F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

	F1で巡りあった世界の空。山口正己ブログ

断舎利は続く


◆ミニカーの整理を進めている。と簡単に言いながら、それぞれ想い出があるモノたから、なかなか別れるのは簡単ではない。

◆モーターレーシング、特にF1に関係ないものというくくりで削除していくと、当然ながら、1960年中盤から1970年代中盤の10年間が残ることになる。

◆自動車レースを初めて観たのが、1966年日本GPのテレビ。朝日新聞にも、砂子義一(そう、塾長のお父さん)のアズキ色のR380が一面に出ていたと思う。そこをきっかけに、CAN-AM、富士グランチャンピオンと興味が広がったので、マクラーレンM6Bやチャパラル、ニッサンR380、381、382とトヨタ7がストライクゾーンだ。

◆なにせ、初めての生レースが、富士スピードウェイで1968年11月23日の日本カンナムだったから、ずっとトップを走っていたマーク・ダナヒューの紺に金のストライプが入ったマクラーレンM6-Bが一番好きなマシンになった。

◆F1が最高峰と知ったのは随分後になってからなので、F1の原体験としては、1974年のF1デモラン辺りからになるのだが、以後、1960年代のF1への興味がどんどん広がっていった。

◆そんな中で、多分イギリスで買ったスターリング・モスが1961年のモナコで勝ったロータス16は、チャパラルのウィングや、ロータス72のウェッジシェイプに匹敵するインパクトあるマシンとして気に入っている。

◆それは、ボディ左右のボディカウルをひっぺがしていたからだ。

◆暑かったのでそれを避けるためと、ついでに軽量化の一石二鳥だったという辺り、時代を感じさせて微笑ましい。ダウンフォースという言葉ができるのは1960年代半ば、ウィングが登場するのは1968年だったことを考えると、1961年のロータスチームがボディを取っ払った“英断”は、人知を超えた思い着きなのか思い切りなのか、それとも両方からわからないけれど、えも言われぬ哀愁が漂っている。

◆もちろん、これは断舎利には行かない。

◆ところで、トヨタ7とこいつのどっちかを選べ、といわれたら、即座に「トヨタ7!!」と答える。白地に、ドライバーごとにブルー、オレンジ、紫、赤、とセンターストライプで色分けしたセンスも新鮮だった。

◆1970年前後のニッサンvsトヨタの闘い、今の人にも見せてあげたかったと心から思う。

photo by [STINGER]

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