F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集 F1 STINGER 【スティンガー】 > スクーデリア・一方通行 加瀬竜哉 >  > 2009年5月9日  KERSってナニ?

スクーデリア・一方通行/加瀬竜哉

謹んでご報告申し上げます。
『スクーデリア一方通行』の筆者である加瀬竜哉/本名加瀬龍哉さんが急逝されました。長い闘病生活を送りながら外には一切知らせず、“いつかガンを克服したことを自慢するんだ”と家族や関係者に語っていたとのことですが、2012年1月24日、音楽プロデュサーとして作業中に倒れ、帰らぬ人となりました。

[STINGER-VILLAGE]では、加瀬さんのなみなみならぬレースへの思いを継承し、より多くの方に加瀬さんの愛したF1を中心とするモーターレーシングを深く知っていただくために、“スクイチ”を永久保存とさせていただきました。

[STINGER-VILLAGE]村長 山口正己

KERSってナニ?

なんだか今年から、F1中継で車載カメラ映像に切り替わった際、たまにテレビ画面中央で赤だの黄色だののバーが伸びたり縮んだりしている。これまでもコックピット内の情報が画面に映し出されることはあったけど、アクセルや回転数じゃナイ、全くの新顔。しかもどうやらそれが付いてるマシン/付いてないマシン、いや付いてる人/付いてない人がいる。裕福なトップ・チームだけが使ってるのかと思えば使ってなかったり、前戦で使ってた人が使ってなかったり…..。

コイツの正体はKERS、Kinetic Energy-Recovery Systemの略。読み方は”カーズ”が一般的、日本語にすると”運動エネルギー回生システム”。’09年からF1で使用が”許可された”、新レギュレーション対応のシステムである。何故”許可された”なのかと言うと、義務ではないからである。では何故義務化しないのかと言うと、まだF1にとっては未知の分野であり、信頼性や頻度も含めて少々慣れないことには使いこなせないのと、”ある問題”がこのKERSの使用目的と相反してしまうからである。
さて、何やらややこしそうなKERSとか言う新顔君、一体何者なのか。タチが悪くて無責任な当・スクイチが、恐らく世界で最もカンタンなKERSの解説を致しませう。

オレの愛車、Jeep JE-206G(あ、スンマセン。チャリっす/爆)には、レバーをグルグル回すと充電されて光るライトが装着されている。夜になると外して2〜3分グルグルして、スイッチ入れると30分ほどは点灯/点滅してくれる。でも一般的な自転車のライトは前輪にパッドが付いていて、ライトのスイッチを入れるとそのパッドがタイヤをグッと挟み込み、足でペダルをこぐとその力がライトに伝わって点灯する、という仕組み。でもライトをオンにすると前輪の負担が増えてペダルが重くなり、走る際の負担が増えたりするので坂道なんかでついついオフにして走ってお巡りさんに怒られたりしたことあるでしょ?。それに比べるとオレのは走行中の負担はナイし、昼間にグルグルしとけば夜使えるのでタイヘン便利。何より山/川/谷の渋谷区神山町宇田川遊歩道(笑)で生まれ育ってるので、登り坂でペダルをこぐ際に負担が大きいのは命取りなのでこの差はデカイ。
さて、前者/オレの愛車のライトの場合、簡単に言えば簡易充電という発想。例えばチョロQ、つまりゼンマイ。タイヤを後ろ向きに回す、という運動で生じたエネルギーを貯めておいて、手を離せば前に進む。必要な時に必要な用途に応用するもの。ポパイが食うホウレン草、サナギマンからイナズマンヤマトの波動砲…..ダメだ、古いのしか出て来ない(爆)。せめて悟空のかめはめ波、にしとこう(微妙)。
で、後者/一般的な自転車のライトこそが運動エネルギーを回生している装置、すなわちKERSの原理。オレの自転車では目的が”ライトの点灯”なので”グルグル”は充電行為で、パッド式の自転車の方は回生。KERSのポイントは、どうせエネルギーが発生するので、無駄にするくらいなら何かに使おうじゃないか、という発想。だからエコ/回生システムなのである。
で、厳密に言えばKERSはこの両者のオイシイところをミックスした感じ。例えば”昼間にこいだ際のエネルギーで、夜ライトを点灯させる”のが”コーナーで貯めておいてストレートで使う”ということなのである。

