に締めくくった。</p>
<p><b>□レッド・ブル</b><i>／コンストラクターズ選手権2位（153.5点）</i><br />当たり前だが、もしもブラウンGPのサプライズな参戦〜活躍がなければダブル・タイトルは彼らのものだった。チーム在籍4年目となる<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_03.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">エイドリアン・ニューウィー</font></a>のRB5はレッド・ブルを確実に勝利を狙えるチームへと導き、あと少しでブラウンGPを脅かすところまで来た。むしろ逆に、レッド・ブルとしては今季ここまで強いライバルが存在することを想定していなかっただろう。それほどまでに彼らの速さは際立っていた。残念だったのはルノー・エンジンのトラブル多発により、多くのポイント・チャンスを失ったこと。今季の<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-11.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">エンジン使用制限数レギュレーション</font></a>にも振り回され、シーズン前半にライバル・ブラウンGPの独走を許す形となってしまったのが最大の敗因。実際、ヴェッテルがポール・ポジション5回／4勝、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マーク・ウェバー</font></a>がポール・ポジション1回／2勝と、合わせれば予選トップ6回／6勝となり、ポール・ポジション獲得回数はブラウンGPを上回っている。では両チームの決定的な差は何だったかと言えばリタイア数である。ヴェッテルはリタイア3回／無得点2回、ウェバーはリタイア2回／無得点5回。速さは持ちながら、強さに結びつかなかったのが今季のレッド・ブル躍進の裏の、唯一の欠点だった。しかし最終戦アブダビでの1-2は、確実に来季彼らが選手権をリードするアドバンテージを有していることを証明している。</p>
<p><b>□マクラーレン</b><i>／コンストラクターズ選手権3位（71点）</i><br />ロン・デニスが秘蔵っ子の<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/vol02.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ルイス・ハミルトン</font></a>の王座獲得を見届けて勇退し、マーティン・ウィトマーシュ体制1年目となったマクラーレンはフェラーリ同様厳しい選手権スタートとなった。開幕戦オーストラリアでハミルトンがセーフティ・カー導入時の動きと、その調査に於けるFIAへの供述でディレクターのデビッド・ライアンの指示で事実とは異なる証言を行ったために失格、これでライアンはチームを去る。つまらないミスでスタート・ダッシュをくじかれたマクラーレンMP4-24は迷走、ダーク・ホース・チームの先行を横目で見るしかなかった。しかしシーズン折り返しの第9戦ドイツGP頃からマシンのモディファイが進むと、徐々にハミルトンが本来の速さを見せ始め、結果第10戦ハンガリー、第14戦シンガポールと勝利。結果ラスト7戦で4ポール・ポジション／2勝の活躍。反面チーム・メイトのヘイキ・コヴァライネンは王者の影で低迷し、表彰台フィニッシュゼロ。今季いっぱいでのチーム離脱が決定してしまった。<br />しかしシーズン中にマシン開発の遅れを取り戻すという、名門ならではの流れは流石だった。往年のライバルであるフェラーリが早期に今季のタイトル争いを諦め、丁度同じ時期に&#8217;09年型車のモディファイを諦めたのを見た上で差をつけて見せた。この差が来季のマシン開発に出るのかは解らないが、コース上のでのテストが出来ない状況の中、前半戦最高位4位のマシンを勝利に導くのはプロ中のプロの成せる業だった。</p>
<p><b>□フェラーリ</b><i>／コンストラクターズ選手権4位（70点）</i><br />何もかもが思い通りにならない、チグハグなシーズンを送ってしまったフェラーリ。開幕からKERSとディフューザー問題に絡み新車F60のの出遅れが重大な問題となり、大金を注ぎ込んでようやく勝利を掴めるところまで進化して来た頃には、昨年タイトルを争ったフェリペ・マッサが<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/forza-felipe-siamo-con-te.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">第10戦ハンガリーGPでの怪我</font></a>で戦線離脱。代わりに10年振りのF1ドライヴとなったテスト・ドライバーの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-8.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ルカ・バドエル</font></a>の成績は散々、更にバドエルと交代した名手ジャンカルロ・フィジケラをもってしても、フェラーリF60は操縦困難な特殊なマシンだった。そんな状況で勝利してみせたキミ・ライコネンはさすがだが、&#8217;10年のフェルナンド・アロンソ獲得劇の裏で&#8217;07年王者のライコネンを手放す決断はマラネロらしい出来事。シーズン中に&#8221;今季のマシン開発は途中終了宣言&#8221;を出し、アロンソ／マッサのコンビとなる&#8217;10年用新車の開発に力を入れたのは、今季のブラウンGPの活躍を見たからに他ならない。<br />若きチーム・リーダー、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/post-1.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ステファノ・ドメニカリ</font></a>の采配はまだ磨きを掛けている最中であり、それだけトッド／ブラウン／シューマッハー時代が如何に強固な団結力に基づいていたかを物語る。結局今季最も課題となったのはサード・ドライバーの存在意義で、ろくにテストも出来ない現在のレギュレーションの中、既に現役を退いて10年となるバドエルを起用せざるを得なかったチーム体制が問われる。もっとも、フェラーリは新人育成機関ではない。あくまでも勝利を課せられた名門である以上、この問題は解決しそうにない。</p>
<p><b>□トヨタ</b><i>／コンストラクターズ選手権5位（59.5点）</i><br />今年も未勝利コンストラクターのまま8年目のシーズンを終えたトヨタ。しかし今季は出だしからある程度新車開発の実りある速さを見せた。各トップ・チームがKERS／ディフューザー問題で揺れる中、第4戦バーレーン予選ではフロント・ロウを独占、このまま初勝利かと思われたがシーズン中盤にかけて徐々に低迷、更に<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/06/ff.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">FIA対FOTAの論争</font></a>の中で今季いっぱいでのF1撤退が囁かれる中、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/06/post-5.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">富士スピードウェイでのF1開催中止</font></a>を決定。トヨタ本社の役員会を待たずして来年度予算を決められないという状況を招いたが、第14戦シンガポール、第15戦鈴鹿での快走／2位に豊田章男社長も心から嬉しそうな笑顔を見せた。しかしその反面、ヤルノ・トゥルーリ／ティモ・グロックの両ドライバー共に来季の契約を行わないことがジョン・ハウェットの口から早期に明るみに出て、複雑な内情と先行きの不安は露呈してしまった。鈴鹿フリー走行デビューの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/post-2.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">小林可夢偉</font></a>は第16戦ブラジルでの走りが多くのドライバーから&#8221;危険&#8221;と反感を買ってしまったが、最終戦アブダビではクリーン・ファイトで常に1ストップ勢のトップを快走し、デビュー僅か2戦目でトゥルーリを食って6位初入賞。海外メディアも可夢偉の能力を高く評価し、来季のドライバー人選が不透明なトヨタにとっては、非常に大きな要素となる筈である。</p>
