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スターリング・モスの思い出(偽りのない実話)

2008年、日本を走って怪物ぶりを見せたモスご夫妻。

読者から、スターリング・モスの思い出が届いた。ラフェスタ・ミレミリアに参加したスターリング・モスの猛獣ぶり。

スターリング・モス、知っていたつもりだったけれど、改めて、凄い人だったんだと感心しきり。この逸話でさらに凄さが加速した。

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【STINGER】のコラムでスターリング・モスの記事を読みました。

2008年秋に日本で開催されたラフェスタ・ミッレミリアにモス卿夫妻が来日して出場していたことがあります。その時のエピソードを。

私も、ラフェスタには毎年のように参加していましたが、とくにモス卿とスージー夫人と4日間一緒に走った2008年の記憶は、鮮明に残っています。当時はすでにSirの称号が与えられていましたのでSirスターリング・モスと呼んでました。享年90歳ですから78歳ぐらいだったはずです。

モス卿がステアリングを握ったクルマは、1957年のメルセデスベンツ300SLS。1955年の本家ミッレミリアで、当時の舗装路の少ない1600kmを、10時間17分ですから、平均時速155km/hで走破して伝説の優勝となった#722 SLRとこの300SLSは、別物のクルマではありましたが、SLRをオマージュしたオープンボディのSLSは、ただでさえ1億円越えといわれていたガルウィングの300SLの価値を上回るクルマです。

このSLSは、私の知人で、メルセデス本社も一目置くクラシック・メルセデスのコレクターが所蔵していた1台で、モスさんが乗るならと気前よく無償で貸し出しました。

モス卿は、足腰が弱かったようで、クルマを降りると、車いすで移動していました。ご婦人のスージーさんが甲斐甲斐しく車いすをおしていた姿が印象的でした。

3日目の早朝のことです。福島の裏磐梯のホテルを出発するときも、モス卿は、やはり車いすでクルマに近づいて300SLSに乗り込みました。ヨッコイショという感じで乗り込むと、嬉しそうにSLSの暖機運転を始めました。車いすをたたんでサポートカーに預けるとスージーさんは助手席に乗り込みます。

深い紅葉に包まれた裏磐梯で水混じりのオイルの匂いとともに、ブォブォッと白い煙を吐いて暖機していた300SLS。そこは福島なのに、まるでロンドンのアスコットあたりにでもワープしたかのような神々しい風景でした。

その日の午後、私たちは予定していたツインリンクもてぎに入りました。完熟でフリー走行をしてから、その後に5周のタイム計測です。私はまだもてぎが建設中だった頃にホンダの名物エンジニアのハシケンさんこと橋本健さんから、「下りストレート後のほぼ直角のコーナー」が肝いりであることを聞いていました。

ハシケンさんの言葉が刷り込まれていた私は、フリー走行1周目、ヘアピン立ち上がりから次の90度コーナーへ続くストレートを緊張感を持って下っていきました。緊張感があるのでミラーをチラチラ見る余裕がありました。

するとバックミラーにヘアピンの立ち上がりから凄いスピードと勢いで迫ってくる「塊」が映り込みました。「な、なんだ?」と思った瞬間、その「塊」は、ブォーンッとあっという間に私を抜き去っていきました。
モス卿がドライブする300SLSでした。

ギョエっ!モス?と驚いたのも束の間、SLSは「そ、それじゃあ止まれないよぉ~!!」と思わず声を出してしまう猛スピードで、90度コーナーに突っ込んでいきました。

「塊」は凡人には考えられない深いポイントでブレーキしたと思ったら、90度コーナーのラインを綺麗にトレースして何事もなかったかのように次の下りを駆け下りていきました。

「イヤイヤ、いくら元F1ドライバーといっても78歳だし」、「イヤイヤ、今朝、車いすから乗ってたし」と、私が目を疑ったことは言うまでもありません。

この光景を目にした日を境に、私の新たなF1観が生まれました。どんな猛獣でも老齢と共に衰えていきますし、我々人間とて老いには抗えないものです。しかし、天才ドライバーといわれるレジェンドは、Sirという称号を得ようがどれだけ富を得ようとも「生涯猛獣」であることを知りました。

F1を観るとき、私たちは「生涯猛獣たち」の「旬」を味わっていることを楽しみの一つに加えるべきです。彼らが持ち合わせるスピリットを学べば、平凡な私たちでも少しは老いを楽しむこともできる気がします。

恐ろしいスピードで駆け下りるストレート、90度コーナーを駆け抜けていったモス卿の後ろ姿は、「やればできるゾ」を教えてくれた姿として目に焼き付いています。

後日、SLSを貸し出した知人と食事に行った時、私はもてぎの様子を話して「モスさん、やっぱり凄いですよ」と言ったら、「そうなんです。あれだけ紳士なのにクルマに乗ると急に人が変わるんですよ。」と知人も同調してました。

そして「クルマを返してもらったら、下回りはゴリゴリやられてるし、ボディもメチャクチャにされましたよ。直すのに何百万ですよぉ、貸すんじゃなかった」と笑ってました。

「モスさん、そのまま帰ったんですか?」と聞くと「そのまま帰りましたよ~」と、これまた笑ってました。

こうやって、笑える人を選別できる能力もスゴい。やっぱり猛獣は違うな、とSirスターリング・モスへの畏敬の念を私が更に強めたことは言うに及びません。

text by one of the readers
photo by la Festa Mille Miglia

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