F1/モータースポーツ深堀サイト:山口正己責任編集

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並び方が違うだけでまったく違う「会社」と「社会」。

本田宗一郎とセナ握手1986年オーストラリアgp.jpgのサムネール画像
1986年最終戦のオーストラリアGP会場のアデレード、セナと初めて会った宗一郎さん。すでに矍鑠とした足どりではなかったが、その存在感は、圧倒的だった。中央のホンダF1総監督を自称した桜井淑敏さんも、宗一郎に畏敬の念を抱いていた。

◆調べ物をしていて、『プロジェクトX』を何本か観た。プリンスR380の物語りも改めて心を打たれたが、ホンダF1第一期をテーマにした『世界と闘った一台のクルマ〜名社長と闘った若手社員たち』は、現状のF1チャレンジを始め、最近の日本の自動車メーカーの活動にかぶせてみると、複雑な心境にさせられた。

◆エンディングで、本田宗一郎が社長の退任の逸話が紹介されていた。退任した理由のキッカケになったのは、社員の一言だった。

◆CVCC開発に向けて、宗一郎は、「ビッグ3と並ぶ最大のチャンス」と表明した。しかし、社員の一人から、”これまではお客様のため、社会のため、と言っていたのと違う”という意見が出た。河島喜好二代目社長を通じてそれを聞いた宗一郎は、「若い人から、”自分たちは、会社のためではなく、社会のためにやっている”と聞かされた。私の発想は、企業本位になっていた」と語った。

◆退任を決意させたのは、「若いことはなんと素晴らしいことか。みんながどんどん育っている」からだった。退任は、CVCCが完成した8カ月後のことだった。

◆その若い人は、殴られても真摯でまじめな宗一郎に認められようと苦労を厭わなかった。宗一郎は、CVCCの完成に、得意の絵を描いた。風雲に耐えて咲く赤い寒椿である。宗一郎の感謝の気持ちが現れていた。

◆代表者と部下たちのその絶妙なバランスが本田であり、いや、本田だけでなく、日本古来の物造りの根底に流れるものだったのではないかと思った。

◆人のポテンシャルは、時代が変わっても基本は同じはずだ。要は、社会の中で、自分たちの会社がどう機能しているのか、そして自分たちが、なんのためにそこにいて活動しているのか。そしてそれが社会にどう影響するのか。そのことを明確にするリーダーの存在の大切さを改めて感じた。

photo by [STINGER]
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