思い出のグランプリ(1)「ウノ・ポイント」–1988年デトロイトGP
1976年日本GPで初めて生のF1を見てから43年が経過した。その間に、ざっと300戦ほどのF1GPを覗いてきたが、それぞれ思い出深い。
ひとつ選ぶとすれば、1988年のデトロイトGP。弱小チーム、今で言えばウィリアムズが、当時6位までだった入賞でポイントを獲得した。
「ウノ・ポイント」–1988年デトロイトGP
◆デトロイトのアメリカGPは、当時定番だった年間16戦のうちの第6戦、モナコの後、北アメリカに舞台を移し、メキシコとカナダに続く1戦だった。出走31台で予備予選が行なわれる大盛況で、フルグリッドという、今ではほとんど死語になった26台がスタート、予選トップ10は以下の通りだった。
1. アイルトン・セナ+マクラーレン・ホンダ
2. ゲルハルト・ベルガー+フェラーリ
3. ミケーレ・アルボレート+フェラーリ
4. アラン・プロスト+マクラーレン・ホンダ
5. ティエリー・ブーツェン+ベネトン・フォード
6. ナイジェル・マンセル+ウィリアムズ・ジャッド
7. アレッサンドロ・ナンニーニ+ベネトン・フォード
8. ネルソン・ピケ+ロータス・ホンダ
9. ディレック・ワーウィック+アロウズ・メガトロン
10. リカルド・パトレーゼ+ウィリアムズ・ジャッド
※ピケのチームメイトだった中嶋悟は珍しく予選落ちを喫していた。
◆レースは、スタートからセナがぶっちぎるある意味で単調な内容だったが、その中で、予選16番手からスタートしたピエル・ルイジ・マルティニのレースは印象的だった。いや、レースそのものより、ゴールして入賞が分かった瞬間のメカニックたちの喜び方がが強烈だった。メカたちは、口々に「ウノ・ポイント!!」叫びながら、小学生のようにエ~ン、エ~ンと泣いていた。
◆ミナルディは、1985年のデビュー以来、初のポイント獲得だった。2018年バーレーンGPで、ミナルディを受け継いだトロロッソ・ホンダが4位に入賞したとき、1988年6月28日にエ~ンエ~ンと泣いていたメカニックを思い出した。
◆その話を当時最強だったマクラーレン・ホンダのエンジン責任者だった後藤治さんにメカニックが泣いていた話を伝えると、「いい話を聞かせてくれたね。勝ち続けると、そういう大事なことを忘れてしまうんだよ」とコメントが返って来たのも鮮明に思い出す。
(その2につづく)
photo by Scuderia AlphaTauri