<p><b>□BMWザウバー</b><i>／コンストラクターズ選手権6位（36点）</i><br />昨年末のホンダ撤退発表以降「次は誰が？」と言われていた世界的不況の波の次なるターゲットはBMWだった。7月29日、今シーズンいっぱいでの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/bmw.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">F1からの撤退を発表</font></a>。当然レース現場の多くが寝耳に水でこの報を聞き、一旦はチーム消滅の危機に瀕するも、マリオ・タイセン／<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_73.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ペーター・ザウバー</font></a>らの&#8221;根っからレース屋&#8221;達は来季以降のチーム存続に手を尽くした。が、現状彼らは&#8221;14番目&#8221;のチームでしかなく、来季の参戦は不透明なまま。<br />今季、全チームの中で最もKERSを推進して来た彼らにとって、まずシーズン開幕からお目当てのKERSがまともに闘える状態ではなかったことも親会社の決断に繋がった筈で、昨年のカナダGPでのロベルト・クビサ／<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニック・ハイドフェルド</font></a>による1-2フィニッシュが遠い過去のものに感じるシーズンとなってしまった。前半戦でハイドフェルド（第2戦マレーシア）がラッキーな2位、後半では第16戦ブラジルでクビサが&#8221;守りに入ったチャンピオン候補&#8221;を尻目にアグレッシヴに攻めて2位。結局最終年は未勝利のままF1を去ることとなってしまった。<br />既にクビサはルノー行きを決め、ハイドフェルドも残留という選択肢を持っていないと見られ、チームの将来には相変わらず暗雲が垂れ込めている。&#8221;BMWワークス&#8221;の挑戦は僅か4年／70戦で終わった。さよならBMW。ドイツの雄は静かにF1サーカスを去る。</p>
<p><b>□ウィリアムズ</b><i>／コンストラクターズ選手権7位（34.5点）</i><br />参戦32年目を迎えた老舗・ウィリアムズは今季あらためて「我が道を行く」姿勢を高らかに宣言した。まずひとつはFIAとFOTAの激闘に於いて、全チームに先んじてFIA側の予算案／レギュレーションを受け入れ、参戦確約の署名を行ったこと。これによりウィリアムズは便宜上一旦はFOTAを離脱。続いてトヨタとの&#8217;10年までのエンジン供給契約を1年前倒しで破棄し、来季のコスワース使用を名言。更にBMWザウバーを巡る14チーム妥協案に於いても彼らだけがNoの姿勢を取った。トロ・ロッソやかつてのスーパー・アグリを巡る&#8221;オリジナル・コンストラクターのみがF1参戦資格を持つ&#8221;という議論に於いても、ウィリアムズはいつもそのポリシーに従って歩んで来た。<br />今季は全17戦中11入賞／リタイア1、という安定性を誇る<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニコ・ロズベルグ</font></a>に対し、フル参戦2年目の<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-9.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">中嶋一貴</font></a>は予選順位を挽回出来ずトップ10フィニッシュ僅かに2回／結局無得点と低迷。予選での&#8221;壁&#8221;の前に屈し、重い燃料で我慢のレースを強いられた一貴にも言い分はあるだろうが、ここまでチーム・メイトとの間に差が出来てしまっては言い訳も効かない。トヨタとの決別もあって、ウィリアムズ在籍最後のシーズンとなる。</p>
<p><b>□ルノー</b><i>／コンストラクターズ選手権8位（26点）</i><br />例え今季のルノーがどれだけのパフォーマンスを繰り広げたとしても、ネルソン・ピケJr／フラビオ・ブリアトーレ／パット・シモンズによる&#8221;<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-10.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">クラッシュ・ゲート事件</font></a>&#8220;抜きに&#8217;09年シーズンを語ることは出来ないだろう。この事件によりブリアトーレはF1から追放され、シモンズは5年間のパドック立ち入り禁止処分を受け、チームは大口スポンサーであるINGをシーズン半ばにして失った。<br />ルノーの今季の最高成績は第10戦ハンガリーでのポール・ポジション獲得と第14戦シンガポールでの3位表彰台、いずれもエース、アロンソの仕事である。前半戦のチーム・メイトのピケJrと解雇後の代役であるロマン・グロージャンは共にノー・ポイント。そしてアロンソは日本GP前に来季のフェラーリ移籍を発表、途中デビューのグロージャンはブリアトーレの&#8221;置き土産&#8221;でしかなく、来季も引き続きルノーのレギュラー・シートを得るとは考え憎い。既に来季のクビサ獲得を発表しているが、大口スポンサー問題も含め、得るものは何もなかった／むしろ多くを失ったシーズンと言える。更に現在ルノーはクラッシュ・ゲート事件で2年間の&#8221;執行猶予期間中&#8221;でもあり、&#8217;10年以降のチーム運営に期待出来るとはお世辞にも言えない。</p>
<p><b>□フォース・インディア</b><i>／コンストラクターズ選手権9位（13点）</i><br />何と言っても第12戦ベルギーGPでのフィジケラの快走に尽きる。特殊なハイ・スピード・サーキットであるスパ・フランコルシャンでメルセデス・エンジンを限界までブン回して獲ったポール・ポジションと、フィニッシュ・ライン直前まで続いたフェラーリ／ライコネンとのテール・トゥ・ノーズのバトルによる2位表彰台は称賛に値する。このレースを最後にフィジケラがフェラーリへと移籍したあとも<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/vs.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">エイドリアン・スーティル</font></a>が負けじと奮闘し、続く第13戦イタリアGP／モンツァでは最速ラップを樹立。その後もフォース・インディアは決して特殊なコースのみではなく何処でも安定した速さを見せ始め、メルセデス・ベンツ／マクラーレンとの提携も功を奏し、テール・エンダーからの脱却は果たしたかに見えた。しかし全チームが初レースとなる最終戦アブダビでの低迷が少々気にかかり、今後は年間を通じたマネージメント能力が問われる。</p>
<p><b>□トロ・ロッソ</b><i>／コンストラクターズ選手権10位（8点）</i><br />昨年セバスチャン・ヴェッテルの手で、ミナルディ時代からの長き未勝利コンストラクターの記録を破り、堂々の中堅チームへの仲間入りを果たしたトロ・ロッソだが、問題は&#8221;兄貴分&#8221;にあたるレッド・ブルとのデータ交換／運営サポートが今後も可能なのか、それともデートリッヒ・マテシッツはFOTAの一員としてチームを売却するのかが未だ不透明なままなのがネックである。<br />今季の新車であるSTR04は昨年の勢いを保つことが出来ず、再び下位に低迷することが多くなった。ドライバーも新人揃いとなり、経験豊富なベテラン不在のまま、まさにレッド・ブルの新人育成チームとしての機能を果たすに留まっている。シーズン開幕前にはヴェッテルに代わるドライバー・オーディションに佐藤琢磨も参加したが、群を抜く速さを見せながらも経済的理由で参戦成らず。しかしレッド・ブル・グループの育成ドライバーであるセバスチャン・ブエミは初年度ながらシーズンを通じて速さを見せ、インディ・チャンピオンである先輩のセバスチャン・ブルデーを凌駕。そのブルデーの解雇劇は後味の悪いものだったが、後任となったハイメ・アルグエルスアリとブエミのコンビは確実に成長を見せたシーズンと言える。特にシーズン後半の若きエース、ブエミの成長は著しかった。しかしこのままトロ・ロッソがレッド・ブルのセカンド・チームであり続けられるかどうかはFOTA加盟全チームの承認にかかっている。</p>
<p></font><font color="#3e6b3a" size="+1"><b>・&#8217;09年F1世界選手権／10大ニュース編</b></font><font color="#ff0000"></p>
<p><b>■第1位:ブラウンGPの歴史的偉業／バトン初タイトル獲得</b></font><font color="#3e6b3a"><br />文句ナシ。60年に及ぶF1世界選手権の歴史の中で、これほど衝撃的な開幕戦は観たことがない。&#8217;79年の<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_54.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">リジェ</font></a>（ジャック・ラフィー／パトリック・デパイエ）、&#8217;98年のマクラーレン（<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_52.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ミカ・ハッキネン</font></a>／デビッド・クルサード）でもここまでの衝撃には及ばなかった。確かに潤沢な資金を誇るホンダの置き土産ではある。が、それを載せたばかりの他メーカー製エンジンで開幕数週間前にようやく動き始めたマシン／チームが出来る現実的な範囲を越えている。もちろんロス・ブラウン／ニック・フライにはそれだけの勝算があってこそのマネジメント・バイアウトだったのだろうが、Virginによる1戦ごとの安価スポンサー制と、資金カットで給与50％オフを受け入れたベテラン・ドライバーが成し遂げたという事実がこの結果を更に引き立たせる。