リキさんのレーシング日本史 マイ・ワンダフル・サーキットⅡ

鈴鹿から世界へ

第86回
動き出した新装日本グランプリへの流れ

広大なサーキットとして歴史を刻み始めた富士スピードウェイに転機がやってきた。30度バンクを含む6kmのフルコースの長いストレートを途中で区切り、さらに逆周りに周回する“ショートコース”が加わることになり、ひたすら『豪快一路』だった富士山の麓のサーキットは、新たな道を歩み始める。

◆変貌する超高速コースの使い方

----富士スピードウェイは、1965年に30度バンク付き6kmで誕生して、世界的にも名高い超高速サーキットの名を欲しいままにし、ビッグマシンレースの時代で歴史をスタートしましたが、レースの種類がどんどん増えてくると、小排気量エンジンのマシンではコースが広すぎて面白くない、という課題も出始めました。

「そうですね、富士での日本GPが初めて開催した1966年には、ハイスピードレースの総本山的インディ500を想定した『日本インディ』として意気揚々と日本に乗り込んできたものの、バンク付きのどでかいコースに“なんだこりゃ?”となりました。そこで、ストレートの途中でちぎっちゃって、おまけに本来の周回方向ではない左回りのコースを勝手に設定して(爆笑)」

----バンクを使わないで、6kmを4.3kmにして、インディー500ならぬインディ富士200哩(マイル)という前代未聞のレース(笑)をやってしまった。その後、バンクの問題や安全課題からコースの大規模変更工事になって、歴史を重ねて、近代サーキットの名匠と謳われるヘルマン・ティルケ氏のデザインで、2005年に現在の右回り4.563mのショートコースに生れ変わりました。

「そうです、その大規模改修から既に16年経ち、すっかり定着しましたが、いきなりインディの左回りショートカットにはびっくりでした。でも“そーか、そういった使い方もあるんだ”という見方が定着して、左回りが出始めてね。その筆頭は米国の人気レース、日本版ストックカーレースでした。105マイルクラブ会長の塩沢進午さんが中心となって開催したベントでしたが、それ以来、日本GPを除いてビッグマシンが登場のイベントでも、左周り4.3kmのコースレイアウトが定着していきました。シャクに障るけど米国流方式に教わった、ということですね」

----いまの富士のコースレイアウトは、そのショートコースが元祖のようですね。

「そうです。現在は、1コーナーがヘアピンの右周りですが、反対周りがあったり、紆余曲折の後に現在の形になったのです」

----前回の続きになりますが、軽カーベースのFJレースが盛んになり、GPレースプログラムにも組み入れられるようになりますが、6kmのフルコースでのFJは、コース負けと言いますか、そういうイメージがあったので、FJ本来の競い合いにはショートコースが向いている、と。

「そうです。そういうことから、左回り4.3kmを使うイベントが増えたのです。1970年JAF GPから正式種目になった600ccのFJも、GP後に開催の人気イベントのNETスピードカップレースでは、左回り4.3kmを使うことになったのです」

----そのレース、“リキさんの雪辱なるか”、というお話の途中でした。

「ええ、直線が短くなってコーナーも五つ。その内30Rのヘアピンと、コース途中からメインストレートにショートカットの左に曲がる鋭角なコーナーのコースでした」

----周回の仕方が、スタンドからピット方向に見て、右から左に走っていたフルコースから、反対に左から右にストレートを走る方向になったのですね。

「そうです。そこも含めて、右回り6kmばかり走っていたものにとっては何もかも初めてで、どのコーナーも直線も違和感があって、言ってみればまったく新しいコースと同じ感覚でした」

----う~む。

「後からFJに仲間入りしたボクと違い、他のFJチームは既に左回りのイベントに出ている人が多いからコーナーのラインも上手ですよ。さらに公式練習で如実に感じたのは、軽カーベースのマシンは車重が軽いから、立ち上がり加速が圧倒的に速いのです」

----リキさんが乗った600ccのFJは、車重が重いからスピードが乗ってくれば強いけれど、一旦減速したら元の速度に回復するのが大変だった、ということでしたね。

「だから、最初からタカをくくっていたのは大間違い、こりゃ参ったなーと。結局、だだっ広いコーナーをどう走るか、要はスピードを落とさずに走れるラインを探す、大きく大きく走るしかなくて、ロードレースの基本である“スローinファーストoutなんて通用しないのです」

