リキさんのレーシング日本史 マイ・ワンダフル・サーキットⅡ

鈴鹿から世界へ

第52回
F1は革命期にあるのか、ホンダはどう挑んでいくのか

(1)問われるホンダの独創技術

――ホンダが半世紀余(51年)前、二輪世界GP席巻中の勢いにのって、四輪レース最高峰のF1レースに闇雲とも思える挑戦をしたのは1964年でした。その初戦を含め、ホンダは3回の期間に分けてF1GPに参戦したあと、今年7年ぶりにF1活動を再開したのを機に、前回までの本欄(第49回~第51回)では、ホンダのF1初挑戦の背景と各参戦期間のあらましを通して、F1攻略の難しさやF1活動の意義、そして複雑なF1世界を垣間見てきましたが、今シーズンも後半になった残り期間、ホンダは苦戦のまま終わるのでしょうか。

「まあ、大小問わずレースはいつも苦戦ですから、でも苦戦すぎるかなー(笑)。これは前回の第51回でも触れていますが、川本信彦さんが社長だった第二期の参戦(1983~1992)では、ウィリアムズやマクラーレンのシャーシーにエンジンを供給して6回のコンストラクターチャンピオンになりましたね。中でも1988年のマクラーレンの時代には16戦中15勝するなど、まさにF1人気はホンダが背負っているような勢いでしたが、そうなるには3年も辛酸をなめているのです」

――あの時代も初年度はパッとせず、翌年(1984年)後半のアメリカGPでウィリアムズのロズベルグがやっと優勝して、それからでしたね。

「だから、ホンダがF1に再挑戦だっ!となれば、すぐに朗報が飛び込んで、“やったやったー”になるような思いがあるでしょうが、(笑)一体なにを考えてんだか。二輪でも四輪でも、レースって、とんでもなく大変なものなのを知らなすぎるんじゃないの」

――それは解るのですが、やはりホンダがF1となれば、期待感も他と違って盛り上がりたい、というのがファン心理といいますが(笑)。

「それは大御所のつらいとこですが、そんなことは承知で始めたことで、レース関係者は針のむしろに座って闘っていますよ。惨敗の中にも徐々に完走も見えてきましたから、まあ、当事者は不本意でしょうが、僕は当初から大方こんな進捗内容ではないかとの見方でした。要は、今シーズン終末でどんな成長をするのか、それが来年以降の試金石になりますよ」

――リキさんから見れば明るい見通しが。

「ええっ(笑)明るい方がいいでしょうが(笑)。従来のF1マシンとは比較のしようがない新しい技術分野が多い中で、ホンダはさらに目標を高くしていると聞いています。先行するメルセデスやウイリアムス、フェラーリなどの強敵と同じことをやっていたら単なる後追いです。どんなホンダの独創技術が功をなすか、それがキーポイントになるんじゃないでしょうか」

――確かに、今までエンジンと呼んでいた動力源が“パワーユニット”と言うように変わったほど複雑な構造になりましたからね。

2015年用のホンダのパワーユニット(上)と、第二期にチャンピオンエンジンに君臨した1000馬力以上を発生するホンダ・ターボ(下)。第二期のターボは驚異的なパワーを絞り出したが、現在のパワーユニットの複雑さはまったく新しい異次元レベルにある。

「これは前回の第51回でも触れましたが、従来のエンジンとは大きく異なるものだということが段々と知られてきました。即ち、自動車のエンジンといえばガソリンや軽油が燃料の内燃機関が普通で、130年の間に大きく進化しましたが、地球が内蔵する資源の節約と排気ガス減少には従来の構造では限界があります。そこで小さなエンジンと他の動力(現在は電気モーターが主流ですが)を組合わせた解決策が基本になって、ハイブリッドと呼ばれていますが、それはエンジンとモーターの混合だからではなく、異なる構造の組合せがhybrid(混成、複合)なのです。

昨年からのF1も基本的にはV6気筒1.6リッターターボのガソリンエンジン&電気モーターの組合せですから、ハイブリッドなのでしょうが、それだけでなく、エンジン排気ガスの力で回るターボチャージャータービンの回転力を利用する発電機、ギヤボックスの回転力を減速時には電気モーターを発電機に変えてバッテリーに蓄電するなど、排気や電気のエネルギーを取り込み、そして活かす、いわゆる“回生”構造が重要な役割を担う複雑なメカニズムなのです。

――それで、市販車にも増えだした通常のハイブリッドとは異なり、ハイブリッドの効率を更に高める動力源一体を意味する“パワーユニット”という表現になっているようですね。

「難解な時代になりましたねー(笑々)、単なるスピード競技の世界じゃなくなってしまったなー(爆笑)」

――市販自動車の多くに採用されだしたエンジンとモーターのハイブリッドより更に上をいくのがパワーユニットで、F1が市販車の動力を革命的に進化させるトライアルを行なっているということでしょうか。

「複雑なF1パワーユニット構造が現状のハイブリッドを格段に超えるものかどうか僕には解りません。やがては、そんな複雑で難しいことをしなくてもエコで排気ゼロの構造が生まれるかもしれませんが、新しい技術というのは現段階でやれること・考えられるすべてのことにトライすることから派生するのではないでしょうか」

