ルマンの狙いとトヨタの行方
アウディが去り、ポルシェが休戦を告げた時、トヨタだけになってしまったWEC、中でもルマン24時間のLMP-1クラスは終わったと思われていた。
しかし、2月9日にパリで開かれた2018-2019と年を跨いで変則的に行なわれることになり、『スーパーシリーズ』と呼ばれてLMP-1に参加する10台が出揃ったWECの発表会で、主催者はこのシリーズがstellar(星のような素晴しい)シリーズになる、と表現した。
ただし、LMP-1はもともと二つのクラスからなり立っている。ハイブリッド・クラスとノン・ハイブリッドクラス。トヨタTS050 HYBRIDが属するのは言うまでもなくハイブリッド・クラスで、本来トップ争いはハイブリッド・クラスに限られていたが、アウディとポルシェが撤退するほどの開発費を要求することから、いまでは残っているのがトヨタ1社になってしまった。
ここで話をややこしくしているのは、二度のワールドチャンピオン、F1現役最高と言われるフェルナンド・アロンソがトヨタTS050 HYBRIDと契約して陣営に加わったことだ。
WECにもルマン24時間の主催者であるACOにも、『トヨタ+フェルナンド・アロンソ』の組み合わせは、話題を集めるために手放せない“アイテム”になった。同時に、トヨタは引くに引けないポジションになったとも言えた。
今回の発表会を観る限り、WEC、特にルマン24時間の主催者たちは、トヨタの引き止めにご執心であることが見え隠れした。そなことを言うかどうかは別にして、万一トヨタに、“勝てないなら辞める”と言われては困るからだ。
去年までのままのレギュレーションでは、ハイブリッド・クラスの圧勝が見えていた。もちろん、ルマン24時間という圧倒的な耐久力を必要とするレースでは、速くなればなるほどその耐久力がさらに要求されることは、ここ2年のルマンでトヨタTS050 HYBRIDが苦渋を呑んだことで証明されている。
要するに、トヨタとておいそれと勝てない状況がルマンにはある、ということだが、今年は、ライバルがいなくなったが、その代わり、主催者がノン・ハイブリッド・クラスとの均衡を保つために、レースをトヨタの独走パターンを崩してスペクタクルにする方策を取った。エネルギー使用量や燃料制限を細かく規定し直して、ハイブリッドに厳しく、ノン・ハイブリッドに有利な方向に軌道修正したのだ。
これでレースは面白くなる、という算段。それ以前に、ノン・ハイブリッド・クラスのレベリオンが、アウディで3勝し、その後ポルシェを乗り継いでルマンの経験をため込んだアンドレ・ロッテラーと早々に契約してやる気を見せていて、トヨタは安閑としていられない状況があった。
いや、ロッテラーとレベリオンは、ハブリッドに厳しくなることを読んでいたのかもしれないが、トヨタ陣営には優秀なドライバーがそろっているが、残念ながらルマン優勝者はいない。
発表会の会場で、司会者がトヨタ・ガズー・レーシングのWEC活動を預かるTMG(トヨタ・モータースポーツ有限会社)のパスカル・バセロンを壇上に読んでマイクを向け、バセロンに抱負を語らせた。主催者は、トヨタを逃がさない、という姿勢が当然ながら見えたものだ。
ここで、モータースポーツというより、もっと厳しいモーターレーシングの理解度が試されることになるかもしれない。最上級のクラスに、F1のワールドチャンピオンを呼び込めば勝てるのかどうか。話題性としてはアロンソはありがたいが、ルマンを勝つために、偶然にもエントリーリストの最上段に名を連ねるロッテラーの方が、ことルマンでは格が上と見るのが自然だ。
ルマン24時間がレースだけでなく、善くも悪くもフランスの威厳がかかった伝統のレースであることが、今年のルマン24時間で改めて証明されるかもしれない。
[STINGER]山口正己
photo by GAZOO RACING