F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

	F1で巡りあった世界の空。山口正己ブログ

完成したら終わり

1964年からホンダFI1第二期までのホンダのマシン。ただし、第一期以外はエンジン供給のみ。

◆ホンダのF1が終わる。残るは今年の残り7戦と2021年シーズン。その後は、世界的な環境に舵を向け、カーボン・ゼロを目指すために、F1で培ったノウハウや人材を投入するという。

◆ほぼ1時間にわたる八郷隆弘社長の発表と質疑応答から見えたのは、それだけだった。

◆発表は、コロナ禍の状況からバーチャルで行なわれ、申請していた質問に対して八郷社長が答える形で進んだが、質問者への問いかけが聞こえなくなるアクシデントが2回起きた。たった7人の間に2人。先進テクノロジーを駆使して配信しているはずなのに。

◆間違いに突っ込みを入れたいのではない。言いたいは些少な間違いでそういうことは起きるということだ。ホンダが2030年までに全体の2/3の生産車を電気自動車にし、2050年には、カーボン発生をゼロにする、という目標は素晴しいかもしれないけれど、大切な何かが欠落しているような気がしたからだ。

◆八郷社長は、2014年に社長になった。F1第5期(だれもそうは呼ばないけれど、今行なわれているのが第5期として)と共に社長時代を過ごした。

◆最後に、このタイミングの発表は、コロナ禍の影響かと訊かれ八郷さんは、「無関係」と答えた。実は八郷さんはモーターレーシング推進派で、社内の調整に苦労したであろうことが忍ばれたが、何度も2030年と2050年を繰り返するを聞いているうちに、それが大切なことであることは理解できつつ、それを繰り返すたびに、F1は無駄である、と聞こえてしまった。

◆モーターレーシングは、無駄だからこそ意味がある。オイルショックの時、1年間F1で使う燃料でジャンボ・ジェットをハワイまで何回飛ばせる、という説がをどこかで見た。それが、たったそれだけと言いたかったのか、それともそんなにかかると言いたかったのか、どっちだったか忘れたけれど、そういうデータに現れない何かが物事にはある、という理屈が虚しく響いた。

◆物事は、完成したらおしまいだ。完成の途上にドラマも生まれる。今のF1は、ある意味で完成の域に到達していると言えるだろう。完成の後は、それ以上の“上”がないのだから、グラフは平行線か下降をたどる。ここ数年のF1を観て、うっすらと感じていたのは、F1が完成してしまった、ということだった。

◆安全性を含む車両規則は徹底的に研究し尽くされた。その結果に何が起きるていると言えば、ドライバーの死亡事故がゼロになった。ジャッキー・スチワートが活躍していた1970年辺りまで、「1年に数人の友人を亡くした」と表現されたが、ここ20年間では、ジュール・ビアンキの例を除けばゼロになった。ビアンキは、鈴鹿のアクシデントの後、三重県で数カ月、その後ニースに戻ってアクシデントから9カ月後に他界した。アクシデントは、雨の中でコースアウトしたマシンの除去作業をしていたクレーン車に、ビアンキのマシンが接触して起きた。激突ではなく、クレーン車の車体にヘルメットが当たった極めて間の悪いものだった。

◆その間の悪さがなければ、F1の安全性は完成の域にあると言っていい。しかし、それは、ドライバーの意識から安全という項目が消えていく方向になることとともに、もう伸び代がないということにもなる。こんなことからもF1の終わりを感じていた。

◆挙げ句はハミルトンが、F1の場を使って人種差別を訴えるというなんともな事態も起きて、ますます終焉を感じていた。

◆そのタイミングで八郷さんから、ホンダのF1が完成してしまった、というコメントが出た。まさに八郷さんのいう通り、ホンダだけでなく、F1全体が、2021年で終わるという意味にも取れた。

◆2021年には、新たな車両規則で新しいF1が始まるといわれている。ロス・ブロウンが指揮をとってデザインしている最新鋭のマシンは、果たして、1960年代後半から1970年代、危なさが同居していたマシンが持っていた、そしてホンダが第一期を闘っていた頃の、あのえも言われぬかっこよさを感じさせてくれるのだろうか。

[STINGER]山口正己
photo by Honda

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