開幕から7戦で6勝を挙げた29歳／10年目のベテラン、バトンは初のタイトル・プレッシャーにシーズン中盤から押しつぶされそうだったが、最終的には策士ロス・ブラウンのソツのない&#8221;年間計画&#8221;により無事タイトル獲得。全てに於いて流石が、と唸るしかなかった。<br />ホンダはどのような想いで観ていたか。無理してでもあと1年続けるべきだったと後悔しているのは想像に難くない。が、ホンダは口が裂けてもそうは言わないだろう。多くのホンダ・スタッフ達は今&#8221;エコロジー&#8221;というジャンルの中で「オレ達のクルマは速い／間違っていなかった」と、心の中で拳を握りしめている筈である。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第2位:ルノー、クラッシュゲート事件が明るみに</b></font><font color="#3e6b3a"><br />近年、ふたりのドライバーによる&#8221;チーム・プレイ&#8221;はF1に於いてミハエル・シューマッハーを巡るチーム・オーダーによって問題視され、レース・ドライバーはコース上では明らかに&#8221;正々堂々と&#8221;闘わなくてはならなくなった。その風潮も一段落し、どちらかのドライバーが選手権を争う後半戦に於いてのみ、もう一方のドライバーの&#8221;アシスト&#8221;が公然と認められる状況となっていた。<br />そんな中で&#8221;チーム・メイトを勝たせるために意図的なクラッシュを強要された&#8221;というネルソン・ピケJrの告白はパドックに激震を走らせた。&#8217;08年第14戦シンガポールGPで、ピケは自身の契約を握るマネージャーでもあるブリアトーレとディレクターのシモンズからマシン撤去に手間のかかる位置でのクラッシュを周回数を指定の上で強要、軽い燃料を積んでピット作業を済ませたばかりのエース、アロンソが他車が一斉にピット・インする間にトップに立つ、というシナリオである。かくしてその作戦は上手く行き、アロンソは&#8217;08年初勝利を挙げた。<br />このまま当事者が黙っていればそのまま暗黙されたこの事実を、結局今季途中でチームを解雇されたピケがFIAに告発、ブリアトーレはシラを切ったがシモンズは「提案はピケ自身から」と苦し紛れに証言し、少なくとも意図的なクラッシュが事実だったという衝撃が世界中を駆け巡った。これによりルノーにとってチーム始まって以来のスキャンダルとなり、競争力向上どころではなくなった。事件発覚後の第14戦シンガポールGP／奇しくも問題のレースと同じ場所で3位となったアロンソは「このリザルトをブリアトーレに捧げる」と発言して更に問題となり、まだまだこの事件の余波は続きそうである。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第3位:BMW撤退</b></font><font color="#3e6b3a"><br />昨年のリーマン・ブラザース破綻に端を発した世界不況の波は自動車業界を直撃し、F1からはまずホンダが撤退、パドックでは今季中にもう1〜2チームがF1を去るかも知れないという憶測が流れ、結局ドイツの雄・BMWがその決断をした。今季新投入のKERS最大推進派だったBMWはそのKERS開発で遅れを取り、マクラーレン／フェラーリの先行を許した。現状のチーム力と先行きを吟味した結果、BMW上層部は短期でのチーム力アップ〜タイトル獲得は不可能と判断、ようやくBMWワークスとして手に入れた昨年の第7戦カナダGPでの1-2勝利から僅か1年、長期的に見れば&#8221;ほんの一瞬の低迷&#8221;によって全てを失ってしまった。同時に、常にライバルとして来たドイツのもう一方の雄、メルセデス・ベンツに対しての完全な&#8221;白旗宣言&#8221;でもあり、眼の前に提示されたパジェット・キャップ案を以てしても、自動車業界の深刻な不況の前にはどうにもならなかったのである。<br />最終戦アブダビGPではクビサが&#8221;MANY THANKS TO BMW SAUBER F1 TEAM&#8221;とペイントされたヘルメットを使用。チームそのものの存続の可能性はまだ残されているが、そこにもうBMWはいない。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第4位:FIA vs FOTA／バジェットキャップ案</b></font><font color="#3e6b3a"><br />「&#8217;10年シーズンからチームの年間予算の上限を4千万ポンド（約59億円）とする。それを守れるチームにはいくつかの特典があるが、守らないチームには規制を厳しくする」<br />この、FIAが発表した現状を考えればあまりにも突然で無茶な規定に反発したF1チーム連合、FOTA。彼らはテスト回数や年間を通じたエンジンやギア・ボックス使用量など、案を受け入れるチームとそうでないチームとで異なるレギュレーションが存在することに猛反発し、これまで年間数百億円を投資して来たトップ・チームが中心となって&#8221;F1からの離脱／新シリーズ立ち上げ&#8221;がブチ上げられた。もっともこうした争いは延々と続いているのだが、今回は世界的な不況下に於けるモーター・レーシングの在り方とも関連し、久々に深く長い論争となった。最終的に合意基準は&#8221;数年以内に&#8217;90年代初頭レベルに予算を下げることを目標とする&#8221;という曖昧なものとなったが、これにより&#8217;10年に新規参入するUSGP／カンポス／マノー、そしてBMWザウバーの撤退／コンコルド協定非署名により繰り上がりとなったロータスらの新規参入チームの参戦費用に負担がかかることも事実である。現状、この4チームが本当に&#8217;10年開幕戦のグリッドに着けるのかどうか、誰にも解らない。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第5位:フェラーリ／マッサ長期離脱で混乱</b></font><font color="#3e6b3a"><br />たった800グラムの&#8221;デブリ（破片）&#8221;。それが、ひとりのレーシング・ドライバーを死の危機に晒してしまった。第10戦ハンガリーGP予選Q2、好調なマッサは最後のアタックの前のインスタレーション・ラップを刻んでいた。が、彼のフェラーリF60はターン4を曲がらず、そのままタイア・バリアに激突。前方でバリチェロのブラウンGPのマシンから飛んで来たパーツがマッサのヘルメットを直撃し、気を失ったマッサはそのままバリアに突っ込んだのである。マッサはヘリコプターで病院へと搬送され、頭蓋骨骨折の診断を受けた。<br />これにより、昨年最終戦までタイトルを争ったドライバーがレース現場からの長期離脱を余儀なくされたフェラーリは、急遽次戦からミハエル・シューマッハーの復帰を模索。しかしシューマッハーはバイクで負った首の怪我の影響で出場を断念。やむなく&#8217;99年のミナルディを最後にレース・ドライバーを退き、フェラーリのテスト・ドライバーとして10年間マシン開発に従事して来た38歳のルカ・バドエルを起用。しかしバドエルはそのブランクからか相性からかライコネンを比べて全く戦闘力を持たず、第11戦ヴァレンシア／第12戦ベルギーと連続して最後尾に低迷。結局フェラーリはそのベルギーGPで下位チームであるフォース・インディアでポール・ポジションを獲得し、決勝でも勝ったライコネンを追い回して2位となった現役のベテラン、ジャンカルロ・フィジケラをバドエルと交代させた。<br />が、ここからが興味深かった。&#8221;全てのイタリア人の夢&#8221;である悲願のフェラーリ入りを叶えた名手フィジケラを以てしても、フェラーリF60は下位に低迷した。本人言わく「これほどドライヴが難しいマシンとは思わなかった」&#8230;..結局、確かにバドエルはブランクと実力で惨敗したかも知れないが、マッサやこのマシンで勝利してみせたライコネンは相当特殊なドライヴィングを強いられていたということでもある。フィジケラは来季の現役引退／フェラーリのリザーブ・ドライバー就任を受け入れるとしているが、結局結果を残せずに&#8221;フェラーリ・ドライバー&#8221;という事実のみで、本当にフィジケラがレース現場を離れられるのかどうかは解らない。そして、今最もこの難解なマシンを乗りこなしているライコネンは今季いっぱいでチームを離脱。更にこの長いブランクによるマッサへの影響、来季満を持して迎えるアロンソとフェラーリとの相性も、現在のところ不透明なままなのである。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第6位:FIA会長交代</b></font><font color="#3e6b3a"><br />任期18年間、その間に彼が行って来た功績は計り知れない。FIA会長、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/post-6.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マックス・モズレー</font></a>が遂に引退、新たに<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/post-6.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジャン・トッド</font></a>が会長に任命された。&#8217;91年、まだFISA当時、独裁家<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/post-6.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジャン・マリー・バレストル</font></a>からその役職を奪ったモズレーの仕事は、任期4年目の&#8217;94年に激しく動くことになる。