――何かF1がラボ(laboratory・実験/研究室)みたいで難しくなりすぎて競技としての魅力が薄らぐ心配がありませんか。

(2)新しいF1の時代

「現状はその過渡期かもしれません。実際に、“排気音がF1らしくない・規則が複雑すぎてスピード競技本来の魅力を損ねている・ドライバー技量がメカニズムに支配されすぎているのではないか、などなど”、いろいろな批判や注文も出ていますし、僕も同感するところが沢山あります。F1の主催者:FIA(国際自動車連盟)や実質上のプロモーター:FOM(フォーミュラ ワン マネージメント)も“パワーユニット初め、新しいF1マシンの構造が、どのチームにも珍しくもないレベルになれば、新たな魅力になる”ことは百も承知でしょう。

それと、自動車の動力、タイヤ、その他もろもろの発展を牽引してきたモーターレーシングの効能をF1によって更に高めるポリシーがあるのではないでしょうか。まあ、あと1~2年すれば、その試みの方向性がはっきりし出すのではないかと思いますよ」

――そうなるとまったく新しいF1の時代になった?

「ええ、戦前の1930年代には車両規定が重量と車体寸法だけで排気量無制限、中には6リッターエンジン、最高速度400km弱!のマシンが登場など、自動車レースは異常な発展をしましたが、第二次世界大戦で壊滅し、戦後1950年に再開のF1も散逸する戦前マシンを集めてのものだったようですが、1954年に2.5リッターエンジンに統一し、度々の変更で今日に至っているのです。

ちょっと横道ですがF1のFは一定の枠組みや方式、公式を意味するフォーミュラ/formulaで、F1は“第一組・第一ジャンル”といったような意味になります。

この時代ではF1以外のF2=1.5リッター、F3=1.0リッターが基になっていて、車両規定変更の中心はエンジン排気量でした。それが同一排気量でもコンストラクターの技術力で色々高性能な構造も出てくる時代になり、ターボ禁止、自然吸気のみ、など目まぐるしい変更が行われ、可能な限りのマシンの公平性、均一性が追求されているのですが、自動車やオートバイの工業技術製品が介在する競技には消えることなき課題でしょうね。

それにしても、昨年からの規定変更は従来の変更の概念とはまったく異なるもので、“これからのモビリティーとしての自動車の動力はどうあるべきか”をスピードレースで試す壮大な技術挑戦への一歩のように思えてならないのです。

ただ、マシン技術進化の課題が大きくなりすぎて、今年で65年目になる戦後再建のF1を支えてきた自動車レースの魅力にどんな影響を与えるのか、単純素朴な疑問と心配もありますが、僕も、レースが日本の自動車産業の牽引に大きな影響を及ぼした一人であることを思い起こせば、やはりF1てーのはスッゲーことやるもんですねー」

――そうなると、ターボに強いと思われているホンダの出番は?

「多くのF1ファンには、ターボエンジンでマクラーレンホンダの全盛期を築いた“在りし日の栄光”が強烈すぎるんですよ(笑)。あの後のBARとの共同チームにしろ、F1活動を一旦休止して再開するごとにレギュレーションはまったく変わっていますから、過去の経験や実績って、どのくらい役立ち、参考になるんでしょうかねー。確かにターボ技術は大したもんですよ、それは市販車にもよく活かされています。だからターボだけで勝負する、ってわけにもいかないしねー(笑)、いずれにしろ、勝てなくても良いなんてことあるわけないし(笑)、パワーユニットという複合動力が安定した戦力になって互角の勝負ができるには、早くて1年か、もうちょっとかかるのか……、上位チームは新たな規定への準備+前年の実績で3年は先行してますから」

――先が長そうですね、なんとかなりませんかね(笑)。

「長いたって10年先の話じゃないし(笑)。今までだって、いきなりホンダ優勝!なんてありませんよ、前にも言った過去の栄光ばかり記憶しているから、またF1に出ればすぐ勝てるように思われて、ホンダも大変だよなー(笑)。僕だったら監督もマネージャーもやらないねー(笑)。

それでも、この前の第10戦イギリスGPではアロンソが彼の今年初ポイントになる10位完走でした。そして7月26日の第11戦ハンガリーGPでは、予選では20台中アロンソが14番、バトン16番でしたから、こんな後方からのスタートじゃあムリだなーと思っていましたら、路面温度50度とかの酷暑と、クラッシュやマシントラブル、接触事故など、荒れに荒れたレース内容が幸いしたか(笑)、アロンソが今年最高の5位、バトンも9位の入賞でした。ツイテいる・拾い物だのって、ケチつける声も聞こえますが、ツキも勝ち運の一つだし、拾い物の勝ちは大きな価値です。

これで20戦中の折り返しにかかり、これをバネに、もっと上に行ってもらいたいのは山々ですが、次のベルギーGPまでF1も1か月の夏休みに入りますから各チームも新たな手を打ってくるでしょうから、やはり苦しい状況は変わりません。入賞も優勝もマシンの熟成と完走の積み重ねですから、ファン、サポーターがあきらめず、次は頑張ってくれるだろう、の応援を忘れないことでしょう」

