リキさんのレーシング日本史 マイ・ワンダフル・サーキットⅡ

鈴鹿から世界へ

第81回
メインレース顔負けのTSレース

1970年JAF GPは、予想以上にハイレベルなフォーミュラ・ジュニア・レース、さらに、メーカー対決の色合いを濃く映し出した市販改造部門のレースが盛り上がった。特に、TSレース(特殊ツーリングカー)は、異様とも言えるほどの人気を博した。

◆午前中の2レースも大盛況

――今でいうサポートレースが盛り上がったのですね。

「そうだね。市販車のGTS、TSと、どちらもSpecialの頭文字の“S”がつく大幅な改造ができるマシンで、両クラスとも20周の決勝レースが午前中に行なわれたのだけれど、とても興味深かったのです」

――メインレースは、スチュワートは生沢徹の参戦でそれはそれで注目されましたが、サポートレースも、当時は、バンク付きの6kmフルコースですから、面白い展開があったのでしょうね!!

「そうそう。まずGTSは、前年(1969年)に発売された日本を代表するスポーツカー、フェアレディSRの後継車であるフェアレディZが登場すると期待したファンが多かったようですが、残念ながら一台も参加せず、フェアレディSRとホンダS800の二車種が合計16台エントリーしただけで、若干精彩を欠く内容でした」

――新型のフェアレディZの中には一年前に市販のスカイラインGT‐Rに搭載された、ニッサンR380用の6気筒DOHCを載せたZ432が走るものと期待した人達には寂しさは否めない。

「そうゆうことです。432は、4=4バルブ、3=3キャブレター、2=2本のカムシャフトからの命名と聞いていて、期待は大きかったね」

――当時は、ツインカム、というだけで、ゾクッとした時代ですから。エンジンルームを開けて、カムカバーが2つあるのを見ただけで、うぉーと感激しましたから。

「その後、生産技術の進化で、レーシングカーだけのものだったツインカムもDOHCも、市販車、それもファミリーカーまで広がるのですから、技術の進化には素晴しいものがありました」

――いい時代でした。

「で、S800の方は、殆どがヨシムラ・チューンですね。前年の日本GPのGTクラスも、SRとS8の二車種でしたが、参加は56台、決勝進出36台の混みようで活気がありましたが、16台はちょっと寂しかった」

――ヨシムラ・チューンは、その後、代表のポップ吉村(吉村秀雄)さんから技術を学んだ松浦賢さんが、F1エンジンまで手がけるチューナーになっています。吉村さんは、神の手といわれる腕前を持つ伝説のチューナーですね。

「そう、S800のほとんどがヨシムラ・チューンでした」

――少ない参加でもやはりワークスが強かった?

「それがGTクラスにはワークスの姿がないですから、クラブマンが主流になったふうに見えますが、市販スポーツカーが段々少なくなってきた証でもあるようです」

――結果的には精彩を書いていたように見えますし、ワークス・オンパレードのような光景は見えませんが、クラブマンというか、ノンワークスの分野からも、ハイレベルなドライバーが生まれ始めたように感じました。それだけ裾野が広がって来たのではないでしょうか。

◆37台の好バトル

「GTに比べて、ツーリングカーレースは参加台数も多く、盛り上がりました」

――このレースは、雑誌で観たのを覚えています。

「注目されていましたからね。ワークスやメーカーサポートを受けているドライバー、マシンがしのぎを削る内容でした。これには、4気筒DOHCエンジンを積んだトヨタ1600GTがツーリングカーレースを牽引してきた流れに、対向車を持たない日産が、プリンス自動車と合併し手に入れたスカイラインをチューニングしたGT-Rを大挙投入したことに影響しています」

――“1970JAF GP GTレース”で検索してみたら、You-Tubeに動画がありました!!

「お〜、それは必見ですね(笑)。」

――37台が一斉にバンクに飛び込んで行くシーンには圧倒されました。予選でフロントローを占めたGT-Rを、スタートでロータリー・クーペがダッシュを決めて一端は交わします。

「軽いのと、ギヤ比の関係で、ロータリー・クーペのダッシュは鋭かったのです。とくにマツダは、ロータリー・エンジンに社運をかけての意気込みですからね。片山義美、寺田陽次朗、岡本安宏などの、この後の大活躍へのスタートでしたからね」

――あ、そういうことだったのですね。でも、まさにスピードが乗ってくると、特に足回りが熟成されたGT-Rが、須走落としからS字にかけて速い。黒沢元治が優勝、2位に都平健二でしたが、3位にロータリー・クーペの武智俊憲が食い込んだ凄いレースでした。ここから、“GT-R対ロータリー”の対決が始まるワケですね。

「しばらく前まで、このクラスでは優勢だったトヨタ1600GTの影は薄くなるのもやむなし、というところですね」

――いよいよフォーミュラが浸透し始めて、日本にも、本格的なフォーミュラ時代がやってきて、ツーリングカーも盛況、となると!!

「いやいや、また気が早い!!(笑)、そうは簡単に歴史は進まないのです」



第八十一回・了 (取材・文:STINGER編集部)

制作:STINGER編集部
mys@f1-stinger.com


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