第3戦サンマリノGP、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_98.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ローランド・ラッツェンバーガー</font></a>、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_21.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アイルトン・セナ</font></a>の死亡事故発生。12年振りに起きたF1グランプリ中の悲劇にF1は揺れ、FIAは進化し過ぎたハイテク・マシンと危険なサーキット・レイアウトという問題と直面し、それでいて高速バトルのないレースは人気の低迷を招く要因ともなり、FIAはその狭間で苦悩し、モズレーは厳しいレギュレーション規制を行って来た。結果、それ以降モズレーの任期期間の間にドライバーの死亡事故は起きていない。激動の時代をコントロールして来たモズレーの功績は称賛に値する。<br />反面、モズレーはスキャンダルにも揺れた。あまりにも有名な昨年のナイト・スキャンダルでは敵対するF1チーム関係者の密告疑惑が浮上、チーム連合からモズレーに対し、明らかな&#8221;攻撃&#8221;が始まった。それは今季のバジェット・キャップ案を巡る論争にも影響を与え、いくつかのチーム代表者がモズレーを罵倒。世間的な目線では今回の会長退職はある程度&#8221;騒ぎの責任を取った&#8221;という見方も可能だが、レースの安全性を高めて来たモズレーに拍手を贈ると共に、新たなリーダーとなるジャン・トッドの幸運を祈る。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第7位:KERS登場</b></font><font color="#3e6b3a"><br />本来、エコロジーとF1は完全に相反するものである。いくら時代がエコに向えども、ガソリン消費しながら金のかかったレーシング・カーを見せ物として世界を転戦することがその目的とは結びつかないことは、昨年いっぱいで撤退したホンダが良く知っている。が、そんなF1グランプリに「市販車への応用可能なエコロジー・システムを」と導入されたのが運動エネルギー回生システム、すなわちKERSである。コーナーなどでのブレーキング時に発生するエネルギーを蓄積し、ストレートで爆発的な瞬発力を出す、簡単に言えば&#8221;スピード・アップ・ボタン&#8221;の存在である。もちろんF1では初投入。ところが、このKERSが厄介だった。<br />まず、重い。それまで軽いマシンにバラストを使って重量配分のコントロールが可能だったのがコイツのせいでそうも行かなくなり、コーナーでのマシン挙動にとてつもない悪影響を及ぼした。そして、1周に1回しか使えない。後方にピッタリと着いて来る自分より速いマシンに抜かせないために、最終コーナーでスイッチ・オンするだけの道具となり、これさえなきゃもっと速いマシンが作れたんじゃないか、というジレンマ。全チーム中最もこのKERSを推進して来たのは、最もKERS開発の遅れたBMWだったというのも皮肉なハナシである。結局マクラーレン／フェラーリだけがシーズンを通してKERSを&#8221;熟成&#8221;、スタート〜1コーナーへの飛び込みでライバルをオーバー・テイクする、という使用方法でいくつかの好成績をモノにし、第10戦ハンガリーではマクラーレンのハミルトンがF1史上初のKERS搭載車による勝利を挙げた。が、現在今後のKERS使用に関しては廃止か標準装備案かで揺れ動いている途中であり、更にトヨタは「KERS開発は市販車の方が先で上、F1での開発から得るものは何もない」とこき下ろし、決してFIAの目論んだ&#8221;F1のエコロジー化&#8221;には繋がらなかった。来季は廃止か、FIAによる標準機となるか未だ未定。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第8位:トヨタ、日本GP富士スピードウェイ開催中止</b></font><font color="#3e6b3a"><br />&#8217;76、&#8217;77年の日本初開催を経て、長く鈴鹿のものだったF1日本GPの開催地を、トヨタが再び富士に奪い返したのが&#8217;07年。2度の開催経験は完全に過去のものであり、全く別の近代ヘルマン・ティルケ・サーキットへと生まれ変わった富士はゼロからの出発となった。そしてその初回、豪雨に見舞われた富士でお粗末なイベント運営が露呈される。<br />走り去るマシンが観えないスタンド、トヨタ以外の応援フラッグ禁止、送迎バスのみのチケットアンドライド方式による観戦と&#8221;想定外の&#8221;豪雨による混乱。が、本当の問題はこれらではない。問題は、その対処法にあった。現在も裁判続行中のこの件に関して詳しいことは書かないが、そもそも貴方達にとってF1とは何なのかを問わなくてはならないお粗末なイベントだった。その反省も含め、2年目の&#8217;08年は相当な準備を行ってイベントそのものは上手く行った。が、トヨタはこの&#8221;リベンジ開催&#8221;にかかった費用を計算した上で「経費の問題」として既に契約下にあったF1開催を途中で投げ出したのである。<br />トヨタは何をしたかったのか。右も左も解らぬまま&#8217;64年にオリジナル・マシンで世界に挑戦し、その後F2で培った技術とレーシング・スピリットで最高のエンジンを作って欧州を席巻し、そして20年という歳月をかけて国内レース・ファン、更に多くのF1ドライバーにとって最大のイベント&#8221;鈴鹿の日本GP&#8221;を作って来たホンダの功績を、たった2年で安く出来るとでも思っていたのか？。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第9位:鈴鹿サーキット3年振り開催</b></font><font color="#3e6b3a"><br />&#8230;..ホンダと富士の撤退を受け、ほとんど消去法のように今年<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/10/gp-1.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">鈴鹿サーキット</font></a>での日本GPがカレンダーに復活した。が、主役の不在と低迷する日本人ドライバーがネックとなったか、周囲の期待を裏切り観客席は満員とはならなかった。レースそのものは&#8221;初鈴鹿&#8221;となるドライバーが8人と半数近くを占め、新装となった東コース路面と旧路面のままの西コースでトリッキーなコース特性となりクラッシュが続出、トヨタのティモ・グロックは残りレース全てを欠場するほどの重傷を負った。イベント運営そのものは流石の出来、これからの新しい日本GPの歴史を作るために、我々も今以上の努力が必要となることを痛感した。</p>
<p></font><font color="#ff0000"><b>■第10位:STINGER-magazine創刊</b></font><font color="#3e6b3a"><br />&#8230;..まあ、お約束っちゃあお約束だけど（爆）、この御時世、それこそホンダ／富士／BMWと去って行ったこのタイミングで「皆にF1の魅力を伝えたい！」と奮起し、<a href="http://www.f1-stinger.com/magazine/index.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">F1雑誌を創刊</font></a>した<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/yamaguchi_masami/" target="_blank"><font color="#ff00ff">村長&#8230;..じゃなかった、編集長</font></a>の熱意たるや尋常じゃナイ。おかげさまでオレもF1ライター・デビューを飾らせて頂き、こうして一方通行な情報発信を続けられるのも皆山ちゃんのおかげ。感謝すると同時に、皆様今後ともSTINGERを宜しくお願いします！。</p>
<p><i>「もっとシーズンが長ければ良かったのに！」@&#8217;09年アブダビGP優勝記者会見／セバスチャン・ヴェッテル</i></font></p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e4%bd%95%e5%87%a6%e3%82%88%e3%82%8a%e9%80%9f%e3%81%84%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%82%ba%e3%83%b3%e7%b7%8f%e6%8b%ac/">何処より速いシーズン総括</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>理不尽エンジン布陣</title>
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		<pubDate>Sat, 26 Sep 2009 06:53:03 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<br />
