あほんだらすけ
開始のあいさつからしてゲーム感覚。笑いを取りつつ、規制を伝える。思わず、拍手!
◆世の中には知らない世界があるのである。海外取材が多くなった20年ほど前、世界のあちこちに素晴らしい風景があって、オレが知らないうちにそういう場所がずっと前から存在していたことをとっても不思議に思ったことがある。オレが知らないうちにこんな素敵な場所を誰が作ったんだ、みたいな(笑)。しかし、箱根の試乗会で雲海と夕焼けを見たときにもっと思ったのは、日本にもオレが知らない素敵なところが実は一杯あって、それは要するにオレが知らないだけだったんだ、と気がついたのである。世界は知ったつもり、日本を全然知らない。そういう反省をさせてくれたモーターレーシングに感謝したのだった。
◆しかし、感謝するのはモーターレーシングだけじゃなかった。下北沢という、オレにとって、元ホンダ広報のI上ちゃんに教えてもらった焼き肉屋しか知らなかった場所にすごい世界があったのである。”ザ・スズナリ”。小さな劇場である。観劇は産まれて初めてだが、感激するから観劇というのだということに気がついた(笑)。
◆そこで上演されていたのが、平成元年から始まって今年で22回目を迎えたという『あほんだらすけ』である。タイトルからしてもうおかしい。寸劇というかショートコントと言うか、2時間ぶっとおしで次から次に出てくる。懐かしのゲバゲバ90分のノリだ、と[STINGER-VILLAGE]の隣で中尾省吾さんが紹介してくれたので、ゲバゲバが大好きだったから、即座に覗かせていただくことにした。30回目の結婚記念日の記念なら、女房には本来帝国劇場かミラノのスカラ座はたまた、ロンドンのブロードウェイあたりをごちそうしたかったが、それは50周年記念にとっておくことにしよう。
◆しかし、セマセマで一番前の地べたに置かれた黒いビニールのクッションに座って見上げ、腰が痛くなった2時間は、その実大充実で、帝国劇場とは別の、スカラ座じゃなくてもよかったと思えた気持ちよさがあったのであった。中尾さんの友人であるその昔良い子悪い子普通の子の良い子役が印象深い山口良一さんを中心にしたとぼけてど~しょもねぇ7人は、全員プロであった。
◆内容はもちろん面白かった。テレビショッピングのパロディから、山口良一さんのタヌキは最高にど~しょもなくて嬉しかった。たかはし等さんの変幻自在で幅広くて全部完璧な演技、”劇団とはこれである”というきっちり演技の村田さん、ちょっとイッテしまった目をしてちっちゃいけど演技のでかい大森さん、モアイ像のフジワラマドカさんもキャラが立っていたし、まじめな顔してすっとぼけた演技の金澤貴子ちゃんも可愛かったし。要するに7人のバランスがちょうどよかった。そしてもう一の人7人目、オレが一番気に入ったのは、アメリカから来たマジシャンの通訳をやったときの、前歯に特徴のある顔で相当とぼけてくれたまいどさんの人を食った独演であった。会場を独り占め。それまでのお父さん役の地味な演技との落差がすごかった。
◆あほんだらすけの面白さは、観なくちゃわからないので、来年が4月15日から24日まで、同じ”ザ・スズナリ”で予定されているのでそれをご覧いただくとして、初めての観劇で感激したのは、舞台そのものだけではなく、世界のこんなところにこんなに一生懸命大好きなことをやって、人を喜ばせて喜んでいるプロがいることに気付いたからだった。
◆細かい演技の連発だから、何度も舞台設定が変わるのだが、明りを消して真っ暗にした舞台で後片付けと次の小道具を並べる作業が、演技とは別の意味でプロだった。暗いのでなんにも見えない。ということは準備している方も全然見えないわけで、よく見たら、かすかに光って見える無数の目印が床に貼られていた。それを頼りに小道具をならべるのだが、そういう条件にもかかわらず、明るくなったとき、小道具類の位置をただの一度も修正しなかった。練習を重ねた証明だ。
◆こういう場所に引き寄せてくれた30年つきあってくれた山口喜美代だけでなく、ここを教えてくれた中尾さんにも、そして笑かしてくれたあほんだらすけのみなさんにも感謝したい気分にさせてくれた、そういう世の中に感謝したいのであった。