----それではガラ空きのイン側に入られたらアウトですね。

「その通りで、アイツ下手な走りしてんなーって見られちゃったろうね(笑)。だからボクのイン側に入り込もうってんで、故風戸裕や解良喜久雄君の2台にまとわりつかれてフーフーでしながら、何とか優勝してGPの雪辱果たしたけれど、この年末からFJ規定がいきなり500ccになっちゃってね」

----いきなり? 一年も経たずにエンジン規定変更ですかー? ある意味のいじめみたいですが。

F2規定2000ccへのの対応が注目された三菱1600ccのR39B。1970年JAFグランプリでコルトF2Dに搭載されたが、コスワース1800ccのジャッキー・スチュワートとミルドレン・ワゴット2000ccのマックス・スチュワートに辛酸を嘗めさせられた。

◆変動大きい各種規定

「この時代、そういった傾向が多かったですよ、日本のレースは試行錯誤ばかりでしたから。あっそうそう、世界的にマシンの規定変更は度々あるのに、このストーリーの翌年の1971年日本GPがフォーミュラカーになっても旧態依然たる安全規定には驚いたなー。日本はレースの形態やカテゴリーなんか外国とは無関係とばかりなのに、国際的に、それも安全上おかしいと思われる規定なんかは日本が率先変更しても良さそうなのに」

----それはどんな規定だったのですか? もしかして大事なことでしょうか。

「うん、第77回でも触れたけれど、GPレース特別規則書の安全規定の安全ベルト項目に、“安全ベルトの使用は任意とする”とあるのです」

----えええっ?? 任意というのは、『シートベルトはなくてもいい』、ってことでしょうか!!

「そうなんです、この時代、とくにフォーミュラカーのようなボディーがないマシンがコースアウトや転倒、他車との衝突などでドライバーが車外に放り出されたり、燃料タンクが破損して火災事故を起こして死亡する事故が増えてね。エンジン出力がどんどん上がるのに車体構造の開発が遅れていたんだろうね。当時のフォーミュラカーは、鋼管パイプとアルミなどの金属製燃料タンクで車体を構成していたから、衝突などへのダメージ、安全性は二の次だったんじゃないかなー」

----それでも“シートベルトは任意”、ということは、要は付けていなくてもいい?

「そう、不要のドライバー多かったでしょうね、F1でもね」

----う~ん。

「今では考えられませんね。この時代、徐々にシートベルトの必要性も高まってはきたのでしょうが、一方でシートベルトは逆に危険である考えが根強かったのです」

----はーぁ?シートベルトは危険?

「とくに英国では‘シートベルトで身体を固定することによりコーナーリングやブレーキングがし易い運転が可能になる、それは過剰なドライビングは危険を招く、という解釈ですね」

----なんとも!!

「ベルトによる身体の固定は自由な動作を妨げ車外への脱出を阻害する、という論理が根強かったのです」

----リキさんはどうお考えだったのですか?

「ボクはねー、レースカーにはシートベルト当たり前のように思っていて、それも1963年に日本初の自動車レースが開かれた時(第一回日本グランプリ自動車レース大会)パドックで、日本の自動車用ベルトを作っている会社の人が“このベルト、試しに使ってみてくれませんか?”って持ってきたのです。ボクはメーカーに所属だから、チーム監督の所に連れていったら、翌日のテストにその赤いベルトが付いていてね、“へーえ、あっそう”ということで言われるままにベルト締めて走り出して」

----そんなことがあったのですね。それでどんなベルトだったのですか? 四点式とか?

「いやいや、そんな高尚なもんでなく(笑)、シート取付の床面からボルト締めした左右のベルトで両足の太もも関節のちょっと上、ヘソの下辺りかなー、をグッと締めるだけの今でいう二点式ね。走り出した最初は、なんか窮屈で走りにくいなーと思ったけれど、シートに固定されることに慣れてくると、コーナーや突然の強風で進路不安定な挙動修正なんか身体がシートからずれないから具合いいんですよ」

----リキさんには最初からベルトは当たり前だった。

「そうですね、でも同僚ドライバーの中には、そんなもんオレは絶対に使わねー、てのもいてね、そいつがS字コーナーで大転倒、オートバイじゃなくて四輪車ですよ(爆笑)。クルマはコース外れ岩石にぶち当たりぐしゃぐしゃ、でも本人が言うには“クルマが転倒した時、ドアがぶっ壊れて身体が外に放り出されたんでオレは助かった、あのまま車内にいたらボディーに潰されていた。ベルトなんかしていなくて助かった。リキ、お前もベルトなんかしねー方がいいぞ”って、何がなんだかワッカラネー(爆笑)」

----アハハハ、いや、思わず笑っちゃいましたけど(笑)、ゾッとする話で。

「あん時はボクも考えちゃったね。それで、欧州から招待されたドライバーによる国際スポーツカーレースというクラスに出場のピーター・ウォアやマイケル・ナイト選手が乗るペッタンコで車高が1mもないオープンカーのロータス23レーシングスポーツカーなどを見にいったらシートベルトなんかない。ロールバーもないない(笑)。ああ本場のレースカーはベルトなんか要らないんだってヘンな納得して(笑)」

----ほぉー、しかし、そうなると、日本では最初のレースからシートベルトが始まったってことでですね!?

