リキさんのレーシング日本史
マイ・ワンダフル・サーキット
浅間から鈴鹿、そして世界のHondaへ

プロフィール

Hondaは、1959年のマン挑戦をもって世界のバイクレースに進出し次々と金字塔を打ち立てた。しかしマン島以前に、その源流となる闘いの場があった。1955年、群馬県北軽井沢の「浅間」を起点に、日本のロードレースの歴史がスタートする。

日本のレースは、後に映画化される名著『汚れた英雄』の舞台となるそのダートコースから始まり、鈴鹿サーキットに受け継がれて育っていく。浅間は、Hondaのモータースポーツを語る上で欠くことのできない存在なのだ。

日本のモータースポーツの黎明期を、その成長と共に生きた大久保力さんにお話を伺いながら、浅間から鈴鹿、そして世界に進出してゆくHondaの時代を振り返る。


photo by Heiji Mizunuma
<1> 戦前のレース状況から、アサマまで
□第1回 人間って、すごいものを創りだしたな!
□第2回 リキ少年、脱・自転車を果たす
□第3回 リキ少年、“クラブ活動”を開始する
□第4回 《浅間以前》の日本のレース
□第5回 富士登山から浅間へ
□第6回 サンパウロからマン島へ
□第7回 浅間高原レース
□第8回 浅間ふたたび---ついに、浅間にコースができた
□第9回 新設パーマネント・コースのナゾ
□第10回 集結した観客、何と6万5000人
<2> アサマ以後の流浪の時代
□第11回 第3回の浅間レースはどうなる?
□第12回 モーターサイクル・クラブの全国的な「連盟」が誕生
□第13回 豪雨の浅間、クラブマンの奮戦!
□第14回 激動の1958~1959年
□第15回 いよいよマン島へ
□第16回 そして“最後のアサマ”へ
□第17回 最後のアサマを飾った人々
□第18回 アサマのレースは、日本のバイクを変えた!
<3> 鈴鹿という巨大なステージの登場
□第19回 清原飛行場 ~ 幻の舗装路レース
□第20回 ジェフ・デュークがやってきた!
□第21回 これは“完全舗装”じゃない!
□第22回 「え? 米軍基地が使える?!」
□第23回 Hondaの逆襲始まる
□第24回 Hondaが《世界》から還ってきた!
□第25回 《世界》の技術を「雁ノ巣」に持ち込む!
□第26回 レーシング・マシンとレーシング・ライダーの誕生
□第27回 クラブマン・レースの時代とは
□第28回 動きが遅すぎる、……なら俺がつくる!
□第29回 Hondaからの贈りもの――鈴鹿サーキット
―ロードレース創世記の項・完―
□第2章 鈴鹿から世界へ