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<p>いよいよ&#8217;09年シーズンも残り僅か。ここスクイチで取り上げて来た幾つかの話題の内、FIAvsFOTAの熾烈な闘いは結局どっちもちょっとずつ譲歩して丸く収まり、大クラッシュから奇跡の生還を遂げたフェラーリ／フェ・・・</p>
<p class="list_more"><a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e7%90%86%e4%b8%8d%e5%b0%bd%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%82%b8%e3%83%b3%e5%b8%83%e9%99%a3/">続きをみる</a></p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a">いよいよ&#8217;09年シーズンも残り僅か。ここ<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/" target="_blank"><font color="#ff00ff">スクイチ</font></a>で取り上げて来た幾つかの話題の内、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/06/ff.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">FIAvsFOTAの熾烈な闘い</font></a>は結局どっちもちょっとずつ譲歩して丸く収まり、大クラッシュから<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/forza-felipe-siamo-con-te.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">奇跡の生還を遂げたフェラーリ／フェリペ・マッサ</font></a>の代役は残念な結果に終わった<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-8.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ルカ・バドエル</font></a>からジャンカルロ・フィジケラとなり、ルノーの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/09/post-10.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">クラッシュ・ゲート事件</font></a>は若干拍子抜けの執行猶予付き判決＋フラビオ・ブリアトーレの永久追放が決定。もちろん毎年毎年が激動のシーズンと思って30年以上観て来たけど、まあ今年ほどなのはちょっと珍しい。しかも撤退や離脱、スキャンダルなんていう残念なニュースが多いのも特徴。それがなんでかっつーとそりゃ世界が金融危機に直面してるからで、そんな時にはどうしたって明るい要素は表に出て来ようがない。我々も<a href="http://www.honda.co.jp/news/2008/c081205.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ホンダ</font></a>を失い、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/bmw.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">BMW</font></a>を失い、危うく選手権そのものをも失いかけ、あげくにF1チームの&#8221;顔&#8221;とも言える人物と、キャリア28年の名ディレクターをも失った。いや、これによってルノーは社会的信用をも失ったことになる。考えてみると、新たに得たものに比べれば、やけに失ったものの目立つシーズンと言える。</p>
<p>さて、裏の話題にばかり気を取られてちゃいけない。何しろ、肝心のチャンピオン・シップがいよいよ大詰め。残り4戦、余裕のブラウンGPか、起死回生のレッド・ブルか。それともまた新たなウィナーが誕生してグランプリを席巻するのか。しかし、今年の選手権は、ただ強いとか速いとかだけでは決しない。シーズン後半、既に守りに入ったブラウンGPと、速さを武器に追うレッド・ブルには大きな大きく異なる要素がある。その原因はエンジンの年間使用制限数である。</p>
<p>&#8217;92年第15戦日本GP。その年限りでF1活動を休止するホンダは有終の美を飾ろうと鈴鹿予選限定スペシャル・V12エンジンをマクラーレンに投入、既にWタイトルを決めていたライバルのウィリアムズ・ルノーはこれを受けて立ち、こちらも鈴鹿スペシャル・V10エンジンを持ち込んで応戦した。どちらも決勝レースでは使用しない、ライフは短いが爆発的なパワーを発揮するエンジンである。たった1度の予選のために両陣営が掛けたテクノロジーと労力、そして金額がいったいどれほどのものだったのかは、これが所謂&#8221;バブル景気時代&#8221;のものである以上、不明確である。<br />こうしたエンジン開発／使用が限りなく無制限だった&#8217;90年代を経てF1エンジンは徐々に制限され、&#8217;00年に10気筒、&#8217;06年には2.4リッター／8気筒に統一。また使用エンジン数も、&#8217;04年に1レース1エンジン、翌&#8217;05年には2レース1エンジンとなり、今年は遂に年間8基制限となった。つまり、現在各ドライバーが1シーズン中に使用出来るエンジン数は8基まで。全17戦で争われる&#8217;09年シーズンに於いて、これはエンジン1基につき2レース以上を走らなければならないことを意味する。当然、この中には金曜からの3回のフリー走行、予選、決勝レースが含まれるので、予定外の要素、例えば卸したての新品エンジンが初日のフリー走行で壊れてしまったら、それは当該グランプリだけではなく、シーズン全体の予定をパーにしてしまうのである。もちろん、使用済だが壊れていない&#8221;中古エンジン&#8221;を再投入することは可能だが、壊れてしまったエンジンを修理して使用することは許されない。そして、やむなく9基目を投入する場合、そのドライバーには予選10グリッド・ダウンというペナルティが課せられる。よって、せっかく勝てるパッケージ／セッティングのサーキットでもエンジンを労るか、後方グリッドからのスタートを選ぶか、という決断を迫られてしまうのである。<br />先日のスパ・フランコルシャン（ベルギー）やモンツァ（イタリア）のような高速サーキットで、レッド・ブルはもうひとつ攻めきれなかった。反対にブラウンGPは余裕を持って予定通りの作戦で結果を出した。何故なら、ドライバーズ・ランキング3番手に付けていたセバスチャン・ヴェッテルは第13戦イタリアGP時には、既に最後のエンジンである8基目を使用せざるを得なかったのである。エンジンへの負担が大きい高速サーキットでエンジン数が残り少なくなった彼らに出来ることは、フリー走行での周回数を減らしたり、予選アタックを1発で決めるなどのリスキーな戦略となる。もっと極端に言うなら、レース後半にポイントの穫れそうもないポジションにいたなら、そのレースを諦めてエンジンを温存することすら選択肢となる。</p>
<p>いったい何故こんなレギュレーションが存在するのか、の理由は簡単明瞭、コスト削減である。巨大メーカーが各レース毎に予選用／決勝用にニュー・エンジンをガンガン投入すると、当然膨大なコストがかかる。これを無くし、全てのチームに共通する使用制限を設けることで不公平さをなくすこと、これがFIAの狙いである。そして、その不公平さの解消を目的に導入された制度により、レッド・ブルは&#8221;速いのに攻められない&#8221;という不公平さと闘わなくてはならなくなった。特にシーズン後半に設けられたスパ〜モンツァの高速2連戦、更に全開区間の長い鈴鹿（日本）／インテルラゴス（ブラジル）も控えている。そこで既に8基のエンジンを使用済みのドライバーは、もはや通常の作戦でレースに勝つことは不可能なのである。</p>
<p>&#8217;09年シーズンのF1のグリッドに並ぶエンジンはフェラーリ／メルセデス・ベンツ／BMW／ルノー／トヨタの5種である。最多搭載数はメルセデス（マクラーレン／ブラウンGP／フォース・インディア）の3チーム、続いてルノー（ルノー／レッド・ブル）、フェラーリ（フェラーリ／トロ・ロッソ）、トヨタ（トヨタ／ウィリアムズ）が2チーム、ワークスのみのBMWが1チーム、という構図となっている。この中で選手権をリードし、速さと信頼性で群を抜いているのがメルセデスであることは疑いようがない。何しろ<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/post-3.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">序盤のブラウンGPの独走</font></a>と、高速2連戦でのフォース・インディアの速さが証拠である。更に、6人の全ドライバーがまだ8基目のエンジンを投入しておらず、恐らく全員がスケジュール通りの作戦で進行していると思われる。バリチェロ車がスパで炎を上げたが、このエンジンは無事だったことが解り、結果的に今季メルセデスはエンジン・トラブルによってレースを失っていないことになる。<br />ルノーはワークスと供給先であるレッド・ブルで明暗が分かれた。ルノー自体はまだ2基のフレッシュ・エンジンが残っているにも関わらず、レッド・ブルのヴェッテルは既に8基目、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">マーク・ウェバー</font></a>も残りあとひとつ。よりによってランキング首位のブラウンGPを追うレッド・ブルにだけエンジン・トラブルが多発しており、このままだとペナルティ覚悟の9基目投入は避けられない。信頼性で優秀なのはフェラーリで、ワークス／トロ・ロッソ共にまだ2基ずつを残しており、グリッド上で最も非力なエンジンと言われているトヨタもスケジュール通りに1基残している。もちろんこれには、各ドライバーのレース完走率やエンジン・トラブル回数、そのタイミングなどが大きく関係して来る。現在最もエンジン不足に悩むチームは今季限りでの撤退の決まっているBMWザウバーである。何しろ、第13戦イタリアGPの予選でロベルト・クビサ／ニック・ハイドフェルド共に投入したばかりのニュー・エンジンが壊れ、残り5戦の段階で遂に8基目／最後のエンジン投入となってしまった。</p>