F1はオレの解釈では”世界一速く走り、曲がり、止まる”カテゴリー。確かにインディ・カーの方が平均速度は上だけど、ただストレートで速いだけじゃない。最高速300km/h以上でストレートを駆け抜けつつ、あらゆる形状のカーブを可能な限り速く曲がらなくてはならない。で、コーナー侵入時のブレーキングではタイヤのホイールが真っ赤に染まり、そこにはモノ凄いエネルギーが発生する。使うのはコレ。1周の間にいくつもあるコーナーでのブレーキングの度に、ただ放出されてしまうだけのエネルギーをシステムの中に貯めておき、ストレートで最高速を稼ぎたい/コーナー出口から前走車を抜きたい時などに放出し、ホイールをより多く回転させる、という仕組み。’90年代にガソリン量を調節して一気に加速する”オーバー・テイク・ボタン”ってのがあったが、目的は同じだが原理は正反対。あくまでもその導入目的は”エコ”なのである。
ガソリン量を増やして加速、というのは現代社会の解釈では”ムダ遣い”である。…..ま、そんなこと言い出したらF1/モーター・スポーツ全体が否定されてしまうのだが、不景気/金融危機/地球温暖化…..様々な理由によってFIAも可能な限り”エコロジー”を推進して行かなくてはならない。もっとも、既に一般道での市販車/ハイブリッド車などはF1よりも遥かにテクノロジーとエコロジーを両立させており、ただガソリン燃焼させて走るだけのレースは肩身が狭い。KERSも同様で、自動車メーカー同士の争いである現在のF1に於いて、彼等がその開発/性能を競うことはある意味理想である。しかも計算上、KERS使用で1周に付き約80馬力を稼げ、コンマ3秒ほどのラップ・タイム短縮が可能になる。おお、そりゃ使った方が得に決まってる。いや、使わなきゃ損じゃん!。
…..ところがそう簡単には行かないらしい。冒頭の「何故使ってたり使ってなかったりなのか」の最大の原因はメリット/デメリットのバランスなのである。ではまずメリットから。
・エコロジーである
・ラップ・タイムが速くなる
・瞬発力により、オーバー・テイク・チャンスが増える
フェラーリ/メルセデス/BMW/トヨタ/ルノーらの巨大自動車メーカーが会社の命運を賭けて競うF1、当然ながらその成績/イメージが直接市販車の売り上げに降り掛かって来る。「ウチはこ
んなに信頼性の高いクルマを、こんなに高性能で、しかも低燃費でエコロジーに造ってますよ」とアピールするには、あらゆる条件を満たし、そして勝ってみせなければならない。特にBMWは以前からKERSのF1導入推進派として声高にそのメリットを訴えて来た。が、実際にはそのBMWがKERSに苦しんでおり、開幕2戦ではロベルト・クビサがKERS搭載を”嫌った”。第5戦スペインでは遂に2台とも非搭載となり、BMWはKERSそのものを「見直す」ことになってしまった。更に興味深いのは、第4戦バーレーンGPでKERSを搭載したのはBMW/フェラーリ/マクラーレン・メルセデス/ルノー、の4チームのみ。つまり、4戦3勝目のブラウンGP/前戦で1-2勝利した2位のレッド・ブル/予選フロント・ロウ独占のトヨタ/フリー走行2回目トップのウイリアムズ、はいずれもKERSを使用していなかったのだ。ってことは完全にKERSは”負け組”である。少なくとも、彼等はKERSを使わなくても勝てることを証明してしまった。ではこの最新テクノロジーのデメリットは何なのか。
・重い
・バッテリーが高価
・チームが争う分野ではない
・危険
…..う〜ん、なんだか前述のメリットを全否定するかのような要素が並んでしまったが、いずれも大問題である。
F1マシンの規定最低重量は605kg。この数値にはドライバーの体重も含まれるので、背が高く体重の重いドライバーはこの部分に関しては不利である。何故なら、初めから450〜500kg程度の重さでマシンを制作し、異なるふたりのドライバーの体重を足し、そこにマシンの挙動をコントロールするための”バラスト”(重り)を、レース毎に必要な場所に適度な重さで配置するのが常識である(だからシーズン・オフにナイジェル・マンセルが太ると困ったワケだ)。で、F1に搭載されるKERSシステムはおよそ30〜40kg。こんなものが一カ所にドン!と居座るとなると、重量配分が命のレーシング・カーにとっては実に厄介なのである。何故なら、既に重いエンジンをマシン後方にマウントしているため、バラストはフロント部にレイアウトされ、これによりマシンの安定性が増す。つまり最高速よりもコーナーでの安定した挙動を取れば、このシステムは”重くて邪魔なだけ”になってしまい、チームはKERS非搭載を選択してしまう。
現状KERSにはふたつの方式があり、ひとつはバッテリーに蓄電する電気式、もうひとつはフライホイールに直接貯める機械式(ちなみにウイリアムズのみが機械式、他は電気式)。現在信頼性に優れているのは電気式、つまりバッテリーなのだが、充電/放電を繰り返すKERSのバッテリーの寿命は当然1レースのみ、で、バッテリーはバッテリー屋さんの仕事、F1チームが開発するものではない。1シーズン通すとコストも膨大だし、何よりレースごとの”バッテリー廃棄”の何処がエコなんだ、という考え方がある。また’08年7月のヘレス・テストではBMWのKERSが漏電し、メカニックが感電する事故が起きた。ピットでマシンに触れなくてはならないメカニック達も命懸けである。’10年よりレース中の給油が再び禁止となるようだが、人為的な危険要素が増えるのならこれも再考すべき分野だ。