――そうですね、ファンとしてできるのは応援を忘れないことと“F1チャレンジ”に対して、自分もその一員だという想いをもつことですね。

「今回、僕は今のF1が物凄くハイレベルな闘いであることを改めて理解しようとの気持ちを語っていますが、後追いのホンダは、いろいろ規制が厳しい状況下の闘いで、本当に辛いだろうなと思いますよ」

(3)トヨタの活動にも期待

――F1活動というのは“やはりホンダだねぇ・そうこなけりゃホンダじゃねぇよ”というファンの期待そのものですね。

「ファンの期待、そうです期待なのです。期待といってもすぐの勝利へでなく、基本は挑戦する姿にエールを送っているのです。チームとすれば、早くいいところを見せたいのが本音でしょうが、そう簡単にはいきそうもありませんね。

ただ、僕はね、ホンダチームに注文つけるとすれば、“参戦するからには、勝たないと意味がないかもしれませんが、その過程において、どうゆうことが難しいのか・何に行き詰っているのか、などファンの期待を壊さない、暖かいコメントがもっとあっても良いのじゃないか”と思う時もありますねー。どーでしょうかホンダさん(笑)」

――そう、ファンの応援はそこなんですよ。新型自動車の開発でもF1だって秘密のベールに包まれているのが当然ですから、何もかもオープンには出来ないでしょうが、ライバルのこういった所の強さに対しウチはここの解決が必要なんだ、など、解りやすく教えてまらえたら嬉しいですね。そういった心配りが、また多くのファンを惹きつけ、車の販売にもつながると思います。

「ええ、そうゆうことです。クルマ離れが進んでいるって騒ぎ立てますけど、メーカーというか自動車業界、オートバイも同じですが、ハードな面でいえば、ユーザーがわくわくするような車種がないのがその最たる理由でしょうし、ソフト面で言えば、ユーザーやファンは何に期待するのかの分析が足りません、やはり期待されることの重要性の欠如が目立つ時代ですね。

最近、ホンダはS660を発表しましたが、その開発は20代の若いエンジニアに任せたように聞いています。久々に元気で楽しいクルマですが、S660やF1を通じて、元気なことを伝えたいホンダの思いであるならば嬉しいですね。F1初めモータースポーツ活動には元気や、期待を高める効能が大きいのです」

――これが新たなトレンドになるのか解りませんが、トヨタでもGAZZOO RACINGという活動を活発化するカッコいいTVコマーシャルを始めました、これはホンダのF1に刺激されてのことでしょうか。

「GAZZOO、ガズー? ガゾー? 造語でしょうが、どうゆう意味か知りません、ホンダF1の刺激かどうかも解りませんが、トヨタも6月の第83回ルマン24時間レースに参戦しましたし、同レースにはニッサンも出場したように、ワークスとしてのレース活動への新たな取り組みなのでしょう。自動車メーカーなら何が何でもF1をやればいい、というもんじゃない。一時期、三菱やスバルはラリーなどのオフロード部門が専門であったように、トヨタもWRC復帰を宣言していますし、やはり各メーカーなりの取組み方があるんですよ」

――いずれはトヨタもF1に復帰とか。何か急にモータースポーツ活動に乗り出したので、てっきりホンダF1に刺激されたのかと(笑)。

「トヨタも昔からモーターレーシングを活発に行なっていましたから、自動車メーカーである以上、レース活動は必要であって、そこから得る技術上の利益は計り知れないものがあるけれど、同時にレースに向ける意気込みや情熱はメーカーの社内だけでなく顧客に対しても効果あることの再認識なのでしょう。それを形に表すためにもトヨタのモータースポーツ活動の再編成が始まったと見るべきでしょう。

この傾向は、しばらく低調気味だった日本の自動車メーカーのスポーツ活動に良い影響を与えますよ。なぜなら、自動車離れが進んでいる、パソコンがどーの、若者がクルマに興味を示さない、なんて、他人の責任みたいなこと言って、魅力的な製品を出せないでいる風潮に活を入れるでしょう。

これは、かつて熾烈なメーカー対抗レースの時代がありましてね、業界の反省として冷却期間を置こうということになったのです。当時はモータースポーツという呼び名がまだ一般的ではなかったですが、各メーカーが、ごそっとレースから手を引いちゃいまして、アマチュアが台頭してくるのですが、やはり迫力にはかけましたねー、今と似たような時代がありました」

――それを変える何かの流れがあったのですね。

「第48回の本ストーリーで、鈴鹿に始まった日本GPが新たに竣工の富士スピードウエイに移った話を切り出しました。それで富士ではどんなレースがあったのか、に入ろうとしたところへホンダのF1再開が始まり、やはり素通りは出来ませんから、ホンダF1の軌跡を振り返りながら、さーて、今度はどーなるんだろー、の話が続きました。
でも、本欄はF1が専門ではありませんから、その後のホンダの状況には時々触れていきますが、次回から話の流れを元に戻していきましょう」

第五十二回・了 (取材・文:STINGER編集部)

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