<p>ひとことで年間8基と言っても、当然ながら全17戦の中にエンジンに厳しいサーキットとそうでないサーキットは存在する。簡単に言って全開区間の長いシルバーストン、スパ、モンツァあたりはエンジンにとっては地獄、反対にモナコやハンガロリンクのようなコーナーが連続するサーキットではエンジンにあまり負担がかからない。またシーズン序盤のマレーシアや中国のように雨のレースとなった際も、エンジンには想定以下の不可しかかからないので、ある意味エンジンの温存が可能と言える。しかしこれは全車同条件であり、よほどのタイミングでなければ誰かのアドバンテージとはならない。反対に、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">連続完走記録更新中のハイドフェルド</font></a>（BMWザウバー）や、今季リタイアなしの<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/08/post-7.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ニコ・ロズベルグ</font></a>（ウィリアムズ・トヨタ）、ティモ・グロック（トヨタ）らのエンジンはいずれも相当な走行距離となり、エンジン・ライフにも大きく影響してくる。ただし、見て解る通り現在彼らがタイトル争いをしているわけではなく、選手権上、必勝を課せられたトップ・チームのプレッシャーとは別のものと言わざるを得ない。ちなみに、逆にここまで最多リタイア回数5回のヘイキ・コバライネン（マクラーレン・メルセデス）、トロ・ロッソのハイメ・アルグエルスアリも前任者セバスチャン・ブルデーと合わせて5回のリタイアで総周回数合計は少ない。<br />もちろん、オープニング・ラップでクラッシュしてマシンが破損し、リタイアしたマシンのエンジンは極めてフレッシュな状態なままである。バトンは今季初の予選Q2落ちと不振のベルギーで、まだ2kmほどしか走っていないニュー・エンジンでシーズン初めてのリタイアをオープニング・ラップの多重クラッシュで喫した。しかしこれは、ポイントは穫れなかったものの失うものも最小限だった典型的な例である。しかも同レースでポイント上のライバルのヴェッテルはさんざん走って8位／1ポイント。闘わずしてバトンが得たものは大きく、反対にエンジンに厳しいレースを頑張って乗り切ったヴェッテルが得たものは小さかった。つまり、残りエンジン数と現在のエンジンの状況を考えながら、必死で走ってノー・ポイントだったら、チームの落胆振りは果てしなく深いということだ。</p>
<p>中でもそのヴェッテルは相当に不幸だと言える。ヴァレンシアの第11戦ヨーロッパGPでは2基のエンジンにトラブルが発生。ヴェッテルはシーズン序盤にも何度かのエンジン・トラブルに見舞われていた。特にブラウンGP／バトンに先行逃げ切りを許した序盤戦を経て、シーズン中盤からようやく<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_03.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">エイドリアン・ニューウィー</font></a>作のレッド・ブルRB5が戦闘力を発揮し始め、さあこれからスランプに喘ぐブラウン勢を追いかけるぞという時に、既に未使用エンジンが残り1基となってしまっていたのである。この時点で残り6戦、信頼性のブラウンGP／バトンに速さのレッド・ブル／ヴェッテルが対抗するシーズン後半戦を期待しても、ヴェッテルはいくつかのレースでは初めから勝利を諦めなくてはいけない状況だった。ルイス・ハミルトンやキミ・ライコネンの久々の勝利、そしてフォース・インディアの快走劇などの裏には、タイトル争いをする者のこんな裏事情も含まれていたのである。第14戦シンガポールGP、残り4戦でドライバーズ・ランキング首位のバトンと26ポイント差となったヴェッテルには、もはやペナルティ付きの9基目のエンジン投入への覚悟が必要となってしまった。</p>
<p>&#8217;10年に向けて、FIAは現行のエンジン・レギュレーション内で各エンジン間のパフォーマンス格差を取り除く処置を決めた。が、これはパワーに劣るエンジンに更なるモディファイが許されるという意味ではなく、逆に優位性の認められるエンジンに対してそのパフォーマンスを落とす、という処置となる。言うまでもなく、これはメルセデスのエンジンを対象としたものである。しかも、&#8217;08年から向う10年間はエンジン開発そのものが凍結されており、FIAはなるべく均等なパワーのエンジンを各チームに振り分けたいと考えている。そうすることで、トップ・チームと新規参入チームや巨大な資金を持たないプライヴェート・チームとの格差をなくすのが狙いなのである。メルセデス・ベンツ・モータースポーツ副社長のノルベルト・ハウグはこの案に乗り気ではないが、彼らのエンジンが突出しているという事実がこの案を招いたのであればやむを得ないと考えるしかない。<br />そしてここに、来季から<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_51.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">コスワース</font></a>が加わる。コスワースにとって正確にはF1への復帰だが、年間8基までしか仕えない2.4リッターV8エンジンの開発は初となる。マノー／USGP／カンポスの新規参入3チームがコスワースを使用し、BMWザウバーを買収したスイスのクァドバクがフェラーリ・エンジンを搭載することが決まっている。ウィリアムズは<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/kers.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">KERS</font></a>搭載を前提とした開発のためにトヨタとのエンジン供給契約の早期取り消しを求め、今シーズンをエンジンに泣かされたレッド・ブルはルノーからメルセデスへの変更を模索した。何しろ、ブラウンGPは開幕僅か1ヶ月前に搭載の決まったメルセデス・エンジンで今季13戦中8勝／1-2フィニッシュ4回を達成しているのである。</p>
<p>さあ、後半戦。残りレースと残りエンジン数と残りライフを計算しながら、この理不尽な耐久レースに勝利するのはいったい誰か。</p>
<p><i>「最後まで諦めないさ！」&#8217;09年9月／セバスチャン・ヴェッテル</i></font></p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e7%90%86%e4%b8%8d%e5%b0%bd%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%82%b8%e3%83%b3%e5%b8%83%e9%99%a3/">理不尽エンジン布陣</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>注目の隠れキャラ達</title>
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		<dc:creator><![CDATA[f1-stinger2248]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 14 Aug 2009 06:18:35 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<br />
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<p>先日、混乱のレースでいいトコまで来るんだけど惜しいトコでコケる隠れた名ドライバー、エイドリアン・スーティル（なんという失礼な！／爆）について書いたところ、村長・山ちゃんをはじめ多方面でなかなかの好評。まあ、単純にテレビ見・・・</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><font color="#3e6b3a">先日、混乱のレースでいいトコまで来るんだけど惜しいトコでコケる隠れた名ドライバー、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/07/vs.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">エイドリアン・スーティル</font></a>（なんという失礼な！／爆）について書いたところ、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/yamaguchi_masami/" target="_blank"><font color="#ff00ff">村長・山ちゃん</font></a>をはじめ多方面でなかなかの好評。まあ、単純にテレビ見てるだけだと「あ〜あ。いつもダメだな、アイツは」となるところを、ちょっと過去のデータと照らし合わせてみることで意外な結果が出たりするもの。スーティルだって、フェラーリが焦ってなきゃ失わなかった何ポイントかがあった筈。ま、例えそこで結果が出なくても、何処で誰が注目しているか解らない。「ヤツはなかなか良いドライバーだ」と、トップ・チームや大口スポンサーのお目に留まれば、それがビッグ・チャンスに繋がるかも知れないのだ。</p>
