トヨタTS040 HYBRIDはなぜ破れたのか
陽はまた登る。
WEC(世界耐久選手権)のシーズンが、21日にバーレーンで行なわれた6時間レースで幕を閉じた。最終戦も、復帰2年目のポルシェ919Hybridが優勝した。
2位にアウディR18 e-toron quattro、3位にトヨタTS040 HYBRIDが食い込んだ。トヨタTS040 HYBRIDは4位にも続いて、耐久力を証明した。
しかし、1位と2位は199周の同ラップだが、3位は周回遅れ。それも3周遅れである。なぜ、こういう結果になったのだろう。
◆敗因の原因の負けたワケ
敗因は負けた原因であり、その理由がワケである。女の婦人が馬から落ちて落馬して、と同じく、日本語として間違いだ。しかし、トヨタのルマン・チャレンジが置かれた状況は、これくらい複雑かもしれない。
さて、パワーユニットを預かる村田久武ハイブリッド・システム責任者は、2015年型マシンを進化させたが、ライバルの進化がもっと大きかった、とシーズン開始時点で目標設定の甘さを反省していた。
モーターレーシングで最も重要なことは、まずは相手の出方を読んで、それに呼応して戦力レベルを決め、そこに併せ込んでマシン創りを進めることだ。その結果、トヨタTS040 HYBRIDは、凄まじい駿足を身につけて登場したポルシェ919Hybridは言うに及ばず、正常進化したアウディR18 e-toron quattroにも後れを取ることになった。
では、なぜ、目標設定を読み違えたか。それは、日本のモーターレーシングに対する認識に起因する気がする。
◆尊敬されるクルマ
いまさらだが、トヨタ自動車は、自動車メーカーである。世界的にみても、優秀なビジネスを行なっている。しかし、その優秀性は、”台数を売っている”ことに対してであり、尊敬されるクルマを送り出しているからではなさそうだ。実は、この辺りのポジショニングが、遠巻きに、現場の判断を鈍らせたのではないかと思える。
すでに20年以上前の話になるが、トヨタの要職にある方から、「ジャーナリストの話を聞いていたら、クルマは売れないよ」と訳知り顔で言われたことがある。たぶんその方は、いまでもそう思っているはずだ。クルマ好きのいう夢を聞いては商売にならない。そしてそれはビジネスとしては間違いではない。
ナルホドと思ったが、これは逆を返せば、彼らにとって『いいクルマ』は、売れるクルマでしかないことを証明しちゃっているフレーズじゃないか、と最近気がついた。この辺りに、”敗因の原因”が潜んでいそうだ。
ビジネスなのだから、売れなければ話にならない。けれど、売れればいい、のでもない。クルマの認識がそういうことなら、モーターレーシングに対しても、同じ考え方が、いや、もっと冷たい思考回路が、予算を決める本社サイドに流れていないとも限らない。
◆耐久レースの数の理論
ルマン24時間を思い出してみよう。
トヨタは、序盤の雨でアクシデントに遭い、1台を失った去年の体験がまったく反映されず、今年もルマンに2台体勢で参加した。バカっ速いポルシェはもちろん、質実剛健ラインのアウディも、3台体勢だった。そもそも、この段階で、2台体勢のトヨタの負けはほとんど見えていたと言っていい。
“耐久レースの数の理論”によれば、「6時間までなら1台で行ける。そこを越えると2台必要。24時間は3台が必須」だからである。
それは、クルマという機械が、日常とはかけ離れた厳しい条件の中で酷使すると壊れる可能性を内包しているという現実以前に、ライバルと激しく競って前でゴールする、というモーターレーシングの掟を考慮すれば、3台が必須だからだ。闘いの場面では、突発的な出来事が起こりうる。24時間になれば、長い分だけそれが起きる可能性が高くなり、競走が激しければ、さらにリスクは高くなり、だから3台必要なのである。
しかし、トヨタが現場に与えている予算では、2台しか参戦させられないのだとしたら、その瞬間に勝負が見えていたことになる。
◆『参加型』と『参戦型』
豊田章男社長は、自らレースに参加する積極派で知られ、その活動や行動で、人気を得ているが、ひとつだけ誤解されていることがある気がする。それは、『参加型』のカテゴリーと『参戦型』のカテゴリー棲み分けである。