「自動車自体はご存知の如く幼稚そのものだったけれど、マイカー時代になって初めて、最初のグランプリから6年後1969年から、市販車の前席はベルト付きになったように記憶しているけれど、GPレースが早くも3年目の1965年に中断され、ボクはスポンサーさんのお陰で海外レースに行くのだけれど、オープンスポーツカーのトライアンフ・スピットファイアで参加のマカオでも、ベルトは要らないって」

---う~ん、なんとも反応がしにくいですが(笑)。

「とにかく国やレースによってベルト装着は曖昧なまま年が経って、1970年辺りから、“やはりベルトは有効だ”という考え方に変わってきたように記憶しています。だから、1600ccから2000ccへ移行の混乱中とはいえ、日本のグランプリもようやく国際規格のF2に統一されるなら、国際安全規定はどうあれ、日本が安全へのリードをすべきではないかと思いましたねー」

----そうだったのですね。それで、1971年からの新装日本GPに向けて新たなプロジェクトが始まったのですね。

「うん、FJ600がようやく使い物になりそうになったら、えっ?と思う間に500ccへ変わっちゃってガーンてきましたが、日産SRエンジンで上手くいかなかった1970年JAF GPを何とかしなければ、ということで、フォード・コスワースなんか使えば無難なのは解っても、周りも同じエンジンばっかりだし、、2000ccSRやFJ600の経験と試行錯誤でフォーミュラカーがどうゆうものか、やっと解り始めたけれどエンジン探しというのは大仕事なんですね」

----それは前の話にも出てきましたが国産車のエンジンでは見当たらない?

「FJ600で上手くいったNETカップレースが終わった秋口だったかなー、そんな状況のところ友人が、マクランサの林ミノルさん(後に童夢を創業)が持っているエンジンはどうだろうか、ということで、アルファロメオのエンジンをイタリアのコンレロ社(創業者ヴィルジリオ・コンレロ)がチューンした1600ccを載せることになったんです」

----コンレロは、現在でもアルファロメオ公認のチューナーですね。

「エンジンの実物を見て、1シリンダーのプラグ二個(ツインスパーク)DOHC四気筒、二個のウエーバーキャブ、オイル潤滑は当然にドライサンプ(笑)、エンジンの大きさや重量も大方ロータスや他のF2エンジンと同格くらいで、ウチのブラバムシャーシーにもすっぽりと積めそうだ、よしっこれでいこう、ということで譲って頂いたのです」

----あー、そうだったのですね!! なんだか良さそうな組合わせで。

「いいかどーか解らないけれど、10月半ばには何としても船に乗せないと間に合わないのです」

----あっそうか、マカオGPですね。

「そうです。もー大変な日程、8月末から2カ月弱で船積み、富士スピードウェイで一回走らせたら、エンジンはとても軽く回り、これを熟成させていけば他の1600ccのF2エンジンと遜色ない走りができそうだ、という感触がつかめてね」

----アルファによほどの期待を持たれたのですね。

「この時代、F1は知らないけれどF2に代表のフォーミュラカーでは、全車類似の車体&カウリングだから、空気抵抗の差は少なく、また極端なエンジン馬力の差がなければ、車体重量配分・タイヤ選定・操縦安定性設定・5速のギヤレシオ選定が理想的で、その性能を引き出せるドライビングができたので、事故がなくマシントラブルもなければ、大方は成功する、まあ、ライバルが失敗してくれればもっと御の字で(爆笑)。

----あはは。

「レーシングスポーツカーやグループ7ビッグマシンのように性能差(主に馬力)が極端に違うカテゴリーより基本的にフォーミュラカーの均一性がボクは好きでねー、今度こそ、の思いはありましたよ」

----日本GPも良いですが、そちらの話も面白そーですね。

「次回は、その辺りを詳しくお話しましょう」



第八十七回・了 (取材・文:STINGER編集部)

制作:STINGER編集部
mys@f1-stinger.com


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