<p>F1レースが終わったあとのニュース／新聞／webなどのトップ記事や写真は、当然ながらポディウムの3人が中心。だけど、結果リタイアとか、表彰台まであと僅かの4位とか、惜しくもポイントに届かなかった9位とかに、「あの条件の中で良くもまあそこまでやったな」ってヤツがいたりする。<br />今回は、<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/" target="_blank"><font color="#ff00ff">スクイチ</font></a>なりに&#8221;目立たないけど良い仕事をしてるドライバー&#8221;のお仕事ぶりと、その成果について探ってみよう。</p>
<p>つい先日、念願&#8230;..いや&#8221;悲願の&#8221;初優勝を飾ったマーク・ウェバー（レッド・ブル・ルノー）。ウェバーは2002年に弱小チーム・ミナルディでF1デビュー、以後ジャガー〜ウィリアムズと渡り歩き、&#8217;07年にレッド・ブルへ移籍。&#8217;09年第9戦ドイツGPが通算132戦目であり、史上&#8221;最遅&#8221;のF1初優勝者となった。<br />昨年までの7年間で表彰台は計3位2回（&#8217;05年モナコGP／&#8217;07年ヨーロッパGP）のみ、ここまでひとことで言って&#8221;地味な&#8221;存在となっていたウェバーの特徴は&#8221;予選スペシャリスト&#8221;である。ジャガーを駆ったデビュー2年目の&#8217;07年は予選3位2回、しかし決勝最高位は6位3回。翌&#8217;04年マレーシアGP、ウイリアムズ時代の&#8217;06年モナコではフロント・ローを獲得するも、共に決勝リタイア。&#8217;07年は19戦中13回の予選トップ10。昨年は9戦で入賞するも最高位4位。予選2番手を獲得したイギリスGPではスタートで最後尾に落ち、入賞ならず。素晴らしいラップで良いスタート位置を獲得しても、決勝では必ず何かがウェバーの勝利を&#8221;邪魔&#8221;していた。<br />これにより、レース結果だけ見るとウェバーは後方で着実にポイントを稼ぐ印象の反面、ビッグ・チャンスを逃し「今度こそ」と言ってたらいつの間にか7年の月日が流れていたような状況である。が、それだけ長い間勝利経験のないドライバーが毎年シートにあぶれず、確実にグランプリ出走を続けて来れたこと自体が、現場のチームからのウェバーに対する期待と信頼の表れである。こうした問題を解決しがちな要素として&#8221;巨大な持ち込み支援スポンサー&#8221;によるマネー効果というパターンがあるが、興味深いことにウェバーには地元オーストラリアの企業スポンサードが全くない。つまり、ウェバーは金でF1のシートに居座り続けたわけでは断じてない、ということである。見る人は見ていた、そしてウェバー自身が魅せた。それがなければ、大きなサポートのないウェバーのキャリアはとうに終わりを迎えていただろう。</p>
<p>&#8217;09年、それまで中堅チームだったレッド・ブルは<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_03.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">エイドリアン・ニューウィー</font></a>作のRB5がシーズン序盤から速さを見せ、昨年の初優勝（それも格下チームのトロ・ロッソ）を経て鳴り物入りでレッド・ブル入りした若きチーム・メイト、セバスチャン・ヴェッテルが既に2勝を挙げ、ポイント・リーダーのジェンソン・バトン（ブラウンGP・メルセデス）を追っていた。豊富なキャリアを持つウェバーはシーズン前半こそヴェッテルの影に隠れがちだったが、第5戦スペインから連続入賞し、初のポール・ポジションからのスタートとなった&#8217;09年ドイツGPで、スタート直後のルーベンス・バリチェロ（ブラウンGP・メルセデス）との接触でドライブ・スルー・ペナルティを取られながらもトップ・チェッカー。逆に若きエース・ヴェッテルは完全にウェバーの後塵を拝した。F1デビューから8年、厳しい状況にもじっと耐え、常に最高の仕事を行って来たウェバーに、ようやく女神が微笑んだのである。<br />「この勝利のおかげで、これからのレースは少し簡単なものになるかも知れない」これは、勝利を知ったからこそ言える正直な言葉だ。どれだけ走っても誰かの後だった男。が、いつか必ず勝利を手にすると信じるだけの要素を、ウェバー自身が周囲に提示し続けて来たことの証しであり、それがこの初勝利へと繋がったのである。<br />ウェバーが魅せた&#8221;煌めき&#8221;。まずなんと言ってもデビュー戦である&#8217;02年開幕戦、地元オーストラリアGP。なにしろ、新人ドライバーがかの弱小ミナルディで迎えたF1デビュー戦をポイント・ゲットで飾ったのである。それもチームにとって3年ぶりのポイント獲得、更に舞台は自身とミナルディの当時のチーム・オーナー、ポール・ストッダートの地元、オーストラリア。この時、チームと観客のあまりの熱狂ぶりに、ミナルディはFIAに特別な許可を得てポディウムでシャンパン・ファイトまで行った（当然イベント進行外の時間帯）。それほどウェバーの5位フィニッシュは快挙であり、その後の彼にかかる期待も高くなったと言える。少なくとも最終ラップ／最終コーナーまで続いたミカ・サロ（トヨタ）とのドッグ・ファイトは、このレースの優勝者（ちなみにミハエル・シューマッハー／フェラーリ）よりも遥かに記憶に残っている。<br />ちなみにウェバーが更新するまで&#8221;史上最遅初優勝&#8221;の記録を持っていたのは史上最多出場記録保持者のバリチェロ（125戦目）。続いてヤルノ・トゥルーリ（119戦目）、バトン（114戦目）。が、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_52.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ミカ・ハッキネン</font></a>（99戦目）や<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_33.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ナイジェル・マンセル</font></a>（75戦目）ら、その後ワールド・チャンピオンになる人物の中にも&#8221;遅咲き&#8221;は存在する。現在32歳のウェバーにだって、チャンスはまだある筈だ。</p>
<p>既に初勝利を挙げて&#8221;隠れキャラ&#8221;からは脱出した感の強いウェバーに続いては、今や完全に初優勝を待つのみとなった実力派、ニコ・ロズベルグ（ウィリアムズ・トヨタ）。<br />&#8217;70〜&#8217;80年代のオールド・ファンが忘れられないドライバーのひとりに、&#8217;82年のワールド・チャンピオンでもあり、ニコの父である&#8221;フライング・フィン&#8221;、<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_86.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ケケ・ロズベルグ</font></a>がいる筈だ。ストリート・サーキットを得意とし、豪快にマシンを振り回しながら後方からブチ抜いて行くドライビング・スタイル。それをまんま受け継いだ正真正銘のサラブレッドが息子ニコ。同時期にデビューした、ネルソン・ピケJrや中嶋一貴らの二世ドライバーの中でも完全に格の違いを見せつける、次代のチャンピオン候補と言われるひとりである。</p>
