スロットカー大会は、広島から桑島正美を誘った!!(いざなう、って読んでね)
◆残念ながら、従兄弟の四十九日で参加できなかったが、オレがいなくても地球はちゃんと回ることが分かった(当たり前か–笑)。
◆19日、北横浜の”BANPRO“で、MFC(Modelcar Racing Fan Club)の田村代表たちの手で忠実に再現された1/24スロットカーをコントロールしたのは、かつてそのモデルとなったマシンに乗って、当時超人気レースだった富士グランチャンピオンレースで実際に活躍した本物ドライバー! そう、今年も、”GCスロットカー大会”がやってきたのだ。
◆5回目を迎える『富士GCスロットカー』はその名も『BBS GC Challenge Cup』と冠スポンサーを頂く立派なイベントに成長。幹事役の1972年GCチャンピオンの鮒子田寛さんの音頭取りで、高橋晴邦、津々見友彦、寺田陽次郎、関谷正徳、戸谷千代三、長谷見昌弘、鮒子田寛、柳田春人、の常連ドライバーに、舘信秀、桑島正美、漆原徳光が参加、さらに、レース関係者/マスコミ関係者が加わった豪華布陣でのレースとなった。紹介は順不同。順番に意味はありません←と断らないと、なんでオレか後ろなんだ、と口をとがらすのがレーサーである、場合もある(笑)。
◆ウィナーは、またもや元トヨタワークスの高橋晴邦さん。鼻高々の三連勝(笑)。新横浜駅そばのプリンスホテル地下一階の中華料理をいただきつつの二次会でも意気軒昂であった。
▲ さりげなく画面向こうに見えるKUMHOも、大会スポンサーである。
▲グラチャン最盛期のマシンが勢ぞろい。当時のファンは泣いて喜ぶラインナップだ!!
▲参加のお歴々。何人わかります? 回答はこちら→http://www.f1-well.com/2011/article.php?ID=382
▲左で監視中(?)の鮒子田寛大会会長。みなさん真剣です。
▲負けず嫌いで若干ここでは乱暴な方々が多いので、マシンをレールに戻すオフィシャルも大変なので
ある(笑)。画面左で腕組みする長谷見昌弘さんは、去年、コーナーにこっそり水を巻いてスピンを誘ったりするお茶目な人だったりする。
▲ちょうど成績順に陰影の濃い3人。左から、2位の寺田陽次郎さん、優勝の高橋晴邦さん、3位の長見昌弘さん。
▲一応、結果票(笑)。
▲参加者の前に勢ぞろいしたオフィシャルのみなさん、今年も、おつかれさまでした!!
◆閑話休題。そこで、桑島正美さん(→左端のキャップ。ここでも黒!!)と久々にご対面。”先輩、名札があったのに来なかったじゃないのよ!!”といきなり詰め寄られ(←そうでもないか–笑)だが、モナコF3を走った時の話は面白かった。
◆「80台くらい出てたんだけど、ジャック・ラフィーとかと争って3位を走っている時にクルマが壊れちゃってさ」。リタイアしたんだよ、とサラッと言ったが、モナコのF3で3位を走っていたのだ。もし壊れずにゴールしたら、日本人で唯一、ロイヤルボックスに招かれるという数奇かつ超貴重な経験をするところだったのだ!! 桑島の後に続いているのが小林可夢偉かも、という状況の天才だ。
◆しかし、本人は、そんなことより、その後の方が印象深いらしかった。
◆「救護のおばちゃんで日本語をしゃべる人がいてね」。”フムフム”、しかし、それはしゃべっただけの話だった。「隣に可愛いフランス人の女の子がいてさ」。”フムフム”。「言葉が全然通じないんだけど、6時にローズ・ホテルのロビーで、って約束して、ニースで食事したの」。”それで?”。シャイな桑島選手は、貝のように押し黙って、これ以上のことをしゃべらなかったのであった。絶対にいい思いをしたはずだ(笑)。
◆スロットカーは、「昔ちょっとだけやったことがあるけど。うまくいかないね」。しかし、広島からわざわざこのために桑島選手がやってくる。スロットカー大会は、かように魅力的なイベントなのであった。チャンチャンと。
写真協力:鮒子田寛/藤原彦雄