トヨタのハイブリッド車”プリウス“に搭載されているKERSは世界屈指の高性能である。が、トヨタの意見では「F1にフィードバック出来る要素はゼロ」、何故なら既にF1よりも遥かに進んだ分野であり、今更オープン・ホイール・レーシングに応用するものではないのだと言う。で、またしてもホンダがこのKERS開発で他メーカーを一歩リードしていたらしい。が、これはあくまでもホンダのテクノロジーなので、メルセデス・エンジン使用のブラウンGPのマシンには搭載されていない。そのブラウンGPがKERSなしでシーズンをブッチ切りでリードしているのは皮肉以外の何物でもない。

ここまでのレースを観る限り、現在KERSは”オーバー・テイク・ボタン”とは言えない。フォーメーション・ラップで貯めたパワーでスタート・ダッシュし、その後は後ろのマシンのオーバー・テイクを阻む”逃げボタン”となっているのが現状である。FIAが求めるのは”追い越しのチャンスを作る”ことだった筈だが、もしかしたら逆にその機会を奪う装置にも見えて来る。FOTAはやるなら”標準KERS導入”を訴えており、そんなもの競っても意味がないから、導入するなら皆に同じものを配ってくれ、という姿勢である。
…..これじゃ「なんだ、ちっとも良いトコがナイじゃないか」と感じてしまったかも知れないが、もうひとつのメーカー同士の威信を賭けた争い、ル・マン24時間レースでは’11年からハイブリッド車のエントリーが可能となる。目的はパワー増幅ではなく「エコロジー」…..元より自動車レースとエコは、ヒジョーに難しい関係なのだ。

「あんな箱、ちっともセクシーじゃないね」’09年/フェラーリ社長・FOTA会長 ルカ・モンテゼモーロ

 

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