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林みのるさんの金言『自動車メーカーが、世界に供出している金を日本に回せば、日本ば安泰』

童夢本312p-2065G.jpg
分厚い”TOM’S40周年より多い”(林みのるさん談–笑)312ページ、重さ2065gの分厚い童夢の歴史。

◆昨日、いや、すでに一昨日だ。時間の感覚機能が、あまりのショックで壊れた。

◆京都東急ホテルで盛大に行なわれた『童夢の終わりと始まり』は、ひたすら凄かったが、ショックだったのは、1977年に林さんと知り合いになってから、オートテクニックの連載などを通していろいろ教えていただいたりお世話になったりして、かなりのことは知っているつもりだったけれど、童夢の40年のビデオや式次第が進む中で紹介される方々とその逸話を聴くに連れ、実は知っているのは20%くらいしかなかったことが分かったことだった。


◆F3でチャンピオンを取りF3000やF1の開発にかかわったりGTで童夢レーシングで闘って育った脇阪寿一くらい近い存在でさえ、”知ってる10倍は凄い会社だったことに気がついた。林さんと童夢の歴史が凄すぎて参った”とショックを受けていたくらいなので、オレごときではしょうがないと言えばしょうがないが、童夢という宇宙と言っても言い足らないスケールの大きさに気圧された。

◆入り口に、モデルやオモチャの収益が莫大だったといわれる童夢零を鎮座させたとか、S600を苦労して改造した”カラス”とマクランサをこの日のためだけに完全再生したとか、京都で一番でかい祇園祭りの真っ只中に、京都の芸子・舞子の1/3に当たるらしい45人を集めたとか、約500人の招待客からの祝儀を固辞したとか、日本のモーターレーシングの歴史を創ったお歴々がこぞって列席したとか、フォアグラ丼が美味かったとか、寿司を4回もお代わりしたとか、林さんの親友で5月に亡くなった松本恵二さんの後継の方々を壇上に招いて紹介したとか、特にお世話になったゆかりの10人に特製腕時計をプレゼントしたとか、トムスの40周年よりページ数が多いのが自慢(林みのるさん談)の歴史本を創って配ったとか、東急ホテルほぼ借り切り状態で五華街に見立てた会場を作り上げて京都の遊びを瞬間体験できるようにしたとか、書いても書いても書き切れないアレヤコレヤに参加者500人ほどのうちの490人は口あんぐりで16時から深夜まで会場でビックリしまくりだった。

◆ちなみに、残りの10人くらいは、多分僻んで違う感想を持った方がいただろうと思しき数字だが、20人くらいはそういう人もいたかもしれない。

◆そんなことより、最も脳髄に染みたのは、その言葉を林さんが壇上でコメントした瞬間にフェイスブックにアップしたこの金言である。

◆『簡単なことです。
自動車メーカーが、世界に供出している金を日本に回せば、日本は安泰』

◆日本の自動車関連、特にモーターレーシングに携わる同士のみなさま、この言葉の重さをそれぞれよ〜く考えましょう。もっとも、海外に金を流せば、実態がよく分からないので適当に処理できる、いとう理由があってなのかどうか、なかなか国内に回すのは難しいと思いますが、そこは、林さんの遺言として(まだ生きてらっしゃるし、”これからは釣り三昧や”という言葉もにわかには信じられませんが)しっかり考えたいと思います。

◆それにしても、凄すぎでした。もう、あんなパーティ、あとにも先にも体験できないと思うと、いまはただ、フォアグラ丼、もう一杯お代わりしておけばよかったかなぁ、と後悔しまくり。

◆童夢の終わりとは、新生童夢のスタートと林さんの古希の誕生祝いも兼ねていたけれど、もうひとつ、しっかりしないと日本のモーターレーシング界の終わりになっちゃうよ、という痛烈なテーゼだったかどうか、フォアグラ丼がちらついて判断不能ではある。
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