<p>初代GP2チャンピオンのニコは、若干20歳／史上最年少のF1デビュー（当時）戦となった&#8217;06年開幕戦バーレーンGPで、予選12位から攻めの走りを見せ7位でフィニッシュ、デビュー・レースでポイントを獲得してみせると共に最速ラップを樹立。20歳と258日での入賞／最速ラップはF1史上最年少記録である。しかしパワフルなBMWエンジンを失い、コスワースで奮闘を続けるウィリアムズFW28は信頼性を欠き、デビュー・シーズンの入賞は7位2回のみ、9戦でリタイアとなる（ちなみにニコを越える10回のリタイアを記録したチーム・メイトはウェバーだった）。トヨタ・エンジンを得た&#8217;07年は逆に予選トップ10以内10回、リタイア僅かに3回という抜群の信頼性を見せ、7回の入賞で20ポイントを稼いだ。<br />&#8217;08年は開幕戦オーストラリアで3位となり、自身初の表彰台。第15戦シンガポールでは2位となり、これでニコがまだ手に入れていないものはポール・ポジションと優勝だけ、となった。&#8217;09年シーズンは予選Q3進出常連となり、決勝でもコンスタントに入賞、第10戦ハンガリーGPまでリタイアゼロ。開幕戦オーストラリアでは自身2度目の最速ラップを記録し、ここ2戦は連続4位、その前2戦は連続5位と6戦連続入賞中である。<br />もうひとつ、今シーズン特に顕著に表れているのがニコのフリー走行での速さである。ここまで10戦、各グランプリ3セッション／計30回のフリー走行中、ニコは実に12回もトップに立っている。もちろん燃料搭載量や戦略上の結果なのは事実だが、初コースだろうがコンディションが難しかろうが、&#8221;初めから速い&#8221;のはドライバーの優れた能力の証明以外の何物でもない。<br />この時点で、ニコのF1キャリアが既に4年目で、これまでにポディウムが僅か2回しかないことに違和感を覚える人も少なくないだろう。どうにもまだデビューしたてのルーキーで、次世代のチャンピオン候補のひとり、という印象にも関わらず、ニコが残して来た数字は意外なほど&#8221;地味&#8221;なのである。<br />父親譲りの&#8221;追い回す&#8221;というドライビング・スタイルは、特に独特のピット戦略を行うウィリアムズ・チームに於いてレース中盤の&#8221;ハイライト&#8221;を演出する。つまり、ニコは目立つのである。最終的にポイント圏外となるレースでも、ニコは何処かで上位争いの場面に遭遇し、そして暴れ回る。それが、観ている我々には表彰台の常連くらいの結果を残していてもおかしくないように見えてしまっているのである。ついでにあの童顔（失礼！）も手伝って、どうにもやんちゃなルーキーを想像してしまいがちなのも、&#8221;4年目の中堅ドライバー&#8221;として捉えられない理由のひとつ。逆にニコはまだ24歳、レーシング・ドライバーとして輝ける未来が開けていることは間違いない。</p>
<p><b>■&#8217;94年　フォーミュラ・フォード1600・ドイツ選手権制覇<br />■&#8217;95年　フォーミュラ・フォード1800・ドイツ選手権制覇<br />■&#8217;97年　ドイツF3選手権制覇<br />■&#8217;97年　メルセデス・ジュニアドライバー抜擢<br />■&#8217;99年　国際F3000選手権制覇</b></p>
<p>&#8230;..この輝かしい経歴の持ち主はBMW・ザウバーのドライバー、&#8221;クイック・ニック&#8221;ことニック・ハイドフェルドのものである。<br />ドイツという国がミハエル・シューマッハーという不世出のカリスマによってグランプリを席巻している頃、同じドイツから&#8221;次世代のシューマッハー&#8221;として将来を有望視された若手ドライバーが、無敵の強さでアンダー・フォーミュラを勝ち上がって来ていた。&#8217;00年、ハイドフェルドは4度の世界王者<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_80.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">アラン・プロスト</font></a>率いるプロスト・プジョーから、大スターである<a href="http://www.dragonlion.biz/uk/uk_42.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">ジャン・アレジ</font></a>のチーム・メイトとしてF1デビュー。しかしチーム・マネージメントもままならない状態のプロスト・チームが低迷、両ドライバー共に予選／決勝を通じて下位に沈み、得点ならず。翌&#8217;01年ザウバーへ移籍、この年デビューのキミ・ライコネンと若きコンビを組む。2年目のハイドフェルドは好調なスタートを切り、開幕戦オーストラリアGPで自身初入賞となる4位フィニッシュ、第3戦ブラジルGPでは初の3位表彰台を獲得。入賞4回のライコネンに対し、2倍近い7戦でポイントを獲得してみせた。そしてミカ・ハッキネンの引退でマクラーレン・メルセデスに空席が出来、本人も含め、周囲の誰もがメルセデス・ジュニア出身／ポスト・シューマッハーであるハイドフェルドの昇格を確信していた。<br />&#8230;..が、そのシートを射止めたのはチーム・メイト、ライコネンの方であった。メルセデスはハイドフェルドを&#8221;切り捨てた&#8221;のである。ここからハイドフェルドの歯車は狂い始めた。&#8217;02年は予選で13回もトップ10に食い込むも入賞僅かに4回、&#8217;03年はチーム自体が中団に埋もれ、入賞僅かに3回。表彰台も遠く、&#8217;04年には遂にザウバーのシートを喪失。ようやく得たジョーダンのシートも7位と8位が1回ずつと低迷。しかし予選ではチーム・メイト（ジョルジョ・パンターノ／ティモ・グロック）を圧倒、自身の速さだけはアピールすることが出来た。<br />翌&#8217;05年、ハイドフェルドにようやく大きなチャンスがやって来る。母国ドイツのBMWエンジンを搭載する名門、ウィリアムズ・チームへと移籍。第2戦マレーシアで3位、第6戦モナコで2位フィニッシュ。続くヨーロッパGP／地元ドイツ・ニュルブルクリンクでは宿敵・ライコネンのマクラーレン・メルセデスを抑えて初のポール・ポジションを獲得。決勝ではフェルナンド・アロンソ（ルノー）に次ぐ2位となるが、ようやく&#8221;勝利まであと一歩&#8221;の所まで漕ぎ着けた。が、第15戦イタリアGP直前のモンツァ・テスト中にクラッシュし、その後遺症で残りのレースを欠場。ウィリアムズとBMWも袂を分かち、&#8217;06年にハイドフェルドはドイツ・チームとなるBMW・ザウバーへと移籍。ここでも元ワールド・チャンピオンのジャック・ヴィルヌーヴ、新人のロベルト・クビサらチーム・メイトを圧倒し、&#8217;07年には61ポイントを獲得して自己最高のドライバーズ・ランキング5位となった。<br />迎えた&#8217;08年、ハイドフェルドは好調を持続し、4度の2位表彰台と2度の最速ラップを記録した。が、チーム・メイトのクビサが第7戦カナダGPでBMWに初優勝を齎し、ハイドフェルドはクビサの影に隠れてしまった。実際、このレースに於けるチーム戦略にハイドフェルドは憤懣やるかたない態度を露にしており（自身は2位）、「ちょっとしたことで初優勝が逃げて行った」とチームを批判。1-2フィニッシュに沸くBMWチームにあって、ただひとりその結果に満足していなかった。<br />キャリア10年目となった&#8217;09年、不調の<a href="http://f1-stinger2.com.tokyo-1r.conohawing.com.tokyo-1r.conohawing.com/stinger_village/kasetatsuya/2009/05/kers.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">KERSシステム</font></a>に足を引っ張られながらも第2戦マレーシアで2位表彰台を獲得。第10戦ハンガリーGP終了時点で2度の入賞、ここまではクビサを上回って見せている。が、予選順位とほぼ同じ順位での決勝フィニッシュが多く、「バトルにならない」レースに、自身は不満を隠さない。</p>
<p>ハイドフェルドは現在進行形で&#8221;とある記録&#8221;を更新中である。&#8217;07年第8戦フランスGPから&#8217;09年第10戦ハンガリーまで、一度もリタイアしていない。ここまで、38戦連続完走で連続完走記録を更新中なのである（それまではシューマッハーの24戦連続が最高）。目立った記録ではないのは事実だが、驚異的な安定感で確実にチームに走行データを齎すこの結果は偉業である。が、7月末の<a href="http://www.f1-stinger.com/news/2009/07/bmw-3.html" target="_blank"><font color="#ff00ff">BMWのF1撤退発表</font></a>により、この優れたドライバーが&#8217;10年シーズンに向けて就職活動を行わなければならなくなったのは事実であり、高評価のチーム・メイトであるクビサとドライバー市場で闘わなくてはならなくなってしまった。この舞台では「惜しい」は通用しない。メルセデスに裏切られ、BMWが去り行く今、ドイツ人ドライバーである彼にはあまりにもライバルが多い。</p>
<p>&#8230;..初勝利を達成したウェバーが一歩抜きん出た感のある&#8221;ネクスト・レース&#8221;だが、彼等にとってレギュレーションの変更によってチーム間勢力図の変わる時期が飛躍のチャンスである。それがレッド・ブルの成功によりウェバーの才能を引き出し、ウィリアムズの保守路線でロズベルグの飛躍にブレーキがかかり、そしてBMWの低迷によってハイドフェルドが埋もれてしまっている。こうしたチャンスがどれほどの影響力を持つかは、昨年までのジェンソン・バトンがどれほど評価に比べて地味な存在だったか、を考えれば一目瞭然なのである。</p>
<p><i>「初優勝のあと、メールが160件も来たんだよ！（笑）」&#8217;09年7月／マーク・ウェバー</i></font></p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://f1-stinger2.com/kasetatsuya/%e6%b3%a8%e7%9b%ae%e3%81%ae%e9%9a%a0%e3%82%8c%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%a9%e9%81%94/">注目の隠れキャラ達</a> first appeared on <a href="https://f1-stinger2.com">F1 STINGER 【スティンガー】</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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