章男社長が自らも走るニュルブルクリンク24時間は、壮大な歴史を持つ素晴しいレースであり、ルマン24時間と同じく、地に足がついたイベントとして世界中から認識され、高い評価を受けている。しかし、ルマンとの違いは、ニュルブルクリンク24時間がジェントルマンレーサーを含むアマチュアが楽しむ『参加型』のレースがベースであるのに対して、ルマン24時間は、自動車メーカーがしのぎを削る『参戦型』が基盤である、というところだ。
『参戦型』の代表がF1GPであり、WECの他にも、インディカーや、NASCAR、国内で言えば、スーパーフォーミュラやスーパーGTがそれに当たる。要するに成り立ちがプロのレースであり、興行としての側面も持ち、楽しむ前に”観られている”レースである。観られているということは、結果として宣伝になる。
参加型も同じではないか、と思うかもしれないが、若干違う。メーカーの姿勢として、『参戦型』では、技術の粋を全力で投入して闘うが、『参加型』は闘いの前に、車両を提供するなど、参加するアマチュアのために、場に対する貢献の姿勢が必須だからだ。
コストと性能の順番で言えば、『参戦型』のレースは性能が文句なしに優先され、市販車は確実にコストが最優先である。『参加型』のレースは、その中間に位置づけられる。
日本のメーカーの多くが、この『参加型』と『参戦型』の区別を勘違いしている気がするが、そうなる理由は、モーターレーシング、いや、もっと言えばクルマの理解度が日本は低いからではないかと思うと、若干寒い。
◆スタンディングオベーション
話は変わるが、ニュルブルクリ
ンクでポルシェに供給するタイヤのテストを行なっていたブリヂストン技術者が、任期を終えて帰国するときに、ドイツ人の現地スタッフが開いてくれた送別会で、「ところで、帰国したら、次の仕事は?」と訊かれた。モーターレーシングにあまり興味がなかったその技術者は、ちょっと困って、「なにやらモータースポーツのセクションに配属されるらしいんですよ」と伏目がちに答えた。その瞬間、全員が立ち上がって拍手喝采を浴びた。
ンクでポルシェに供給するタイヤのテストを行なっていたブリヂストン技術者が、任期を終えて帰国するときに、ドイツ人の現地スタッフが開いてくれた送別会で、「ところで、帰国したら、次の仕事は?」と訊かれた。モーターレーシングにあまり興味がなかったその技術者は、ちょっと困って、「なにやらモータースポーツのセクションに配属されるらしいんですよ」と伏目がちに答えた。その瞬間、全員が立ち上がって拍手喝采を浴びた。
技術者はビックリしたが、その後F1を担当して世界を巡るうちに、海外でのモータースポーツのポジションを知り、スタンディングオベーションの意味を理解したのだそうだ。
日本では、モータースポーツのセクションへの配属は、下手をすると”降格”と思われかねない。なぜなら、日本での感覚は、クルマやモーターレーシングに対する認識が薄く、それほどありがたいものとは思われていないからだ。実は、この『差』こそ、WECへの予算が少ない理由なのではないかと思えるのである。
村田久武ハイブリッド・システム責任者は、今年を反省して、来年のポテンシャルアップを狙っていると聞く。アウディR18 e-toron quattroはまだ少し進化の余地はあるけれど、ポルシェ919Hybridはほぼ完成形である。バーレーンで3周遅れたトヨタTS040 HYBRIDは、3周分のマージンを持っていることになり、期待ができる。
だが、2016年仕様のトヨタTS050 HYBRID(?)が、ポルシェとアウディのドイツ連合と対等に闘うために、まずはトヨタ本体の理解と認識が必要だ。
流行りものや理解されたものに対して予算を使うのは、ビジネスとしては極めて正しい。しかし、自動車が基幹産業の日本で文化を醸成して夢を育むために、”場を育てること”こそ、未来に夢を繋げるために最重要課題である。
売れるクルマ創りに並行して、夢のあるモータリゼーションのために、敗因の原因の負けたワケを、日本のお歴々に是非ともお考えいただきたい。スタンディングオベーションを届けられる日のために。